君に捧ぐ闘い
「失礼いたします」
鍵の開けられる音がした。
そこへ、一人の少年がそっと扉を開け入ってきた。とても緊張している事がその顔から見てとれる。
簡素なテーブルと椅子だけがある小部屋だった。
椅子に腰かけた金の髪の少女が少年を見た。
少年は中にいる少女、アリアの美しさを知っていたが、その美しさを見てしまい罪悪感を感じた。
理由は勿論あった。だが――ほんの少しであっても、この人を閉じ込めた事に変わりはなかったからだ。
「ア、アリア様、この様な場所に閉じ込めてしまい申し訳ございませんでした。これから闘技場まで、私がエスコートさせて頂きます」
少年は片膝をつき、少女にむかって手を差し出した。
「必要ありません。道案内のみ頼みたいと思います」
少年は驚いた。アリアはその外見から、とても儚く、意思の弱い女性だと思っていたからだ。
「で、ですが、途中歩きにくい場所もありますし」
「必要ないと、私が言っているのです」
だが、それを否定するように威厳をもった少女の声が部屋に響いた。
少年に反論は許されなかった。
闘技場は人で溢れかえっている様だった。
アリアと少年はまだ中へと入っていない。だが、沸くような歓声が外まで聞こえてくる。全生徒が見にきている様だった。
「アリア様、こちらでございます」
アリアが連れてこられたのは、この広い闘技場の中でも、最も見晴らしのよい場所の席の様だった。
その上個室になっており、いかにも特別席という感じだった。
だが、それはアリアの求めたものでは全くなかった。
「……証人には私がなるのではないのですか?」
証人とは決闘責任者のことだ。決闘をする両者にとって中立の存在。
アリアは自分がその役で呼ばれたのだと思っていた。
「アリア様にその様な煩わしい事をして頂くつもりはありません。ご安心ください。証人には講師のベーガン氏をたてています。……こちらで決闘が終わるのをお待ちください」
アリアは今日、我慢に我慢を重ねてこの場にいた。その我慢の限界が来たようだった。
「なにを言っているのです!! 私が見届けずして、だれが見届けるというのですか!!」
機敏に立ちあがり、決闘場まで駆けていくアリアを少年はとめられなかった。
かかげるは赤の旗。かかげるは黒の旗。
中央に立つのは証人、決闘責任者。
使うは一本の剣のみ。
勝利の乙女は、どちらに振りむくのか。
アリアは駆けた。
ドレスの裾が邪魔だった。
駆ける彼女を見た観衆が驚いた様に目を見張った。淑女は駆けないものだからだ。
だが、それがどうした。
決闘とは誇りをかけた闘い等ではない。ただの殺し合いだ。
少なくともアリアはそう思っていた。だからこんな馬鹿な事は絶対とめるつもりだった。
(証人の場所からなら簡単だったのに)
決闘場から離れた特別席からここまで来るのに、随分かかってしまった。時間がない。
――そう、思った時だった。
少年、いや青年が立っていた。アリアを通すまい、と道をふさいでる。
あと少しで、観客席から闘技場へと行ける道だった。焦りをそのままにアリアは早口で言った。
「そこを退いてください!」
「いいえ、退きません。席にお戻りを」
実直そうな青年は、ただ平坦に告げる。
この青年を武器もなく、どう退けるか、アリアは考えた。
だが――
「それに、もう始まってしまいます」
怒涛のような歓声が響き渡った。決闘ははじまってしまったのである。
「黒の旗、エミリオ・ハーウェルン」
「はい」
「赤の旗、シザック・ベイン」
「はい」
証人の声に従い、両者は一歩前に出た。
この国の伝統的な決闘法だった。
決闘を申し込むものは赤をかかげ、受けたものは黒をかかげる。
勝負は一本。どちらかが戦闘不能とみなされるまで。
「ここに、アリア・ウォルシュ嬢の自由をかけた、決闘をはじめたいと思う。――黒が勝てば、このまま何もなし。だが、赤が勝てば、黒は今後アリア嬢に過剰な接触をしない。両者、異議はないな?」
「相違ありません」
「ありません」
「では、構えて――はじめっ!!」
勝敗は、一瞬後には決まっていた。