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一 「珠依(たまより)」

一 「珠依(たまより)


歴史とは、記憶であり、記録である。

それは言葉となり、言葉は文字として残される。

ならば、歴史とはすなわち、文字であり物語である。


文字を護り、言葉を綴り、物語を見届ける者がいる。

移動図書館を住処とし、旅をしながら記録を守る存在。


――それが、言霊蔵の司書である。



今日もまたひとり、ある物語を読み終えた者がいる。

ここは、歴史を守る言霊蔵書館(ことだまぞうしょかん)から派生された移動図書館、『玖燈籠(くとうろう)』。その敷地内の一室で落ち着いた眼差しと、静かな手つきで頁をめくる女性がいる。書を愛し、守り抜くことを生業として選んだ彼女は珠依(たまより)という名の司書だった。


ぱたん

彼女は静かに本を閉じる。この移動図書館の主であり司書の珠依は、ゆったりと椅子に腰掛け、くつろいでいる。


ブラウスの上に草花模様の小紋を着るスタイルが彼女のお気に入りだ。和服姿に合うように、栗柿色の髪を丁寧に後ろで結い上げている。彼女は前髪の一部をくるくるといじりながら本を眺める。


机の上に置いてあるのは「中村半次郎」の一生が綴られた書籍である。少々読む必要があり、時間を割いて目を通していたのだ。さて、もう一度気になるところを読み直そうかと手を伸ばす。


……ふと、甘い焚き香のような気配が、静かな空間をすり抜けた。おや、と思い本に伸ばした手を止める。



トントン

部屋の外から戸を叩く音がする。軽く身なりを整えてから「どうぞ」と声をかけると、「珠様、失礼するよ」と耳馴染みのいい優しい声が聞こえた。


戸が開きひょっこりと整った顔が現れる。訪ねてきたのは牡宵(ぼしょう)であった。彼は紫紺色の緩く波打った髪の間から、目を細めてこちらを見ている。


「本を読んでいたのかい、君は勤勉だねぇ」

「必要だったから読んでただけだよ、それより何かあった?」

「先程ね、言霊蔵本部から派遣予定の彼の資料が届いたんだ、君の筆継(ふでつぎ)としてこれを渡そう」


そう言って牡宵は机に近づき手に持っていた資料を置いた。ふわり、と珠依の鼻孔に牡丹の香りが届いた。


彼は牡丹の精霊である。珠依と牡宵は契約関係にあり、その上で彼は筆継といういわば側近の役割を務めている。そのため、本部からの連絡事項の確認や任務の報告など仕事の補佐に回ってくれているのだ。


と言っても珠依は仕事面だけではなく、生活面でも彼と共に行動することが多い。そのためこの移動図書館の筆継は、司書の珠依そばに常に控えてくれているのである。


今日は近々この移動図書館、『玖燈籠』に配属される新人の資料を持ってきてくれたようだった。「読んでご覧」と優雅な仕草で資料を指す。素直に珠依は紙を受け取った。


牡宵から受け取った資料に目を通すと、一番上には写真が貼り付けられている。こちらに不機嫌そうに視線を向けているのは十七〜十九程度の少年の姿をした精霊である。


「この子が桐忠(きりただ)君だね」

「ああ、なかなかの手練だったよ、この図書館の助けになると思う」

「それは楽しみ」


桐忠は蘇芳色の美しい髪をしている、と珠依は思った。その髪の間から覗く眼光の鋭さも、研ぎ澄まされた刃のように見えた。そして、一筋縄では行かないような、そんな気がした。


「仲良くなれるかな?」

「どうだろうね、でも君の人柄にはきっと惹かれるはずだよ」


そう言って花が開くように牡宵は微笑む。花の中の王である、牡丹の花にふさわしい、華やかな笑顔だった。そんなこと真正面から言われたら照れてしまう。直視出来ずに資料に目を落としながら話題を切り替えた。


「と、とりあえず第一印象が大切って言うからね」

「ふふ、そうだね」

「いい印象を持って貰えるように励まなきゃ」


ようし、と珠依は気合を入れた。そんな彼女を愛おしそうに牡宵は眺めたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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