主人公視点(5)
……ミコトは思った。
――ここにはマトモなやつはいない。ならば自己保身に走ったほうがいいのではないか、と。
ネスから情報を得る対価に首を絞められて苦しい思いをしたミコトであったが、それ以上の恐怖心は抱いてはいなかった。
それよりもネスから得られた、この永遠校舎から出られない永遠生徒たちの情報で、ミコトの頭はいっぱいだった。
薄々、マトモなやつはいないのではにかという直感はあったので、衝撃自体は少ない。
しかし単なる直感による予想を、ネスによって裏打ちされてしまったことへの、納得感と焦燥感はある。
やっぱりか、という思いと、これからどうしよう、という悩みだ。
まず、十中八九永遠生徒たちはミコトのことを、死んだらしい「樹ミコト」と同一視している。
ネス曰く、「あまりにも同じだから」だそうだ。
見た目、声、振る舞い――それから、謎の能力を有するスマートフォン「キツネノマド」を永遠生徒で唯一取り扱えること。
死ねば終わりだというのがミコトの考えだが、永遠校舎などという超常の世界に身を置いている彼らからすれば、死とはときに超越することもある事象なのかもしれない。
ミコトにはさっぱりわからなかったが。
比較的冷静に物事を捉えているらしい――少なくともミコトにはそう見える――ネスからすら、「本当に樹さんじゃないの?」と問われるほどに、ミコトと「樹ミコト」は似ている。
そこはもう、受け入れるしかない。
生まれ持っての姿かたちや声や振る舞いを、一朝一夕でたちどころに変えるだなんて芸当は、ミコトにはできないのだから。
問題は、永遠生徒たちほぼ全員が、大なり小なり「樹ミコト」に思うところがあるというネスからの情報である。
ネスのその情報に、ミコトは嘘はないと感じた。
首を絞められてまで得た情報なのだから、というバイアスがないとは完全には否定しきれないものの、現状、ネスがミコトに嘘を吹き込むメリットもないと考える。
一応、ネスはミコトが「樹ミコト」ではないという主張に納得をしていたのだし。
ネスによれば、ミコトを入れても永遠生徒は一一人しかいないらしい。
そのうち、ミコトが知っているのはニビ、ネス、怒涛、厨戸の四人。
ネスからはこの四人の情報と、まだミコト「は」会っていない六人について教えてもらった。
ミコトの目からはただのスマートフォンでしかない、「キツネノマド」の画面を見やる。
ネスの話を聞きつつ、メモアプリに書き留めた内容が眼下に広がる。
まず、田久根ネス。全盲ではないが介助が必要なレベルの視力で、その世話を怒涛が引き受けている。
本人曰く、その視力は生まれつき。それゆえか、その他の感覚器から得られる情報を大切にしている。
特に触覚。他者の、生命を感じられる接触が好きらしい。
……つまり、ミコトにしたような生きている人間の首を絞める行為が好きなのだろう。
さすがにネスはそうは言わなかったが、ミコトはそう解釈している。
次に、須津日怒涛。先述の通りネスの介助を引き受けている、そばかす顔の男子生徒。
ネス曰く、劣等感が非常に強いとのこと。自己評価も自己肯定感も低く、他人に優しくされても素直に受け取れない。
だれに対しても下手に出るために、視力がほとんどないネスの介助役を買って出ているらしい。
……しかし、殺人のセンスだけはある。
厨戸煙は「樹ミコト」の元カレ。これはニビとの会話でも触れられていたので、ミコトも一応知ってはいる。
「樹ミコト」にウソコクして付き合ったものの、なんやかんやあり別れた。ネスもさすがに込み入った事情は知らないとのこと。
大方、「樹ミコト」が厨戸の思惑をなにかの拍子に知って別れたのだろう。
しかし、厨戸のほうはなにやら「樹ミコト」に執着している……。
おまけに厨戸はミコトのことを「樹ミコト」と同一人物だと疑っている様子がない。ミコトからすると頭の痛い事項だ。
亜橋ニビは「樹ミコト」の同級生。「樹ミコト」、ニビ、厨戸は同じ高校に通っていて、永遠校舎に来る前からの顔見知り。
関西弁をしゃべることからわかる通り、関西生まれ関西育ち、親の事情で引っ越しを経験している。
ネス曰く、あまり目立つことが好きではないらしい。控えめな性格ということなのだろう。
ただ物言いはハッキリとしている。そして、厨戸とは仲が悪い。ゆえにたびたび衝突しているとのことだ。
もちろん、そこには「樹ミコト」の存在が絡んでくる。
ミコトは三角関係を疑った。ネスはハッキリとは言及しなかったものの、それは暗に認めているも同然だった。
ニビは、ミコトが「樹ミコト」に瓜ふたつであるから、最初から優しかったし、厨戸からもかばってくれたのだろう。
……ミコトが既に知っている四人だけでも、なかなかひと筋縄ではいかなさそうな気配がひしひしと漂ってくる。
実際、ネスから聞いた限りでは、残る六人もどいつもこいつもひと筋縄ではいかないことが確定しているも同然だった。
神の実在を否定し、自らが神になろうとする宛井墨。
暴力を振るうことにためらいがないサディストだが、そんな自分を嫌悪し、戦闘後には嘔吐していると言う安池梯一。
「可愛いもの」を愛するが、それの指すところが他人の臓物で、他害行動にためらいがないため、常に拘束されている来恵ルティ。
いち教室を己の「城」と称し、引きこもりを続けている阿久里入我。
自分を愛してくれる人間だったらだれでもいい色情狂で、ストーカーされたこともあればストーカーもする鳥栖浦りり斗。
永遠校舎最年少の襖田飛龍は新参者らしくネスもよく知らないらしいが、永遠生徒となっている時点で恐らくひと筋縄ではいかないに違いない。
……ミコトは、これらの情報を得て「自己保身に走ったほうがいいのではないか」と思ったのだ。
しかしミコトは女性だ。男性で、二次性徴が終盤に入りつつあり、体が出来上がってきている他の永遠生徒には腕力で勝てるビジョンは一切見えない。
手元にある不可思議なスマートフォン「キツネノマド」はちょっと触ってみた限りでは、戦闘時に永遠生徒を補助したり支援したりする機能はあるものの、直接的に攻撃できるようなシステムはないようだ。
つまり、「キツネノマド」を除けばミコトはほぼ無力。
自己保身に走ろうという考えに至るのは、無理からぬことであった。
そのために頼りになりそうな人間は――
「亜橋ニビ……」
……彼くらいしかいないだろう。
永遠生徒になっている時点で、なにかしらクセがありそうな予感はするものの、表面的に彼はマトモだ。
おまけに「樹ミコト」のお陰で、ミコトにも優しいし、なにやら守る意思もある様子。
ミコトが「樹ミコト」ではない以上、いつその手のひらを返されるかはわかったものではないものの、現状、頼りになりそうな永遠生徒はニビくらいだというのも事実だった。
ミコトは決意を固めた。
結局、人間みな我が身が一番可愛いのだ。
それはミコトとて例外ではない。
そうと決まれば善は急げ。ミコトはニビに会いに行くことにした。




