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永遠委員会  作者: やなぎ怜


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主人公視点(6)

 ……ミコトは思った。


 ――恐らく神様ってやつは私のことが嫌いなんだと思う、と。


 ミコトが与えられた――曰く、ミコトにしか扱えない――スマートフォン「キツネノマド」。


 そこになにやら通知がきていることに気づいたのは、ミコトがニビのいるという教室へ向かう途上のことであった。


 通知の内容は、永遠校舎に迷子生徒がふたり現れたというもので、ミコトはすぐにニビへこのことを伝えた。


「幸い、こっからなら近いし、敵さんも今はおらんみたいやし、俺らだけで迎えに行こか」


 「キツネノマド」は直接的な攻撃の手段にならないこと以外はけっこう万能だった。


 つまり永遠校舎に入り込んでしまった迷子生徒の居所もわかれば、敵が出現すればその居場所も表示される。


 そしてカメラを介して画面内に映した永遠生徒を支援する――バフをかける――ことや、敵の妨害をする――デバフをかけたりなど――もすることができる。


 それから平均的なスマートフォンとしての機能もひと通り兼ね備えているので、メモアプリもあるしインターネットに繋がるウェブブラウザのアプリもインストールされている。


 これで直接的な攻撃手段があれば……とミコトは思ってしまうが、一方でこれだけの機能を備えていてそれ以上を望むのは欲をかきすぎかとも思った。


 「キツネノマド」の画面に表示された永遠校舎のマップと、動く黄色い(ドット)を手掛かりに、ニビとともに迷子生徒のもとへと向かう。


 永遠校舎はときどき廊下が通常の物理法則ではあり得ないねじれ方をしていたりしたが、ニビはさすがに慣れているらしくミコトを甲斐甲斐しくエスコートしてくれた。


 そんなニビを自己保身のために利用しようとしていたことを思い起こしたミコトは、いささかの罪悪感を覚えた。


「迷子生徒ってけっこうな頻度で来るんだね?」

「いや、そんなことはないんやけど……まあタイミングによるかな。ぜんぜん()おへん期間もあるよ」


 そろそろマップ上の黄色いふたつの点――すなわち迷子生徒が目視で確認できそうな距離まで来たところで、ミコトは思わず足を止めてしまった。


「樹さん? どないしたん?」


 「キツネノマド」を手にしたまま歩みを止めたミコトにニビはすぐ気づき、振り返って様子を問う。


 ミコトが足を止めたのは他でもない――もう二度と会うことはないだろうと思っていた、懐かしい顔を見つけたからだった。


 しかしその「懐かしい顔」からミコトは郷愁みたいなものは一切感じなかったし、一方その「懐かしい顔」もミコトを認めて顔を歪めた。


「えっと、足止めちゃってごめん。知ってる顔がいたからおどろいて、つい」

「え? 樹さんの知り合い?」

「姉……だった。血の繋がりとかはないんだけど」


 ミコトが知る迷子生徒の片方は、かつてミコトの前では「樹亜紗(あーしゃ)」と名乗っていた――血の繋がらない姉、だった。


 シングルマザーだった亜紗の母親は、ミコトの両親が主宰するカルト教団に入信し、間もなくミコトの父親の何番目かの「夫人」になった。


 そして亜紗もミコトの義理の姉となった。


 ただもちろんミコトが生きていた現代日本では重婚は出来ないわけで、姉とは言っても完全に教団内だけの、名目上のものだった。


 教団の施設で顔を合わせたり、同じ空間にいるとき、亜紗はいつも暗い顔でうつむいて、耐えるように眉間にしわを寄せていた。そうでなければ、義理の妹であり――神の子として扱われていたミコトのことを、鋭い目つきでにらみつけた。


 だからミコトもよく覚えているのだ。教団内でミコトはちやほやされて生きていたから、亜紗の態度から垣間見える言外の悪意は、ミコトからすれば珍奇なものだった。


 ただ、ミコトとて世間一般の常識から己たちが外れていることは理解していた。


 ミコトは昼間は世間一般の普通の子供たち同じように、普通に学校に通っていた。カルト教団で神の子として崇められているミコトが、そこでどのような扱いを受けていたのかはわざわざ言及するまでもない。


 それに拍車をかけたのが亜紗の態度だった。


 亜紗はミコトの「姉」であったが、実のところ学年は変わりなく、亜紗のほうが早くに生まれていたから「姉」という関係名を与えられていたに過ぎなかった。


 亜紗は学校でもときおり暗い顔でうつむいて、耐えるように眉間にしわを寄せた。


 そうして苦しげな涙声で己の窮状を訴えた。


 ……毎朝よくわからないお経を唱えさせられる。逆らえば食事を出してもらえない。母親に頬をぶたれた。よくわからない教団の施設で集団生活を強いられている。欲しいものなんてひとつも買ってもらえない。おしゃれをしたいのにできない。


 それらの訴えが、虚実入り混じっていること気づいていたのは恐らくミコトだけだろう。


「樹さんはあたしのことが気に入らないって……あたしのほうが早く生まれて『姉』扱いされるのが気に入らないって言ってきて……うぅ……」


 亜紗がそう言って涙を流すと、クラスメイトたちはいっせいにミコトを批難の目で見た。


 もとより教団でも学校でも、人間扱いされていないミコトにとっては、敵意を向けられることなどどうでもよかった。「姉」の亜紗が明らかな嘘をついてミコトを追い詰めようとしている意図にも気づいてはいたが、どうでもよかった。


 だって、学校や教団で亜紗の嘘を暴いたところで、ミコトの周囲はなにも変わりはしないのだ。


 亜紗の嘘を暴くことは容易かったし、それを教団内で行えば亜紗がどんな目に遭うかなど火を見るよりも明らかだった。


 けれどもミコトはそんなことはしなかった。


 そんなことをしたってなんにも変わりはしないからだ。


 つまり、無意味なのだ。



 ミコトはニビと共に、亜紗ともうひとりの迷子生徒に近づく。


「怪我とかしてへんか? おふたりさん。もう大丈夫やで」


 ニビが柔らかな声をかける。


 ミコトが見知らぬ迷子生徒は、スマートフォンを両手で持っており、明らかに安堵した様子で肩から力を抜いたのがわかった。


 亜紗は――暗い顔でうつむいて、耐えるように眉間にしわを寄せた。


 それから、同情を誘うような涙声を出す。


「ひっ、ごめんなさい……樹さん、迷惑をかけてごめんね……謝るから、ぶつのはやめてね……?」


 名を知らぬ迷子生徒と、ニビが、どういうことかと言いたげにミコトに目を向けたのがわかった。


 ……ミコトにとって、これまでの亜紗の言動はどうでもいいことだった。


 ミコトにとって、それはすべて意味を持たない行いだったからだ。


 けれど――


 けれど、今は違う。


「ぶつわけないよ、亜紗さん。だって、私はだれかをぶったことなんて一度としてないからね。亜紗さんがそうやって、私を悪者にするのは数えきれないほどあったけど」


 ミコトはうっすらと、不気味に笑っていた。

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