第八話 虹とお雑煮
神様はいると思う。
ただ、神様に気にしてもらえる順番が回って来ないだけ。今や世界人口は八十億を超える。神様も忙しいのだ。
ある日、もう自分ではどうしようもないと思い、文字通りの神頼みで、少ない貯金をはたいて飛行機に乗り、良縁で有名な神社へ行った。自分なりに一生懸命お祈りしてきたつもりだったが、ご縁はなかった。
在宅勤務でほぼひきこもっていては、出会いがあるはずもない。
かと言って、毎日会社と家を往復していた頃も長い間何もなかった。
結局、私には縁というものがないのだろう。
さらに、他の人達と自分を比べてしまうのが辛くなり、休日に出かける気にもならない。努力もしないで結果を求めるのはおかしいと、頭では分かっている。
だから、神様に対して思うところは何もない。自分の心の問題だ。
そんなこんなで、以前はよく神社にお参りしていたのだが、もう、やめた。
神社は好きだ。それは変わらない。
今でも、ちょっと良いことがあれば、「神様、ありがとう」と呟く。例えば、危うく落としそうになったスマホをうまくキャッチできた時とか。小さい頃から祖母を真似してずっと続いている口癖だ。
けれどもいつからか、神社で手を合わせても、素直に感謝の気持ちを伝えられなくなってしまった。
以前は見返りを求めてお参りしていたわけではなかったはずなのに。
神様のせいじゃない。
全部、自分のせいだ。
ただ、今は少し距離を置きたい。
そう言いながら、小さな鏡餅のお飾りを買ってきてしまった自分に苦笑する。せめて、お正月明けにきなこ餅を食べる楽しみくらいは持っておきたいのだ。
一月一日。
「あけましておめでとう」を言う相手はいない。テレビのお笑い番組も、ひとりでは空しくなるから見ない。そんなお正月をもう何回過ごしただろうか。
お正月と言っても、普通の休日と変わらない。いつも通り少し遅く起きて、遅めの朝食と早めの昼食を兼ねて、和えるだけの市販のソースで、たらこパスタを作った。おせちなんて、もう何年も食べていない。
祖母のお雑煮が、好きだった。
くたくたの白菜がたっぷり入って、甘い白みその中でとろりと溶けた白いお餅。祖母の優しい手が差し出す、うちにある中で一番良いお椀。フーフーと冷ましたのに、ハフハフとなってしまうほど熱くて。祖母が笑って。
(あのお雑煮は、もう食べられないんだな)
夕方が近づき、年賀状が一枚も届かなかったことに気づく。返事を書くために、三枚入りを買っておいたのだが、今年は無駄になりそうだ。
寂しいと思う。それくらいの感情はある。
でも同時に、仕方ないと思う。
この世界は、私には大きすぎて、端っこのほんの僅かなスペースに居場所を借りて、お邪魔させてもらっているように感じている。
(駄目だな)
時間があると、いろいろ考えてしまう。考えても答えは出ないのに。
小さなため息をひとつ落として、立ち上がり、背伸びをしてみる。
(お雑煮、作ってみようかな)
ふと、そんなことを思いつく。
祖母は昆布から出汁を取っていたけど、だしの素ならある。普通の味噌もある。
いや、やはり白みそでなければ。
白菜と白みそとお餅を買ってこよう。
外に出てみると、地面がしっとりと濡れていた。
カーテンを閉め切っていて気づかないうちに、雨が降ったらしい。
雪にはならなかったが、さすがに空気は冷たい。
一番近くのコンビニに行ってみると、白菜とお餅はあったが、白みそがなかった。
ここまで来ると、どうしても食べたくなってくる。
もう少し歩いて、スーパーまで足を延ばすことにした。
元日の遅い午後。
通り沿いのお店はほとんどがドアを閉じて、お正月休みを知らせるカラフルなポスターが貼られている。
西に傾いた太陽が、街の色を濃く染め始めている。
(夕日というのも、久しぶりに見た気がする)
スーパーの手前の大通りで、信号を待っていると、向かい側で信号待ちをしている若いグループが、東の空を指さし、騒ぎながらスマホを向けていた。
つられて、視線を向ける。
(!)
冬の夕方に、虹。
初めて見たかもしれない。
空を渡る、淡い七色のアーチ。
その美しさが、胸を満たしてくる。
(神様、ありがとう)
いくつものタイミングが重なって生まれた、この瞬間が、愛おしかった。
もう一度、呟く。
心を込めて。
(神様、ありがとう)
信号が青になる。
お雑煮、うまくできそうな予感がしてきた。




