三 移動図書館『玖燈籠』
三 移動図書館『玖燈籠』
「よろしくね桐忠くん」
「……あぁ」
珠依の差し出した手を数拍置いて桐忠が握った。ゴツゴツした男の子の手だ、と珠依は握手をして思った。きゅ、と握ると桐忠は不思議そうな顔をした、痛かったのかと思い手の力を緩めると、そのまま手が離れていった。次に牡宵が手を差し出す。
「僕のことは覚えているかな?合同任務で一緒だった牡宵だ、どうぞよろしく」
「あんたのことは覚えてる」
「それは良かった」
お互い挨拶を終え、珠依は部屋の外に声をかけた。
「葉祥くん、入ってきて」
「はーい!」
隣の部屋からやってきたのは、桐忠にも見覚えがある顔だった。
「あぁ、お前は……」
「葉祥です!前の合同任務で少しだけお話しましたよね!」
「そうだったんだね、じゃあ早速だけど葉祥くん、桐忠くんにこの移動図書館の案内をしてあげて」
「了解しました!じゃあこっちにどうぞ!」
「……あんたが案内する訳じゃないんだな」
桐忠がそう珠依に尋ねると、珠依は眉根を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、ちょっと立て込んでるから難しいんだ、でもまた後でお話しようね!」
「いや、別に」
「はいはい桐忠さん、こっちですよ!ほらほら!じゃあ珠さま、いってきますね!」
「うん、よろしくね」
葉祥に手を引かれて桐忠は部屋を後にした。その後は図書館内の施設案内を受けた。
移動図書館と言っても小さな施設ではない。その名の通り図書を管理する図書館もあるがそれ以外にも様々な施設がある。宿者達が寝泊まりする寮、契約をするための祭事場、訓練所、厨房に浴場、その他談話室や娯楽室などに案内をされた。
最後に案内されたのは救護室であった。これは宿者達が紙魚に負わされた怪我を治療する場所である。ただの止血や縫合を行うのではない。
紙魚による攻撃は厄介なものだ。あれは歴史を綴る文字だけではなく、宿者が持つ物語にも食らいつく。その度に宿者達は体の一部を食いちぎられ欠損、負傷をするのだ。
怪我をした宿者達を、綴り治すという特別な治療を行うのも司書の役割だ。その方法は多岐にわたる。文字通り手を当てて綴り治すもの、舞により治すものなど様々である。桐忠は気になって目の前を歩く葉祥に問いかけた。
「ここの司書はどうやって俺らを綴り治すんだ?」
「言霊で治すんです」
「へえ、言葉で治すのか、なにか決まり文句でもあんのか?」
「はい、『痛いの痛いの飛んでいけ』っておまじないをかけてくれるんですよ!」
「は、」
「?何か?」
「いや、大したもんだと思ってな」
桐忠は思わず鼻で笑った。そんな子供じみた言葉で騙そうとするのか。どこまで平和ボケした小娘なんだ、と思った。
恋に浮かれ、子供だましの言葉を綴る珠依に心底呆れ返ってしまっていた。呆れと言うよりも怒りにも近かったのかもしれない。わざわざ派遣されてきたものの、一言主の意図は分からないものだった。全てお見通しだが何も語らない一言主と浮かれた小娘のどちらにも腹が立っていたのだ。そう思っていると声が聞こえてきた
「あ、桐忠くん来たんだね?どう馴染めそう?」
「葉祥、案内ご苦労さま、ここに来たということはもう終わりかな?」
救護室の扉が開き、中から珠依と牡宵が顔を出した。またしても二人で行動していたのか、と桐忠は内心悪態をつく。
「……ああ、そっちは何やってたんだ」
「ちょっと救護室におまじないをね」
「まじない?」
「桐忠くんもここを使うようになったらわかるよ、ま、なるべく怪我をさせないようにするけどね、気分のいいものじゃないし」
「なんだ、血が苦手なのか?」
「うーん、そうかもなぁ、皆が怪我しないのが一番だしね」
「……そうかよ、おい葉祥、案内はこれで終わりだろ」
「はい、なにか質問などありますか?」
「ねぇな、俺は自室に戻る、案内感謝する」
桐忠はもう珠依の顔も見たくなかった。もう案内が済んだのならこの場から離れていいだろう。そう思い葉祥に例をいい、踵を返して用意された自室へと向かった。
「……疲れさせちゃいましたかね、僕結構おしゃべりなんで」
申し訳なさそうな顔をして葉祥が頬をかく。珠依は小さく首を振った。
「そんなことないよ、葉祥君の説明は丁寧だもん、だからいつも君に案内任せちゃう」
「そう言っていただけると助かります」
「それにしても珠様に挨拶もしないとは少し無礼ではないのかな、手練ではあるが、司書の元につくという自覚が足りてない。教育をしていかないとね」
牡宵はそう言って少し顔を顰めた。彼は主従関係を重要視している。契約した宿者達の中には家族のように気軽く珠依に接している者もいる。それに関しては敬愛を込めているため牡宵も特に何も言わない。しかし今回の桐忠の態度には少し思うところがあるらしい。
「初めから一緒に過ごしてる訳じゃないから、ああなるのもしょうがないよ、私あんまり覇気とか貫禄とかないし」
「それにしてもだろう、全く君も甘いんだから」
「まぁまぁ、牡宵様、桐忠さんも過ごしていくうちに慣れていきますよ、僕も初めは礼儀なんてわかってませんでしたよ?ね?」
「葉祥がそう言うならそうかもそうかもしれないが……」
「近々、桐忠君には歴史に潜って監査する任務をしてもらうから、そうやって慣れてくれればいいよ」
「……まぁ、初めのうちは少し目をつぶろう」
やれやれ、と牡宵がため息を着く。そんな彼を見て珠依と葉祥は顔を見合せて笑った。
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