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二「桐忠(きりただ)」

二「桐忠」


恋に浮かれた小娘が俺の主になるのかと言うのが桐忠が初めに抱いた印象だった。


見た目は自分よりいくつか上だろうか、だが精霊からしてみれば、成人過ぎの女性などまだ小娘である。初めて会って、「よろしくね」と緩んだ顔を見せ握手を求めてきた珠依に、桐忠は引っ掛かりを覚えていた。どうにも平和ボケした小娘だと感じたのである。


桐忠は自分が優秀だとは思わない。だが、わざわざ本部にいた自分を、こちらに送り込んだ帳本人である一言主(ひとことぬし)の意図が読めなかった。



桐忠は、「中村半次郎」の物語に宿った精霊の宿者(やどりもの)である。中村半次郎とは西郷隆盛の右腕として知られており、幕末の四大人斬りの一人だ。田中新兵衛や岡田以蔵と比べれば、多く人は切っていない。しかし、彼の剣の速さや思考の強さ、そして西郷隆盛に付き従う忠誠心などを見ると、桐忠が精霊として宿るのは時間の問題であった。


桐忠は精霊として物語に宿ってすぐに、一言主(ひとことぬし)と契約を交わした。この一言主という神は吉凶の全てを一言で表すとされている。それに習ってあの存在を一言で表すのなら「おみとおし」。何もかも遠くの先まで見通せるくせに、伝える言葉は一言しか言わないめんどくさい神。


ちなみに見た目は対面した相手が持つイメージと全く同じ姿になると言われている。そのため桐忠の前では一言主は歳のとった背が丸い小さい老人に見えている。


初めて会った時に一言主に「おまえは面白いことをするね」と一言だけ言われた。「はぁ?」と返事をするとニコニコと一言主はなにか新しい玩具を見つけた子供のように目を細めたのである。


そんな存在に目をつけられてしまい、桐忠は一時期、言霊蔵の本部に務めていた。そしてあれよあれよというまに次の主の元へ派遣されることになった。そこで珠依と移動図書館『玖燈籠(くとうろう)』の存在を知ったのである。


事前資料で次の主である珠依(たまより)のことは調べていた。霊力の質が高く、司書に就任してすぐに高位の精霊である百華王を呼び出し、契約をしたこと。そして会ってみてわかったのだが、そいつは恋に浮かれた小娘であるということ。


司書という職業は、限定された環境で、容姿端麗とも謳われる宿者相手に生活を共にするのだ。そのため司書と宿者同士が恋に落ちたり、結ばれたりする例は、桐忠が言霊蔵本部に務めていた時代から幾度となく耳にした。そういえば珠依が司書見習いとして師と仰いでいた司書も、どこぞの精霊と霊婚をしていたはずだ。近くにいい例があるならば、精霊との恋愛に抵抗もなかろう。


小娘のお相手は、初の契約者である牡宵(ぼしょう)である。彼は司書の側近役である筆継(ふでつぎ)の役目も担っていた。玖燈籠での生活をしてみると、任務では彼を部隊長に任命し、生活面では彼と共に厨房にやって来て炊事当番を行う。


仕事や生活の多くの場面で、彼女は牡宵と行動を共にしていた。確かに、あの優男風の見た目や話し方、彼女を呼ぶ声の甘さは年若い小娘には心地よいものなのかもしれない。


驚いたことに、珠依が牡宵を気に入っているだけではなく、牡宵自身もあの小娘を好いているらしい。


桐忠は珠依の元に本配属される前に、一度だけ任務をともにしたことがある。いわゆる本部と派遣部隊の合同任務というやつである。そこでとある歴史の文字を食い散らかす紙魚達を清祓(せいふつ)する、言わゆる討伐部隊として一緒に組んだのだ。その時から牡宵から珠依に対する想いはひしひしと伝わってきたのである。


合同任務でとある歴史の中に入り込んだ際には、各拠点で帰還可能とされていた。その拠点に着く度に、部隊長であった牡宵も、遠隔で安全な場所から様子を見ている珠依も、ともに帰還願を申請したのだった。流石にやりすぎなんじゃないかと、桐忠は牡宵に遠回しに苦言を呈した。しかし「彼女に顔を見せないと」の一点張りで帰還をしていった。


合同任務では腕の立つものを送れと本部指示があった。指示通り牡宵を部隊長とする第一部隊は紙魚の清祓(せいふつ)に問題のないレベルであった。しかし、それでも短期間のうちに帰還願いを出すのである。他の隊員にもそれとなく帰還の頻度について尋ねてみた。返答したのは確か葉祥(ようしょう)という、自分より見た目が幾つか下くらいの少年だったはずだ。 香色の巻き毛に触れながら葉祥は笑って答えた。


「ふふ、あの二人は相思相愛、ってやつみたいですから」


何とほかの隊員も公認の関係だったのである。そんな甘い考えでは仕事は勤まらないだろう。長期にわたる任務なんてザラにある。大丈夫なのかここの図書館は。そう討伐任務の行く末も案じたものの、部隊のレベルの高さや司書である珠依の采配や能力はそれなりの物だったため、つつがなく任務終了したのである。


問題はその後だった。桐忠は何とその珠依の元に向かうように一言主から命が下った。当然拒んだ。それならば隣の領地に移動図書館を構える小千谷(おじや)の方がまだマシだと思ったのだ。


少し話がズレるが、珠依には小千谷という双子の兄がいる。彼も言霊蔵書館から派遣された司書の一人であり、移動図書館『千漆箱(ちうるしばこ)』の主なのである。


小千谷は霊力の質は平凡であるが量には目を見張るものがある。それに小千谷の部隊とは数回ほど合同任務を行い、相性も良い方だとわかっていたのだ。


そのため桐忠は一言主に小千谷の方へ派遣してもらうように直談判しに行った。しかし一言主は静かに首を振って願いを拒否した。「なぜ」と尋ねれば「お前がお前になる為」と言われてしまった。一言主の言葉は絶対である。そのため桐忠は渋々、珠依と契約を結ぶことになったのである。

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