第七話 あるカウントダウン
「大人になったら」というのは、子どもにとって魔法の言葉だ。
自分にもきっと幸せな未来があると思っていた。
大人になったら魔法は解けるのだと、知らなかった。
友達がいないのはダメ。
親兄弟と仲良くないのはダメ。
会社の飲み会に行かないのはダメ。
だから「普通」になるために、本を読み、動画を見て、セミナーにも行った。
でも、学べば学ぶほど、自分には無理だと分かっただけだった。
子どもの頃も違和感はあったが、気にしていなかった。それがいけなかったのだろうか。
魔法は徐々に弱くなり、いつの間にか消えた。
「おひとり様ですか?」という言葉にさえ、胸がざわつくようになり、外食もやめた。
結果、料理が上手くなったのは、想定外の良いことだった。
世界は変わり続ける。
その一方で、学生の頃から暮らしているワンルームの部屋の中は、ずっと同じ景色。
それで良いと思うことにする。
「変わらない」ことにも、もしかしたら価値があるかもしれないから。
派遣の仕事はコールセンターが多い。たまのクレームは辛いが、それでも、お客様は私が「普通」ではないとは知らない。
夜勤の時間帯は、私だけか、またはもうひとり追加されて最大二人体制。余計な話をしなくて済む。
今日は、十二月三十一日。
年末年始は人もいないので、出勤は私だけ。日中の引き継ぎもなく、穏やかな年末となりそうだ。
年末年始に働くのは、もう慣れた。むしろ、選んできた。
ひとりきりのランチタイム。
ひとりきりの年越し。
静けさが満ちたオフィスで、今朝退勤した後のメールをひとつひとつ丁寧に確認する。時間はたっぷりある。
コールが来た。
表示された電話番号で、直近の問い合わせを確認。履歴なし。
呼吸を整えて、電話をオンにする。
システムエラーで、上級エンジニアへのエスカレーションが必要なケースだった。エンジニアにつないで、電話を切る。
よし、ひとまず完了。
時刻は二十三時十五分。メールの続きを開く。
しばらくして、先ほどのエンジニアから「無事完了」のメールが来た。ほっとする。
時刻は二十三時五十七分。
と、本日二件目のコールが来た。
先ほどと同じ電話番号が表示されている。
(まさか、新たな問題発生?)
再度呼吸を整えて、電話をオンにする。
「あ、さっきの方ですよね? 良かった~。いや、たいしたことではないんですが、御礼だけ言いたくて。さっきはどうもありがとうございました。おかげさまで無事解決しました。本当に良かっ……あっ、ちょっと待ってください」
一気にそこまで話すと、電話の向こうで、別の人と話しているようだ。数人の賑やかな声が聞こえる。笑い声も。何だろう。お仕事中じゃないのか?
「すみません、お待たせしました。いや、もうこんな時間で、電話つながっているし、このまま一緒にカウントダウンするしかないですね」
(え…?)
「十数えたらクラッカー鳴らすんで、ちょっと受話器を離したほうが良いかもですよ」
(何それ?)
焦る私をよそに、電話の向こうでカウントダウンが始まった。何人かいるようだ。
「......五! 四! 三! 二! 一! ゼロ!」
容赦なく唱えられる数字を聞きながら、慌ててボリュームを半分まで下げる。
盛大…...かと思いきや、控えめなクラッカーが三つ。ちょっと拍子抜けするほど。
「ハハハ、いや、すみません。付き合わせちゃって。学生さん達がカウントダウンやりたいって、きかなくて」
遠くで、『店長もノリノリだったくせに』『誰に言い訳してるんすか』『あけおめ~』などとわいわいしている。
(なんか、良いな)
そう、思ってしまった。
私には、遠い世界。
でも、ちょっとだけリモートで繋がってしまった不思議。
「とりあえず、あけましておめでとうございます」
「あ、あけまして、おめでとう、ございます」
「去年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします」
「こ、こちら、こそ」
「夜勤おつかれさまです。おかげさまで助かりました。今年もお互いに良い年にしましょうね」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
正解が分からない。こんなやりとりはマニュアルには載ってない。
「じゃあ、どうも、失礼します」
「はい、失礼いたします」
(しまった! 『お電話ありがとうございました』って言わなかった)
電話を切った後で気づくが、もう遅い。
誰もいないオフィス。
でも、なぜか、胸の奥がほわりと温かい。
もうちょっと、頑張れそうな気がした。




