主人公視点(7)
……スマートフォン、もとい「キツネノマド」がバイブレーションする。
スリープから復帰させて、ミコトは「キツネノマド」の画面を見やった。
一般的なスマートフォンと同じく、「キツネノマド」にも通知欄というものは存在する。
その通知欄には、「亜紗の生命が危機に瀕している」ことが端的に、無機質に、書かれていた。
ミコトは、つい先ほどニビが亜紗を伴って入った教室のスライドドアの前へと駆けつけ、取っ手に手をやる。
勢いよくドアをスライドさせれば、永遠の夕暮れ色に染まった教室で、ニビが亜紗の首を絞めていた。
「亜橋くん」
亜紗は顔を真っ赤にして、口の端から泡を吹きながらも、両脚をじたじたと動かしている。
一方のニビは、至極冷静に亜紗の動きを封じ込めて、その頸部を絞め上げていた。
ちらりとニビの目玉が、教室に入ってきたミコトを一瞥する。
ミコトの背後では、亜紗と共にいた迷子生徒が、ショッキングな場面を見てしまったからだろう、喉から引きつれたような悲鳴を漏らす。
「亜橋くんは、そんなことをしなくてもいい」
ミコトは、他人が言って欲しい言葉を察する能力が肥大していた。
それが生まれつきのものなのか、特殊な環境ゆえに育まれたものなのかは、ミコトには定かではない。
反対に、他人が言って欲しくない言葉もよくわかった。
よって、ミコトはその場での最適解と言えるべき言葉を口にすることができるし、相手を逆上させたり心を折ったりすることもできる。
亜紗であれば、彼女の嘘を暴くことだ。おおむね、嘘は悪いこととされる。彼女は自分のことを絶対的な被害者だと思い込んでいて、それからずっとそうでいたいと願っているから、加害者になってはだめなのだ。
「せやけど、樹さんて俺の記憶がないんやろ? せやったら、意味なくなるやん」
ニビははにかむように微笑んだ。
それから、亜紗の首から手を離した。
亜紗はその場にうずくまって、咳やえずきを繰り返す。そこにはときおり水っぽい音が混じった。
「――意味」
「せや。俺、樹さんのためにひと殺してるねん。でも、ここにいる樹さんはそんなことは知らんわけや。せやったら、意味ないなあって思って」
「意味、ね。それで亜紗さんを殺そうとしたわけ?」
「せやで。この子……樹さんのお姉さんなんやって? でも仲良うないよな?」
「そうだね」
「やから、殺したったらええかな思うて。ちょうどええやん?」
「そうして、私を思い通りにしたい?」
「ちょっとちゃうな。ただ樹さんの心に波風立てたいだけや。樹さんて、ぜんぜん動じへんやろ? 俺も同じやったんやけど、樹さんだけは別なんや。樹さんの言動ひとつひとつに俺は唯一感動できるねん。そんで、樹さんも俺のことで心動かしてくれたらええなあって、それだけの話なんやけど」
「ふうん――亜橋くんって……
『悪人』だね」
ミコトがそう言うと、ニビははにかむように微笑んで言った。
「……うれし」




