第一話 二時間だけのクリスマス
抱えている問題が解決するわけではないけれど、ほんのわずかでも心が温かくなる瞬間があれば良いなと思い、日々頑張っている「ひとり」達を応援するショートショートです。
星が見えない夜空から、ふわりとひと粒、雪が舞い降りた。
目の前をゆっくりと落ちていく雪のかけらを、ほんの少しだけ目で追った後、ほぼ条件反射的に上を向く。
(ああ、雪……。ホワイトクリスマスだ)
心の中でつぶやいてみても、それをシェアする相手はいない。スマホを取り出すことさえしようとしない自分の思考に気づき、ちょっと苦笑してしまう。
クリスマスに彩られた街にさえ、わくわくしなくなって、もう何年経つだろう。今では、クリスマスも誕生日も、普通の日曜日や祝日でさえ、全く違う世界のものだと認識している。というより、自分がこの世界に紛れ込んだ異質な分子だと感じている。
「社会不適合者」という言葉が、思い浮かぶ。
だからと言って、どうすれば良いのか分からない。ハケンとバイトのWワークで、とにかくお金を稼がないと生活できない。正社員の仕事もフルタイムの仕事も、もう何年も見つからない。一生懸命真面目に働けば働くほど、良いように利用され、搾取される。それでも、収入を得るためには働くしかない。
年末年始は、もちろん出勤。社員の人達はもちろん、家族がいるパートさん達もお休み。未婚で一人暮らしの自分が出勤するべきだという暗黙の了解みたいなものもあるし、自分もそうするのが一番良いと思う。お休みをもらっても、旅行に行くお金もないし、ワンルームの部屋で何もせずにひとりでいるよりは、少しでも働いた方がましだ。
(仕事がもらえるだけ、まだ良い)
何度目かの言い訳、あるいは慰め。上には上がいるし、下には下がいる。自分が上がれない上を見ても、辛くなるだけなので、見ない方が良い。それよりも、今よりひどい状況にならないように、努力し続けるしかない。
駅から家までの道は歩いて15分。遅番の帰り、この時間になると、人通りはほとんどない。先ほど降り始めた雪でさえ、まるで声を潜めているように遠慮がちに見える。
(そういえば、クリスマスソングって、今年はあまり聞かなかったな)
意識的になのか、無意識的になのかは分からない。クリスマスのデコレーションやイルミネーションがいつから始まったのかさえ、分からない。
(こんなだから、いろいろダメなんだろうな)
マフラーの上に小さなため息をひとつ。
(せっかくだから、スーパーに寄って行くかな)
そんな気分になるなんて、クリスマスの雪には、少しだけ特別な力があるのかもしれない。
帰宅途中にある24時間営業のスーパー。買い物は、節約のために週一回と決めている。今日はその日ではない。でも、今日は何となく、そのまま帰りたくなかった。
「クリスマスだから」という理由で、「特別感」を求めていたのかもしれない。一般的な「特別感」とはかなりかけ離れている気がしないでもないが。
値引きされたお惣菜で何か良いのがあればと見てみると、からあげが僅かに残っていた。
(さすがにフライドチキンとか、もうないよね。でもチキンつながりで、からあげでも良いか)
「クリスマスだから」という理由で、チキンにこだわるあたり、まだ社会とのつながりを諦めていないらしい。
(ついでにケーキもあるかな)
「クリスマスだから」という理由かどうかは不明だが、ケーキも諦められないらしい。
ホールのチョコレートケーキがいくつかと、いちごのショートケーキの二個入りパックがひとつ、それぞれ20%引きで売れ残っていた。迷わずいちごのショートケーキを選択。さすがにホールはひとりでは食べきれない。
スーパーを出ると、雪はまだ降り続いている。やっぱり上を見上げてしまう。不思議だ。落ちてくる雪は、さっきより若干多くなっているかもしれない。
横断歩道の信号がちょうど赤になったので、ちょっと残念に思いながら待つ。
他に人はいない。車もいない。でも、待つ。
(誰も見ていなくても、信号は働いている)
そんな当たり前のことが、何となく頭に浮かぶ。雪が降っている。
(雪は、誰の上にも平等に降るよね)
音もなく落ちてくる雪を眺めながら、とりとめのないことを考えている。
(こうやって、今、この雪に気づいている人、いるのかな)
そんなことを思ってしまったのは、ケーキが二個入りだったからだろうか。
信号が青になる。
横断歩道を渡れば、アパートはすぐそこ。帰ったら、シャワーを浴びて、ささやかなクリスマスのディナーを楽しむことにしよう。からあげとケーキだけど。シャンパンもツリーも、プレゼントもないけど。もうあと2時間もすれば日付が変わるけど。世の中には、そんな短いクリスマスがあっても良い。
ふと、言ってみたくなった。
「Merry Christmas」
主人公の性別・年齢を特定しないように書いています。
投稿は不定期です。




