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ひとり達のanthology  作者: mina


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第三話 十二月二十七日

地下鉄のホームで、誰も並んでいないところに立つ。ドアが開いたら一番先に乗り込めるように。席がひとつでも空いていれば、すぐに座れるように。

(余裕のかけらもないとは、このことだね)

自分の行動に、心の中で思わず苦笑してしまう。


スマホを取り出して、メッセージが届いていないことを確認する。LINEもインスタもずいぶん長い間開いていない。


そういえば、今年は年賀状がとうとう一枚になったんだっけ。


高校時代の友人で、とてもまめな彼女は、大学卒業後公務員になり、すぐに結婚して家庭を築き、マイホームに住んでいる。毎年届く年賀状の家族写真は、私には眩しすぎた。


彼女とは特に仲が良かったわけでもない。彼女は同じクラスになった人全員に年賀状を出していた。それだけのこと。


高校卒業後、私は一度も地元に帰っていない。同級生の顔も、もうほとんど思い出せない。同窓会の案内もいつの間にか来なくなった。


毎日残業して、仕事が終われば、おしゃべりをしている同僚達を残し、ひとりで会社を出る。速足でまっすぐ駅に向かい、地下鉄に乗り、誰もいないワンルームの部屋に帰る。その繰り返し。


スマホのカレンダーには、仕事の予定しか書いていない。せめてそれくらい書かないと、埋まらないから。


カレンダーの今日の日付は、十二月二十七日。

中途半端で、存在感のない日。クリスマスは過ぎているし、かと言って、年末と呼ぶには微妙。


そしてこの中途半端で存在感のない日が、私の誕生日。


握りしめたスマホには、やはり誰からも、メッセージは届かない。


今さら何を期待しているんだろう。

私は何を待っているんだろう。

自分でも分からない。


ことごとく、人を遠ざけてきた結果なのに。

自分で、選択してきた結果なのに。


「Excuse me?」

かなり近くで突然声がしたので、思わずびくりとする。スマホから顔を上げて少し振り返ると、アジア系の若い女性が、不安そうな顔でこちらを見ている。


「Yes?」

私が答えると、少しほっとしたような顔になった。

「I want, this station」

たどたどしい英語で、持っているスマホの画面を私に見せながら、指をさす。そこには、このホームではない別の路線の駅が示されていた。彼女のスマホの画面ではローマ字表記になっているが、駅構内で見る案内板は漢字が大きく書かれていて、アルファベットの文字は小さかったり、なかったりするから、外国の人にとっては少し分かりにくいのだろうと思う。


その時、私の乗る電車がホームに入って来た。

ドアが開き、中からたくさんの人が降りた後、入れ替わりにホームで待っていた私以外の客がどんどん電車に吸い込まれていく。


これを逃せば、この時間帯では、次の電車は20分後。


今、乗れば、間に合う。帰れる。それだけ早く夕飯を食べられるし、ゆっくり休める。


たとえ私が助けなくても、彼女は誰かに聞けるだろう。私である必要なんて、どこにもない。


でも—。


……だめだ。


私はこの電車を諦める決心をして、その女性に説明を始めた。

「That’s a different line. Please follow the green arrow. Do you see that green arrow over there? You’ll reach your platform.」

ホームの後ろの方の床に描いてある案内矢印を指さしながら言うと、それを見て彼女が頷く。ちゃんと理解してもらえたようだ。

「Thank you. Thank you.」

彼女は柔らかな笑顔で何度もお礼を言い、無事に緑の矢印の方へ歩いていった。


その背中を見送って、前を向いた。

電車はまだそこにいた。

ドアが開いたまま。

音もなく。

時間が止まったのかと思ってしまうほど。


(え? なんで? 何があった?)

事故や遅延のアナウンスはない。そんなのは聞こえなかった。


周囲を見回す。ホームにいるのは私だけ。

(でも、乗れるなら、ありがたい)

迷いは一瞬。電車に乗り込む。


私が乗り込むとすぐに、ドアが閉じた。

(あれ? もしかして私を待っていてくれた?)


誰も何も言わないから、分からない。


(そんなはずないか)

きっと駅のどこかで何かあったのだろう。私を待っていてくれたなんて、そんなこと……。


電車が動き出す。


(でも、もしかしたら)

運転士さんか車掌さん、または駅員さんが、カメラで私の様子を見ていて、待っていてくれたのかもしれない。


いつもなら、カメラで監視されるなんて窮屈な世界だと感じていた。

今日は、誰かが見ていてくれたかもしれないという、たったそれだけの可能性が、少し、嬉しい。


メッセージもない誕生日に起きた、ほんの小さな出来事。

プレゼントもない誕生日にできた、ほんの小さな思い出。


あの子も、ちゃんと電車に乗れただろうか。


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