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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
15/62

勝者には抱擁を

 一方の手から離れ、剣が飛ぶ。両者の力量に差がありすぎたのだ。


 アリアはそれを闘技場のすぐ傍で見ていた。

 あまりにも呆気ない幕切れ。アリアは剣が飛んだところしか見ていない。

 証人に勝利を宣言された勝者は、少女に気づき話しかける。


「私の勝ちでよろしいですね? アリア様」


 鮮やかな笑顔がアリアを見つめた。




――結論から書こう。私は彼の手の平の上で、ころっころと転がされていたようだ。


 躊躇って、何度も書き出せなかった一文を書いた。

(メイドのエレナが淹れてくれた紅茶はとっっくの昔に冷めている。それでも飲むが)


 最初に書いてしまえば、気が楽かと思ったが、そうでもないな。やはり順を追って書いていこう。

(どちらにしろ、落ち込むだろ? とか思ってはいけない。すべて吐き出して、すっきりしたいのだ)


 この日記には――ああ、とても私が怒っていることまで書いていたな。


 子ども相手に大人げない。そう思って我慢していた。


 軟禁され、闘技場まで案内された。その上、自分の事なのに『黙って観戦してろ』という扱いをされた。


 こうまで自分の意思を無視され続けることが、苦痛であるとは思わなかった。

(怒りを我慢できずに、案内に来た少年などに、時々驚いたような顔させてしまった。これでも我慢したんだが)


 最後には、とうとう爆発してしまった。一度目は『観戦してろ』と言われたとき。


 その次は、決闘でエミリオ少年が勝ったにも関わらず『貴女は本当にそれでいいのか』と囃したてた群衆にだ。




「私の勝ちでよろしいですね? アリア様」


 勝者のエミリオ少年は優雅に歩きながら言ってきた。

 背後には黒の旗の勝利を示すように、黒旗がかかげられていた。

 私の心配は全くの無駄であったようだ。


 敗者の赤の旗の少年は、いまだに呆然と地面に座り込んでいる。

 エミリオ少年より確実にいくつか年が上であろう少年だ。


 剣だけ狙いすましたかのように飛ばすなど、力量の差が著しい事をあからさまに告げていた。



 それが起こったのは、彼と私の距離が、あと一歩になったときだった。


「それでアリア様は本当によろしいのですか!?」


 観衆の中の一人の少年が立ちあがって叫ぶ。

 闘技場の熱が鎮まった。


「ハーウェルン殿の公爵家の力が怖いのではないのですか? もし貴女がそれを恐れているならご安心ください! 貴女の味方には彼と同じ公爵家のもの、そして様々な人間がいます」


 その声に追随して、観衆の至るところからも声がする。

 それは怒号となり、よく聞こえないが、みな最初の彼と同じ事を言っている様だった。


 一瞬、呆然としてしまった。


 だってそうだろう?彼らは私の意思を最初から無視している。


 決闘の結果が気に食わないから、今度は私の意思という理由をつけて彼を排除したいだけなのだ。


 ふざけるな、と思った。怒りで頭が真っ白になる。

 人を一体、なんだと思っているのか。私は人形ではないのだぞ!


「……私のことは、私が決めます」


 私が口を開いたのが見えたのだろう。怒号が嘘のように静かになる。


「それは、最初から言っています。決闘など必要ないと。なのに貴方がたは、私の意思を無視しました」


 観衆の視線を一身にあびている。だが、気にしない。


 私はようやく、自分の心を話せる場所を得たのだから。


「『私は』と話そうとするたび貴方がたは、私の為と言いながら隔離し、話させようとしませんでした」


 か弱い、儚い、そんな言葉が相応しい人間ではない。それを伝える為に強く言った。


「私の事を本当に思ってくださっているというのなら、私の事は私に任せてください。自分の事は自分で決めます」


 観衆は何も言ってこなかった。だが、今日一日の鬱憤は吐き出せた。

(これで、ようやく終われる。内心ほっとしていたのだ)


 ここで、観衆は納得!!


「やっぱりアリア様の事はアリア様が決めなきゃね」

「そうだね!」

「喧嘩しちゃったけど仲良くしよう!」


 となり円満解決した。


――のだったらよかったのだが。



 次の沈黙を破ったのはエミリオ少年だった。

 会場を見渡して、通りの良い声で話しだす。


「どうやら、私も、そして君たちもアリア様のお気持ちを考えたつもりで、全く考えていなかったようだ!!」


 彼が私を見た。


「だから、こうしようと思う」


 11歳の少年ということを忘れるくらい、意思のある瞳だ。それが、私だけをうつす。


「私とのこれからを望んでくださるなら、私の手をとってください。貴女が選ぶんだ。……この場の誰も文句はないだろう」


 彼が右手を私に差し出す。


「もし貴女が私の手をとらないなら、今後一切、貴女に近よらないと誓おう」



――私はこのとき、実はあまり、よく考えていなかった。


 観衆にむかって、話すだけで精一杯だったんだ。

 だから、彼とこれから関われないのは、困る。


 その一心で、すぐに手をのばした。

 そっと、彼の手にのせるだけのように。



 すぐに、強い力で引っ張られる。次の瞬間には、力強く抱きしめられていた。


 一瞬のような、永遠のような時間。


 彼は私から身体を離し、人々を睥睨する。

 私の腰に手を回し、さも私の心は我が掌中にあり、と知らしめているかのようだった。


「これでご理解頂けたか? 人の恋を邪魔するのは野暮というものだ。これからは控えてもらおうか」



 とんでもない発言だった。

 それが意味するのは、私の望んでいない展開に逆戻りという事だった。







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