追いつめられた獅子
――はぁ、今日は一体何度、溜息をついたのか。自分でも分からぬ。
もう、頭がぐちゃぐちゃである。夜になっても落ち着かぬ。あの問題がありすぎる発言を聞いて冷静でいられるわけがなかった。
だが、それ以降もまた頭の痛い内容に満ち溢れていたのだ。(私に安息はないのか)
静まった闘技場をあとにして、私はエミリオ少年の傍にいた。
自発的行動ではない。手を引っ張られ連行されたのだ。
この時、私は無抵抗だった。まぁ、頭が真っ白だったのだ。
とても、戸惑っていたのである。
(ま、待てい何事であるか。恐ろしい言葉が聞こえたんだが。聞き間違いだな! そうだな、そうだとも!!)
気がつくと、見慣れた場所にでていた。
ユリエの木々に囲まれた東屋だった。
昔、よく使っていた思い出の場所だが、同時に最近、自供させられた場所でもある。
――なぜ、ここに。彼は決闘用の黒のマントや装備をつけたままの状態だった。
彼はようやく、振り返った。
真剣な、そして不安が伝わる顔だった。ついさっき観衆を睥睨した少年には見えなかった。
そして、左手を右肩にあて片膝を地につける。
――この国の正式な“謝罪”の方法だった。
とても驚いた。
(通常、主君相手にするような、謝罪の方法だぞ!!)
「……貴女の気持ちを、ずっと無視してしまった。配慮が足らず申し訳ありませんでした。貴女を煩わしい気分にさせることなく、簡単に勝てると思ったからです。だから、彼らの要求を勝手に私が呑んでしまいました。だが、私を許してほしい」
いつか見た光景だった。
真摯で真っすぐな瞳が私を見る。けれど、前とは違い、今度は私も真っすぐ彼を見つめた。
彼の誠意にこたえるために。
「貴方の謝罪を受け入れます。だから、その様に私に膝をつかないで下さい」
――穏やかな空気が流れて、私も、そしてエミリオ少年もほっとしたようだった。
――問題はここからである。
「今日はいい事ばかりです。もう、これで文句は誰にも言わせないし、邪魔もさせません。それに、最初から貴女に選んでもらえるとは思ってました。でも、やっぱりすごく嬉しかった」
晴れやかな笑顔だった。
聞き捨てならない言葉があったが、水を差す気分にも、なぜかならなかった。
つくられていない表情で、こんなにも幸せそうな顔を見れるとは思っていなかったから。
少年の言葉はとまらない。
「あと、安心してください。父も貴女なら文句はないそうです。まぁ、文句があっても私が納得させますが」
と、友になってもよし。ということだろうか。
(泣きそうなほど、嬉しいんだが)
「どうしたいですか? 私は今すぐしてもいいくらいの気持ちですが」
エミリオ少年の父君に、友人としてご挨拶、ということかね?
(もしそうなら、我が人生で最も気合いを入れて臨ませていただくが)
「それに年齢的にも無理ですからね」
はて、何か違う話か??
「ここは婚約くらいで済ましときましょうか」
……えぇぇぇ!!
すれ違っている。途方もなく私たちはすれ違っている。
「こ、ここ婚約?」
「はい。まだ早いとお考えですか? 恋人期間もなかったですし、婚約はもっと後でもいいですね」
ま、待ってくれ。その前に。
「わ、私たちは、いつから恋仲になったのだ」
(ど、動揺しすぎて口調が)
「――私の手を、とって下さったではありませんか。私は、だから貴女が私の気持ちにこたえてくれたと」
いやいやいやいや。
「わ、私は友として貴方を選んだつもりでした。まさか、そんな意味でとは思わなくて」
「……なら、私のここ最近の行動は貴方の中では友情でしかなかったと?」
彼は驚愕しつつ、少しだけ批難するような顔をした。
(ま、待ちたまえ少年。私の記憶違いでなければ、私は君と会って一週間もたっていない。さらに言うなら、会話したのは、ここ二日間程度のことだ。……人は、これ程簡単に人を愛すものなのか。いや、そんな馬鹿な)
「私の気持ちは伝わっていなかったようだ」
自嘲するように彼は言った。
そして。
「私は、なんとも思っていない女性の為に決闘などしません。手も触れない、もちろん、口づけも。――あからさまなほどに、私の気持ちは伝えてきたはずです。でも、行動では分からなかったというなら、分からせてあげます」
顔を覗きこまれた。
「貴女がほしい。それだけだ」
頭に石がぶつけられたような衝撃がした。