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君を守りたい  作者: 長井雪
第一部
10/62

紙片は証拠に

 アリアは椅子から立ちあがり、自然な様子で荷物を片づけ背後に立つ少年に向かい合った。


「……なんのご用かしら」

「分からないと?」


 二人の距離は五歩の間隔があった。その距離があっても、エミリオの放つ視線は強く、アリアは追いつめられた様に見える。


「いきなり、分かるでしょうと言われても、検討がつきませんわ」


 それでもアリアは毅然としてエミリオをまっすぐ見つめ静かに話す。だが、体の前できつく握られた手は緊張を隠せていなかった。


「この紙、貴女が書いたものですよね? 私の荷物の上に置いてありました。図書館は広く、私が本を探している間に犯人が置いていったのでしょう。……貴女の事だと思ったのですが」


 エミリオが一歩の距離をつめ、アリアに見えるように紙片をかかげた。


「まぁ、犯人とは只事ではありませんわね。不躾かもしれませんが内容が気になりますわ。……そのように犯人を追求しなければならないような内容でしたの?」


「ええ、こいつは私の課題をあろうことか盗み見し、私が答えられなかった問いの回答が書かれている冊子を丁寧に紹介しています」


「それは……ただの親切ではなくて? まぁ、書かれている事が嘘なら怒ってもいいと思うけれど」


 アリアは無表情をつくり、一言一言を慎重に話し、相手の反応を逃さぬようにしていた。


「いいえ。この紙に書かれているように、図書館の他国との輸出入の統計リストに書かれていました。これは毎年の増減を増やすために冊子になっているので、通常の本が入れられている場所にはないそうです。…………よく、本当によくお知りでしたね。私は領地の鉱石の採掘量を、国の地理の本から探すことしか考えていませんでした。具体的な数字や採掘量の多い領地の事しか載っていなく困っていたのです」


 そんなアリアの努力を無視し、エミリオは彼女を犯人として扱う事をやめないようだった。


「……ならよいのでは? 私にはこの犯人を突き止める必要性が分かりませんわ」


 アリアはこの会話を終えたくて冷たく話す。


「いいえ。それが全くよくないのです」


 だが相手にその気は、欠片もないようだった。


「不思議ですか? 私は気になって仕方ないですよ。私に名を名乗らず、私に親切で、とても優秀なこの方が。――いいえ、もう諦めてください。これはやはり貴女の手のものですね」


 さらに一歩、詰められる。


「証拠でもあるのかしら?」

「あります。最初は能力から貴女だと思いました。ですが何より、今この時点でさえ、この紙の主を否定している貴女だと思います」


 アリアの冷たさ等、気にもならない。そんな強さを持って言葉が続けられる。


「――自分で言うのもおかしいですが、私は公爵家の後継者で殿下の側付きの任も拝命しております。……その私に恩を売る機会を逃す人間は少ないはずです。名も名乗らず、“親切”な事をしてくれる人などそうはいない。そして、貴女は私に興味がないのか。地位や名声に興味がないのか。つれない態度で私をかわそうとする」


 少年は、楽しむような、不思議な顔で言う。今までの優美さや強さはなくなり、人らしい顔をする。

 少年の変化に内心驚きながらも、表面には出さずアリアは強く言う。


「自供を待っても、私はしませんよ。しておらぬのですから」


「自供など。もし本当に私がそれを望むのなら、そのテーブルの上の雑記帳、ですか? それを見せてもらえば答えは出ると思います。不思議に思ったのですよ。この紙、どこからか急いで破いたのですね。勉学の為のノートというには、サイズが変わっていたので」


 雑記帳、の言葉の時点で、アリアの肩は揺れてしまった。動揺は伝わってしまっただろう。自白しているのと同じだ。


「ですがしません。私はただ、親切な方にお礼を言いたかっただけなのですから。……少々頑なで時間がかかってしまいましたが」


「……優秀なかたですね。噂では聞いておりましたが、いらぬお世話でした。ただ、お困りなら手助けしたいと思っただけなのです。――もうこれからは」

「是非してください。私に、関わってください。貴女とならば、私は良い関係を築けると思います」


 二歩詰め寄られる。残りは一歩分しか残らない。

 アリアは驚き、無表情は消え、エミリオの自信と希望に満ちた笑顔が二人の視界をうめる。



「最後に一つお礼に忠告します」


 少年は驚き微動だにしないアリアに苦笑し、立ち去ろうとした。

 だが、それをやめて彼女の眼を見つめる。


「初めてお会いしたときから思っていましたが、貴女はとても美しい。だから、このような場所には一人で来ない方がいい」


 エミリオが最後の一歩を詰める。アリアが感じたのは、右手と左頬、そして、くちびるの熱だった。


「こんな事を望まないのなら」


 少年は静かに立ち去る。

 眼も閉じず、呆然と立ったままのアリアをおいて。





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