五 綴り治し
五 「綴り治し」
珠依の元に緊急連絡が入った。葉祥からの連絡で、監査任務中に紙魚に襲われた、という内容だった。急いで救護室の準備と、緊急通路を開き葉祥と桐忠を待っていた。
ぎぃ、と音を立てて扉が開かれる。左半身が肩ごとなくなりとめどなく血を流す桐忠と、それを支える血まみれの葉祥の姿が目に入った。
「……っ!?」
「珠様!早く桐忠さんに、『綴り治し』をお願いします!」
「わかった、二人を運んで!牡宵、救護室はもう準備できてる?」
「今しがた終わった、早く運ぼう」
あまりの身体破損に珠依は息を飲んだ。それもつかの間、次の瞬間には、他の宿者達に指示を飛ばして二人を救護室へと運び込んだ。
「大丈夫、すぐ治すからね」
「……」
救護室のベットの上で、ぐったりとしている桐忠にそう声をかけ、体の一部に触れる。すう、と息を吸い、言葉を綴る。
『痛いの、痛いの、飛んでいけ』
『そして綴れやその文字を』
『文字を連ねて言葉とす』
『赤きインクに欠けた行、それらを戻すおまじない』
『その腕綴る物語、その血を戻す物語、その身は全て元通り』
『痛いの痛いの飛んでいけ』
『お前のその身は綴られた』
言葉を紡ぐ度に、淡い光が文字となり、桐忠の欠けた部分にまとわりつく。文字は点となり、線となり、面となる。ふわり、ふわり、と光と文字が重なり、桐忠の腕が形成されていく。それと同時に青白くなっていた桐忠の顔に血色が戻ってきた。
「桐忠くん、もう治ったよ」
「……」
「よく頑張ったね、寝てていいからね、おやすみ」
そう言って頭を撫でると、桐忠はすとん、と眠りについた。見た目以上に負担がかかったのだろう。
「これで大丈夫、さ、次は葉祥くん」
「はい、お願いします」
そして同じように綴り治しをして葉祥の怪我は治った。
「いつ見ても凄いですね、珠様のおまじない!」
「そりゃあそうさ、何せ珠様がここに来てから何度も改良を重ねたおまじないだからね」
「なんで牡宵さんが自慢するんですか」
「僕だって一枚噛んでるからね」
そう言って牡宵は満足そうに部屋を見つめる。そう、この救護室は珠依が司書に就任してすぐ、作り出された部屋である。何重にも言霊を重ねて、少しでも宿者達の痛みを取り除こうとする、そんな優しさに満ち溢れた部屋なのだ。
「僕はもう平気です、それより桐忠さんは大丈夫でしょうか」
「破損が激しかったからね、綴り治しもここで受けるのは初めてだったから、丸一日は絶対安静かな」
「僕、桐忠さんに庇ってもらったんです、囮になってくれて」
「そうじゃないかなって思ってた」
「情けないです、僕の方が先輩なのに」
「そんなことないよ、桐忠くんだって、君が最後は連れて帰ってくれると信用したから、囮になってくれたんでしょう」
「そうでしょうか」
「そうだよ、後でちゃんとお礼言おうね」
「はい」
「あと無茶をしすぎないように、びしっと言ってやっておくれ、先輩」
そう言って牡宵が優しく葉祥の肩を叩いた。「さ、君ももう自室でお休み」そう彼に言われ葉祥はベットから起き上がった。
「桐忠さんは一日中ここですか?」
「起きない限りはね」
「じゃあ僕後で、ご飯持ってきます、もう夕食の時間ですもんね」
「じゃあ今日は僕が夕食を作ろう」
「わぁ!牡宵さんの作るご飯、僕大好きです!」
「それは良かった、すぐに取り掛かろう」
「それじゃあ珠様、失礼します!治療ありがとうございました!」
「僕も厨房に行くよ、夕食を作り次第、今回の事の報告書を作ろう」
「ありがとう、私はもう少し桐忠くんのそばにいるね」
そう言って牡宵は厨房に、葉祥は自室へと戻って行った。救護室には眠っている桐忠と珠依のふたりが残された
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