主人公視点(3)
……ミコトは思った。
――もしかしたらここって、マトモなやつはいないんじゃないか、と。
なにやら、ニビを含む永遠生徒たちは「樹ミコト」という人物について知っているようだが、ミコト自身にこの永遠校舎にいたという記憶はない。
つまり、ニビたちの知る「樹ミコト」と、今ここにいるミコトは同一人物ではない。
名前こそ同じだし、どうやら容姿や振る舞いも同じであるらしいのだが、ミコトは彼らの知る「樹ミコト」ではない。
おまけに「樹ミコト」は彼らの前で自死したらしい。
それというのも、これまでにない強敵が永遠校舎に現れ、永遠生徒たちが全滅の危機に晒されたとき、皆の目の前で「樹ミコト」は首を掻き切ったというのだ。
それはたしかに恐怖からくる逃避行動ではなく、他の永遠生徒たちを救うための行いだったとニビは語る。
「樹ミコト」の切られた首の傷口からあふれ出たのは、赤黒い血液ではなかった。
それは――神だった。
人智には及ばぬ圧倒的な力を持つ、超常の存在……。
「樹ミコト」は己の死と引き換えに神を召喚し、永遠校舎を襲った未曽有の危機は撃退された――。
ネスが言っていた通り、永遠生徒は致命傷を追えば死ぬし、死ねば死体を残すことなく消滅する。
ゆえに「樹ミコト」も消滅した。首を深く掻き切って、外科手術などを受けずに生きていられる人間はいないからだ。
だが、「樹ミコト」は永遠校舎に帰ってきた。
それがミコトだと言う。
……ミコトは思った。
――なにを言っているんだ、と。
ミコトは生まれてこの方永遠校舎などに迷い込んだことはないし――至極当たり前だが――死んだこともない。
普通に考えれば他人の空似、別人である。
なのになにやら、ニビはミコトと「樹ミコト」は同一人物であると考えているらしい。
たしかにミコトの苗字も「樹」である。しかしミコトはニビたちの知る「樹ミコト」として生きていた記憶を持たないので、普通に考えれば同一人物ではない。
「……ごめんな、変なこと言うて」
ミコトがやんわりとニビたちの知る「樹ミコト」とは別人だと言い募れば、ニビは眉を下げてさみしそうに微笑んだ。
こちらの罪悪感を喚起させるような表情運びであったが、ミコトは流されなかった。
ここでミコトが「樹ミコト」ではないということをはっきりさせておかなければ、のちのち面倒くさいことになると思ったからだ。
「死んだやつは二度と戻って来おへん……。それは、わかっとるつもりやったんやけど、樹さん、ほんまに俺の知っとる樹さんのまんまやから」
それから、ニビは気まずそうにミコトから顔をそむけた。
死んだと思った友人が帰ってきたと思って、実際にはそれが別人だったとしても、あまりにも似ているがゆえに正常な判断ができず、ニビも混乱しているのだろう。
「樹ミコト」に似ているがゆえにミコトに好意的であるのがニビであれば、ミコトが「樹ミコト」に似ているがゆえに敵対的、侮蔑的であったのがさきほどの厨戸なのだろう。
恐らく、この先出会わざるを得ない他の永遠生徒たちも、以前いた「樹ミコト」の評価抜きでミコトを見ることはないだろう。
人間はかなりの部分を視覚に頼って生きている人間だ。第一印象や見た目というものは、かなり重要な要素である。
つまり、ニビとしたようなやり取りは今後何度か繰り返されるだろうし、厨戸のように非友好的な態度を取られることもあるということだ。
少々、頭の痛い問題である。
だがそこに助け船が出された。
「みんなには、俺から言うとくよ」
「え?」
「俺らの知ってる樹さんと、新しく来た樹さんは別人やって」
「それは、有難いですが……」
「気にせんといて。初対面であれこれ知らんこと言われるのは大変やろ? ただでさえ永遠校舎に来たばかりで落ち着かんやろうし、樹さんさえ良ければ俺から先にみんなに言うとく」
「お手間でなければ……頼んでもよろしいですか?」
「ええよ。でも敬語はやめて欲しいわ。なんや俺がくすぐったいし、永遠校舎では年齢はあんまし気にせえへんから」
「……善処します」
「はは。よろしく頼むわ。……さ、教室着いたで」
ニビが足を止めたので、ミコトもそれに倣って歩みを止めた。
「ほんで、これがこの教室の鍵。失くさんように気ぃつけてな。あと寝る前に鍵かけるんも忘れんでな」
「はい。ありがとうござ……ありがとう」
思わず敬語を使いそうになったところで、ニビがじっとこちらを見ているのに気づき、ミコトはあわてて訂正する。
ニビはそれに満足したのか、柔らかく微笑んで
「ほんなら、なんかあったら気軽に呼んでくれてええから。だいたい下の、2-Aの教室におるし。それじゃ」
と言って、無駄に居座ることもせず颯爽と去って行った。
ミコトは教室の鍵を開けて中に入ると、すぐにスライドドアを閉じて内鍵をかける。
ニビが信用に値するとは、ミコトは思えなかった。
しかし厨戸と比べれば、ミコトに対して友好的なぶん、信用度は多少上回る。
だがそれだけのことだった。
とにかく、なにかしらの判断を下すには、まだまだ情報が足りなさすぎる。
ミコトは夕暮れの色に染まった教室で、ため息まじりの吐息を出した。




