悪役令嬢に転生したので婚約破棄を目指してみたけど、何故か王子に溺愛されています
初投稿です。書いてみたかったので書きました。
その日はいつも通りの爽やかな朝だった。しかし、私には晴天から雷が落ちていた。
私には前世があったのだ。
そして、この世界は私が前世でハマっていた乙女ゲームの世界であることに気が付いたのだ。
では、私は何の役か。どういう立ち回りをするキャラクターだったのか。
ベッドから降りて、横に鎮座するドレッサーの鏡を見る。そこに映し出されていたのは、ゲームの主人公を苛めぬき、王子に婚約破棄された悪役令嬢・アリシャの姿だった。
そうか、私は悪役令嬢にならなければならないのか。スッと理解できる自分に驚きながらも、今まであいまいだった「自分とは何か」という問いに答えが出たことに嬉しさを感じる。
しかし、私の悪役令嬢人生を阻む存在がいることに、学院に到着してすぐ気が付くのであった。
「アリシャ、今日も綺麗だね」
「あらグランツ様、皆の前で恥ずかしいですわ」
「そんなことないよ。俺は美しいと思ったものはすぐに美しいと口にする主義なんだ。それは美術品でも、人でも変わらない。そしてアリシャ、君に対しては毎日、毎分、毎秒でも言葉にしたいさ」
絹の質感の、金色の髪。それは宝石のような青い瞳によく似合う。学内、いや、国内でも目立つその美貌を持つ男は、学院一の美景スポットである中庭でアフタヌーンティーに興じながら、側近や同級生に囲まれている中で私を膝に乗せ、愛をささやいてくる。
そう、現状―― 私は婚約者の王子・グランツ様に溺愛されている!!!!!!!!!
「どうしたんだ?アリシャ。浮かない顔をして」
グランツ様が眉を下げて私に問う。私は周囲を見渡して、ひっそりと言葉にする。
「グランツ様……はしたないですわ。こんなの……」
「俺がアリシャを愛していることをアピールして何が悪いんだい? 俺の膝は座り心地が悪いかな?」
「いえ、そういうことではなく……」
もう一度周囲を見渡して、目的の人物を発見する。このゲームの主人公である男爵令嬢のイーラだ。イーラは我々の様子をちらちらと見つつも、中庭のバラを愛でていた。
ど、どうしよう……。
私は悪役令嬢なのよ! 私はイーラを徹底的に苛め抜き、3か月後の卒業パーティで婚約破棄の断罪イベントを起こさなければならない! それが世界の正しい理なの!
私はグランツ様に一言断り、膝から降りる。グランツ様は子犬のような目で私を見てきたが、ここはぐっと我慢した。これもあなたの為なのですよ、グランツ様……!
私はそのまま遠くのお菓子を取りたかったんです、というようなフリをしてグランツ様から距離を取り、信頼のおけるグランツ様の側近の隣に座った。側近は「アリシャ様はいつも愛されてますねえ」とのんきに笑っていたが、私は無言でクッキーを口にした。
すると、遠くにいたイーラがてくてくと王子に近づいてきて、横に座った。
「グランツ様、ご機嫌麗しゅう」
イーラが最大限の媚びた猫なで声でグランツ様に首を垂れる。グランツ様はイーラを一瞥すると、「頭を上げろ」と鉄よりも冷たい声で放ち、カップを手に取った。
「グランツ様、たまにはあたしともお話してくださいよ。あたし、グランツ様にお伝えしたいことがたくさんあって」
イーラはそういいながら、グランツ様の腕を触る。横の側近が「あの女……!」と立ち上がったのを手で制して、イーラをにらみつける。最大のチャンスを逃すわけにはいかないからだ。
「グランツ様にべたべたと。ご自分の身分を弁えてはいかが?」
なるべく静かに、なるべく鋭く、低めの声で放つ。イーラは慌てたように「す、すみません」とグランツ様から腕を離した。いじめ大成功。今日から始まるのよ、私の悪役令嬢ライフの第一歩が!
以降も私はイーラを徹底的にいじめぬいた。
といっても、暴力をふるったり本気で尊厳を傷つけたりするのは「令嬢」としていかがなものかという話なので、適度に、だ。
例えば、イーラが私に挨拶してきたときに礼の角度が足りないだとか、グランツ様に触ったところを注意したりとか、アフタヌーンティー会でマナーがなっていなかったのでわざとらしく大袈裟に指摘したりとか……色々。そのうえ、いじめのほとんどはグランツ様の目の前で行った。
これだけ徹底的にいじめればグランツ様も引くはず…… あ、またイーラがグランツ様にベタベタしているわ。御前でもあるし、いびってやりましょう。私は教室に入ると、まっすぐにイーラとグランツ様の前に向かった。
「またそんなにべたべたして。みっともないったらないわ!」
私の自慢の銀の巻き髪を大袈裟に払い飛ばしながら、腰に手を当てて、イーラを睨みつける。ここ数か月で身に着けた「いじめのポージング」だ。あまりにも完璧すぎて自分で涙が出そうだ。
「すみません……」
イーラは私に謝りながらも面倒くさそうな表情を向ける。まあいいのよ、あと数日もすればグランツ様からあなたに祝福が贈られるもの。今のうちに辛い思いをして、あとでたっぷり幸せになるといいわ。
「アリシャ……」
グランツ様が私とイーラを交互に見る。ふふふ、どうかしら。グランツ様もドン引きのいじめっぷり!
彼は椅子から立ち上がると、私の顔をじっと見つめる。
「どうしたんだい、アリシャ。俺が最近アリシャに愛情を伝えきれていないのが気に食わないのかな?」
違うわよ! そこのイーラとくっついてほしいだけよ! でも直接言うわけにもいかない。この世界がゲームの世界だと知っているのは私だけで、グランツ様もイーラもただ単純に自分の人生を生きているだけなのだから。
「かわいい顔が台無しだよ、アリシャ」
「……」
ど、どうしてグランツ様はまだ私に目を向けてくださるの……? どうしてうまくいかないの……!?
「アリシャ?」
グランツ様が私のかんばせを覗き込み、そっと触れようとした。
ぱちん。
それが自分の出した音だと気が付いたのは、グランツ様が普段は切れ長の瞳を丸くしていることに気が付いたからだ。
婚約者とはいえ、仮にも王子の手を叩いてしまった。
体温が一気に下がる。さすがにやりすぎた。やってはいけないことをした。
「アリシャ……?」
「申し訳ありません!」
早口で深々と頭を下げ、数度謝る。そしてそのまま、グランツ様のお顔は見ずに教室から駆け出した。
いつもグランツ様と談笑していた中庭の隅にある白いベンチに座る。今日は一人だから小さなベンチも広く感じた。
これでいいのよ。これでグランツ様は私のことを見限るはず。イーラとくっついて幸せになれるはず。
私は悪役令嬢だもの。王子からも嫌われてこそじゃない。
これでいいのよ、これで……。
どうして胸が痛いのよ……。
卒業パーティーの日が来た。私にとっては、断罪イベント当日でもある。
結局あれ以降、グランツ様とお話しどころかお見えにもかかっていない。でも、これでいいのよね。今日、私はグランツ様に婚約破棄をされるんだから。
パーティー会場に一人でいると、信頼のおける側近がやってきた。
「アリシャ様、なぜおひとりで?」
「そのうち分かるんじゃないかしら」
「ええ? どういう……」
ワッと入口の方で大きな歓声が上がる。入ってきたのはもちろんグランツ様だ。
そして、横に立っているのは側近たちと、イーラだ。
「どうしてイーラ様が?」
信頼のおける側近が困惑している。周りも私とグランツ様を交互に見ながらひそひそと話している。
「何でグランツ様の隣に男爵家の娘が?」
「アリシャ様はあんなところでおひとりで……」
いいわね、来たわね。
私はヒールを鳴らしながらグランツ様の前に出る。頭を下げて、グランツ様と目線を合わせて言葉を発する。
「グランツ様、お久しゅうございます。ご尊顔を拝することができてうれしく思います」
「ああ」
グランツ様は以前のように、私を花をめでるかのような表情で見つめる。
あれ、いつものグランツ様じゃない。いつもすぐに飛び込んで抱きしめてきて、たっぷりの愛をくれる――
「今日はみんなの前で宣言することがあって来た」
きたーーーー!!!
何感傷的になってんのよ私! これよこれ! これを待ってたのよ!! 落ち込んでいる場合じゃ……!
あれ、本当にこれでいいのかしら。これで。
胸がひどく締め付けられる。
な、なんで?
「本日をもって、俺は公爵令嬢のアリシャとの婚約を――」
滲んだ視界に、ニヤついているイーラと息を吸い込むグランツ様が映った。
「遂行する!!!!!!!!!!」
「……は?」
グランツ様の声と共に、ガラガラとワゴンに乗せて書類が運ばれてきた。それはどう見ても、婚姻届以外の何物でもなくて。
「グランツ様、これは」
「婚姻届だが?」
「そ、それは分かるのですが……」
「どういうことですか!? 王子、おかしいですよ!!」
イーラが私とグランツ様の間に入ってくる。普段ならいじめているが、今はそれどころではない。
そうよ、どうして、これじゃ、私と結婚するみたいな……。
「アリシャ様は私をいじめていらしたのよ! 王子も見たでしょう! ほかにも、殴られたり、蹴られたり、ドレスを破られたり、階段から落とされたり……!!」
いや、そこまでしてねェェェエエ!! でもいいでしょう! もっと言ってくださいまし!!
イーラの必死の訴えを聞いたグランツ様は、私の方を慌てたように見る。
「アリシャ、今の発言は本当か?」
私は最後のチャンスだと思い、持っていた扇を広げ口元に当てると至極冷たい声で告げる。
「……ええ、真実です」
しかしグランツ様は扇を押しのけ、私の顔を両手で包むとそっと上にあげた。グランツ様の青で視界がいっぱいになる。
「本当かな? 俺にうそをつくなんて、いくらアリシャでも許さないよ」
「……」
グランツ様は私の顔から手を離すと、イーラの方に向き直る。そして今まで聞いたこともないような低く、とげのある、氷点下にも届きそうな声で言う。
「俺はイーラの言葉が信じられないな。殴ったり蹴ったり? 階段から落とされた? 俺は毎日イーラと会っていたけど、怪我をしているような雰囲気はなかった。普通、女の子がそんなことされたら、傷の一つでも付くものだろう?」
「それは……」
イーラが正論をぶつけられ、たじろぐ。
「あと確かに俺の前でアリシャがイーラに口の悪い姿を見せることはあったけど、あれはマナーとして的確なことだったね。仮にも婚約者のいる俺に、はしたなくくっつくのはどうかと思うよ」
「……!!!!!」
氷よりも冷たい瞳でグランツ様はイーラを見下ろす。
男爵令嬢が王子から苦言を呈された。その事実はあっという間に会場中に広まった。
「確かにそうね。アリシャ様にも失礼だわ」
「王子に説教されるなんて、末代までの恥だな。みっともないという言葉では片付かんぞ」
どうしよう、どうしよう、私が悪事と思ってやってきたことが実はいいことととらえられるなんて予想外でしたわ! イーラも嘘をつくならちゃんとつきなさいよ!!
イーラの方を見ると、真っ青な顔をしている。もう彼女は役に立たなそうだ。ここは私が彼女のアシストに回るしかない。
「しかし王子、わたくしは悪意を持ってイーラに指摘しましたわ。いじめととらえられても不思議ではありません」
「どうして? どうして、イーラに悪意を持つんだい?」
「それは……」
真実は言えない。実はわたくしは婚約破棄されなければならない悪役令嬢で、グランツ様はイーラとくっつく運命なのよ! なんて絶対に言えない! もう、もう、なにもかもがおしまいよ!!
絞るように出た声は、私の人生の中で一番情けないものだった。
「私はただ、グランツ様の幸せを願っていただけで……」
そっとグランツ様の方を見ると、彼はなぜか安心したような顔をしていた。
そして以前のように、甘く、優しく、愛たっぷりの声色で私にささやく。
「……大丈夫だよ、アリシャ。俺はわかってるから」
「え……?」
「俺の幸せのため……男爵家から俺を遠ざけたかったんだろう?」
「え、ちが」
グランツ様は私から一歩離れると、皆に聞こえるように告げる。
「男爵家は最近汚職のうわさが絶えなくてね。娘のイーラを通じて調べようとしていたんだけど、君はそんな俺を案じてイーラが俺から離れるようにいじめたんだろう?」
ち、ちが……全然違う……!!
「王子! 私は本当にアリシャ様に……」
イーラが必至の顔でグランツ様にしがみついた。彼はそれを強く払うと、その美しいかんばせを鬼の形相に変えた。
「もういいよ。君はもう用済みだ」
「俺の婚約者に向かって根も葉もないことを言うなんて、死罪も同然だよ」
「……!」
イーラはその場で漫画のように崩れ落ちる。
「外に連れていけ。それから、男爵家の金銭周辺を徹底的にあされ。結果によっては家を取り潰す」
「はっ!」
側近たちに抱えられ会場から追い出されるイーラは何かを叫んでいたが、グランツ様には何一つとして届いていなかった。
「さて、最初の話に戻るけど」
グランツ様はいつもと変わらない、中庭に咲くバラと同じような輝いた笑顔で私を見る。
「今日をもって、君との婚約を遂行したい。俺と結婚してくれ、アリシャ。僕の初恋で、いとおしい人よ」
「グランツ様……」
おかしい、こんなのおかしいわ。わたくしは悪役令嬢なのに。
どうしてこんなにうれしいの!
夜、パーティーはまだ続いている。
私とグランツ様は窓際で中庭を眺めながら、寄り添っていた。
「最近愛してやれなくてごめんね。先日、君に手をはじかれた時は本当にどうしようかと思った」
「申し訳、ございません……」
「ううん、いいんだ」
グランツ様は私の腰に手を回すと、顔を近づける。青は今日も綺麗だ。
「君が嫉妬してくれてるんだと十分わかったからね。今後は、君だけをそばに置いて、君だけを愛すると誓うよ」
計画は失敗。結局私は王子と幸せになる主人公に。でも、こういうのもいいじゃない。
だって、幸せだもの。




