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ひとり達のanthology  作者: mina


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第四話 椅子取りゲーム

「やっと終わった~」

「だね~。まあ、年末年始も旦那の実家に行くから、ある意味『仕事』は続くんだけどさあ」


電車の中で目の前に座っている二人が楽しそうに話している。いわゆる仕事納めらしい。


「でもさあ、うちの旦那、三十日までなのよ。おかしくない?」

「え~、それは困るね~。普通二十八日までじゃない?」


(いや、全然おかしくないから)

誰かが休む間、別の誰かが働いている。そうやって、世界は回っている。


それなのに、彼女たちが「表」で、私たちが「裏」のように扱われるのは、何かが違う気がする。

地球はただ自転しているだけで、表も裏もないはずなのに、何が私たちを分けるんだろう。


「あ、私、次だから」

「うん、じゃあまた来年ね」

一人が立ち上がる。ちょうど私の目の前の席だ。今日は早めに座れる。ちょっとホッとする。


次の瞬間。

どこかから現れた別の女性が、私をぐいと押しのけて、その空いた席に身体を滑り込ませた。


私はよろめいて、隣の人にぶつかってしまった。

幸い、私も隣の人もつり革につかまっていたので、倒れずにすんだ。


「すみません」

「いえ」

私が小さな声で隣の人に謝ると、その人はそれ以上何も言わなかった。ちょっとホッとする。


前を見ると、さっきの女性は膝の上に抱え込んだ大きなバッグに身体を預けるようにして目を閉じていた。今日も大変だったのだろう。

それにしても、あの身のこなし。彼女はきっと椅子取りゲームが得意だったに違いない。なんて勝手な想像をする。


(そういえば、椅子取りゲームは子どもの頃から苦手だった)


皆に押しのけられて一度も座れず、毎回すぐに退場してしまうので、逆に浮いてしまった。

「皆でやるゲームなんだから、ちゃんと真面目に参加しないと」

先生はそう言ったけれど、私にはどうしても無理だった。


今思えば、あれは社会の波にもまれるための訓練だったのかもしれない。この世界では、どこへ行っても、椅子の数には限りがあって、そこに座るためには努力しないといけないのだと。


でも、私は変われなかった。常に人との競争を避け続けている。攻撃されれば、黙って去る。傷つくより、ずっとましだから。


そうして、気がついたら、ひとりになっていた。


ふと、窓に映る自分と目が合う。表情がない。一日中パソコンの画面ばかり見ているからだろうか。

(こんなだから、近寄りがたいって言われるんだろうな)


昨日、アジア系の女性に道を尋ねられた人が、丁寧に道を教えているのを見た。その人は優しそうに見えて、実際優しかった。


私もそんなふうに人の役に立ちたいと思っている。でも、うまく行かない。

ある時、重そうなスーツケースを持った女性に、勇気を出して「持ちましょうか」と声をかけたら、「結構です!」と強い調子で断られた。引き寄せたスーツケースから警戒心がにじんでいた。

(あれはショックだったな。でも、親切は押し売りするものでもないし)


周りがどうであれ、私はできるだけ人を傷つけずにいたい。

そこを諦めたら、もう私ではなくなる気がするから。


次の駅が近づき、仕事納めのおしゃべりをしていた二人組の残りの一人が、席を立った。今度は、私がさっきぶつかってしまった人が座れそうだ。


……と思ったが、彼は右手でつり革を握り、左手のスマホを見つめたまま、動く気配がない。


ちらりと見ただけなのに、目が合ってしまった。ちょっと焦る。

「どうぞ」

(え?)

「私は次で降りますので」

「あ、ありがとう、ございます」

たどたどしくなってしまった。少し恥ずかしい。


座って、ホッとする。もう今日は座れないと思っていたから、思わぬ幸運だった。


ふと見上げると、彼の左手の指輪が目に入った。彼は今日の出来事を家族に話すだろうか。それともこんな些細なことは、彼の記憶にさえ残らないだろうか。


社会の片隅で起きた、小さな椅子取りゲーム。

こういう展開もありなんだ。


電車は走る。

どこかで誰かが席を譲っても、誰も気にしない。

それは、ある意味、良い社会なのかもしれない。


次の駅で、彼は降りていった。

振り返らずに。


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