思いをかけて、君と
「貴女がほしい。それだけだ」
衝撃的なセリフだった。
「分かりましたか? 直接的に言った方が分かりやすいのでしょう?」
言葉とともに、彼が一歩、一歩近づいてくる。
「貴女の声がほしい。手がほしい。笑顔がほしい。全部ほしいんだ。他の奴に渡すなんて考えたくもない」
私は無意識で後ろに下がっていたようだ。背が東屋の柱にぶつかった。――もう後がない。
彼は止まらなかった。追いつめられた。
「私はなにも惜しまない。行動も、言葉も、方法も」
頬に触られた。手も握られる。
「どうしたら貴女は私を選んでくれる?」
とても近い距離で話しかけられる。
どうしよう。どうすれば、いいのだ。わからない。言葉が出なかった。
できない。無理だ。
私は生涯、彼女を愛すると誓ったのだ。彼女に、そして私の魂に。
彼女は決して、彼ではないのだ。彼を傷つけたくないんだ。――でも。
私の葛藤を感じたのか、少年は身体を離した。
そして。
「信用できないということなら、――貴女に剣を捧げます」
「!!」
剣を捧ぐ――この国で、忠誠と誠意を相手に伝え、誓う儀式だ。
生涯で二度しか許されない。
一つは、主君に。
一つは、最愛の君に。
もし誓いを違えることがあれば、死をもって償う。
私は前世、勿論エミリアに捧げた。彼女以外考えなかった。彼女でなければ、意味がないのだ。
そう思っていたから後悔なんてしなかった。
「や、やめてください!!」
彼が、私にしていいものではなかった。
「私では駄目なのですか」
彼が切なく、苦しそうな顔をしている。
「……ごめんなさい」
「好きな方がいるのですか?」
エミリアのことを説明できるはずがない。
私は黙った。黙るしかなかった。
彼はそんな私を見て少し沈黙した。何かを考えているようだった。
「……そうですか。例え、友情であっても、貴女が私の手をとったことに変わりはない。なら――今から言う質問を『はい』か『いいえ』で答えてください。首肯でもいいです」
それからなされた質問は拍子抜けするような気軽なものだった。
好きな本、作家、色、家族、そんな他愛もないもの。
(私は、大人のはずなのに、こんな少年に気をつかわせてしまっている。情けない)
その気づかいを嬉しい、と思ってしまった。
彼の空気が少し変わる。とうとう本題に入るようだ。
「私のことが嫌いですか?」
そんなことはない! 頭をぶんぶんと横に振った。
「では私のことが好き?」
ちょっと躊躇って、頷いた。
「私の恋人になりたい?」
!!と、とんでもない。盛大に頭を振った。
「……私の友になりたい?」
とてもなりたい。力の限り勢いよく頷いた。
『そうですか。わかりました』と彼が言い、さらに言葉を続けた。
「では――私と勝負しませんか?」
なにを、と思って彼を見た。
「貴女は私の友になりたい。そして、私は貴女がほしい。詳しく言うなら、恋人、いえ生涯の伴侶になってほしい。……だから貴女は私に友情を感じさせるよう、努力してください。――可能性は限りなく低いですが、あるかもしれません。私は貴女が私に愛情を感じてくださるように努力をします」
決意を込めた目線が真っすぐに私を見る。
「貴女が勝てば、私は貴女に『友になってほしい』と伝えます。私が勝てば、貴女は私に『恋人になってほしい』と言ってください」
結婚してください、でもいいですよ。そんなことを彼は軽く言う。
「私との勝負、お受けして頂けますか?」
右手が差し出される。
「……私が勝てば友に?」
「えぇ」
私はエミリオ少年の手をすぐさまとった。
引き分けはあっても、負ける事はない。そう思ったからだ。
「期間は卒業までで、よろしいですか?」
頷く。これからどうしよう。さっきまで停滞していた思考が、嘘のように動き出す。
彼に私がいかに、友にむいているか。友情を育む相手として相応しいか、どう伝えよう。
思わず彼に伝えた。
「頑張ります。私の気持ちが伝わるように。貴方の友情が得られるように」
久しぶりに笑顔がでた。いつも押さえていたが、私のやる気を伝えるにはいいと思った。
エミリオ少年は、そうですか、と言い、なぜか一瞬口元がひきつった様な顔をした。
でも、次の瞬間には、優雅な微笑になっていた。
「私も、努力します。……覚悟、してくださいね」
笑顔の彼は文句なく、美しかった。
なのにそう言った彼が、なぜか少し、怖かった。