四 監査任務
監査任務
移動図書館『玖燈籠』が設立された。その日のうちに珠依は牡丹に宿った精霊『牡宵』と契約を交わし、彼は宿者となった。
設立してから初めのうちは、まず宿者達を集めることを目標にしていた。宿者達がいなければ、紙魚は清祓できない。歴史を正しく綴るためには、司書にとって、宿者との契約が必要不可欠なのである。
精霊と宿者とは、似ているようで意味が違う。精霊はなにかの物事、例えば植物、石、物語などの万物に宿る。その精霊たちは、司書と契約して初めて宿者となるのだ。
精霊と宿者の違いは他にもある。精霊の身だと、体の形が定まっていなかったり、定まっていても脆く崩れてしまうのである。宿者は司書と契約することで、その身が言葉として綴られるようになる。そのため、身体に実体を持つことが出来る。また、破損しても『綴り治し』を行えば、半永久的に身体を維持し続けられるのだ。
精霊を集める方法はいくつかある。司書の呼び掛けに応じたものと契約する方法。逆に、精霊の方から司書に興味を持って契約を交わす方法。言霊蔵本部から相性診断を経て、契約するやり方など様々である。
精霊を宿者として契約するのにも、移動図書館を運営させるのにも、「霊力」という特殊能力が必要になる。司書とは霊力を持つものしかなれないのである。
そんな中、珠依は量は平凡ながら、霊力の質はかなり高い物を持っていた。
珠依は、初めは言霊蔵本部からの相手診断を受けて、最初の宿者を集めようとした。けれど珠依が移動図書館の敷地内の庭を散歩がてら見に行った時だった。美しい牡丹の花が咲いていた。そこに宿っていたのが精霊の状態の牡宵であったのだ。
「花が咲いてたんだ、これは牡丹?」
『そうだよ、お嬢さん』
「!もしかして、精霊さん?」
『そうみたいだ、というのも今僕も君を見て初めて自我を持ったのだけれども』
「そうだったんだ、はじめまして、私は珠依、この庭……この移動図書館の司書を務めてます」
『君が司書、ということは契約もできるのかい?』
「はい、まだ駆け出しなので誰とも契約してないけれど」
『それはいい、ねぇ珠依、僕と初めの契約をしてくれないか?』
「え?」
牡宵はまだ精霊であった時に、彼女の霊力に惹かれ、声をかけたのである。「貴方が選んでくれたのなら」と珠依も受け入れ、牡宵は珠依の初めての契約者となった。
また彼は筆継も担ってくれることになる。筆継とは司書のそばに控えて任務を行う、秘書や側近を意味する立場である。時には、司書の代わりに移動図書館を運営するほどの実権を持つ。重大な役割だが、彼は快く引き受けてくれた。そうして二人での移動図書館『玖燈籠』が始まったのである。
そこからは怒涛の日々であった。ある時は、言霊蔵本部からの相手診断により、適正の高い磐津と契約をした。
その他にも、珠依が趣味の読書中に声をかけてきた爛。兄弟で離れ離れにならないように、契約してくれと頼み込んできた精霊もいる。彼らは郁南香と稀南香と言った。
そうして契約を交わして、設立一ヶ月を前にして、五名の宿者と契約を交わしたのである。これは駆け出しの司書にしてみれば、優秀な方だった。
その頃から紙魚の清祓任務が始まった。清祓とは歴史を食い散らかす紙魚達を排除することである。
紙魚を討伐し、歴史を綴る文字を正しいものとして清める。という作業を行うのである。
始めは、みなあちこちボロボロに、紙魚達に自分自身も喰い散らかされながらも何とか清祓作業を行った。初めのうちは毎日負傷・破損者がでて、救護室が満杯になった。
珠依も常に綴り治しを行っていたため、霊力の使いすぎで倒れてしまうこともしばしばあった。そんな彼女を筆継として支えながら、牡宵と珠依は『玖燈籠』の運営を行っていったのであった。
『玖燈籠』を設立してから二ヶ月が過ぎた頃、本部から監査任務を行うようにとお達しが出た。監査任務とは、歴史が語られている内容通りに、滞りなく行われているのかを確認することである。紙魚達に遭遇する場合もまれにあり、その場合は清祓作業も行われるのである。
そして清祓任務と監査任務、ふたつを行えるようになれば、移動図書館として独り立ちしたと見なされるのである。
というわけで、玖燈籠は他の駆け出しの移動図書館と比べれば、少しだけ早くに監査任務を任されるようになった。これを珠依と牡宵は手を叩いて喜んだ。
「やった、これをこなせば独り立ちできるよ!」
「君が優秀だからだよ、これまでよく耐えてきたね」
「ううん、牡宵やみんなのおかげだよ!」
「そう言われると嬉しいね」
「それで珠依、任務内容は?」
そう尋ねたのは香木の精霊、郁南香であった。彼は多くを語らないが、その分冷静に、行動で物事を語る。今回もいつも通りに冷静に、物事を見定めようとしているのだ。
「えっとね……えっ」
「珠様?」
「珠依、どうかしたのか」
「監査内容は、薬子の変を見届けること」
「何か問題でもあるのか?」
「うん、簡単に言うと、一人の自害の様子を見届けろってこと」
「自害か……あまり気分のいいものじゃないね」
「ごめんね」
ぽつり、と珠依が呟く。慌てて牡宵が「君のせいじゃないさ」と声をかけた。「落ち込むな、顔を上げろ」と郁南香も声をかける。心苦しい顔をしながらも、珠依は力強く頷いた。
「そうだね、初めての任務だし落ち込んでられない」
「そうさ、さ、詞守を早速組んで、任務会議をしないと」
「基本は五人一組だが、一人はここで珠依の護衛をしよう」
「そうだね」
早速珠依達は今いる宿者を全員集めて書架に呼び集めた。そこが一番広い部屋だからである。任務を成功して報酬が貰えれば、部屋の拡大や増築もできるのかな、と珠依は考えた。
「今日よんだのはみんなに監査任務の依頼が来たからです」
そういうと、わぁっ、と声が上がる。嬉しそうにはしゃいだ声をあげたのは、少女の姿をした宿者だった。
「珠さん、それって私たちがほぼ一人前ってことだよね?」
「そうだよ爛ちゃん、みんなのおかげ」
「やったあ!」
ぴょん、と飛び跳ねる爛は物語『舞姫』に宿った精霊である。珠依が読書中に話しかけて契約したのが彼女との出会いであった。陶器のように白い肌、太陽に当てられた小麦畑のように輝く巻き髪を揺らして爛は喜ぶ。
「これ爛さん、その辺に」
「はぁい」
そんな彼女を静かにするように制したのは、隣に座っていた磐津である。彼は要石の宿者だ。本部からの推薦で契約したため、珠依と相性がいい宿者の一人である。樺茶色の髪を首元で切りそろえた彼は、にっこりと微笑んで珠依に話しかける。
「任務内容を聞いてもいいかな?」
「うん、任務内容は薬子の変を見届けること……具体的に言うと、薬子の自害を見届けること」
「……なるほど、初めての任務にしては責任重大だねぇ」
ふむふむ、と磐津は頷く。そして言葉を続けた。
「それで?誰が任務にあたるのかな?」
「まず今回は特例で、四人一組の詞守を組んで、一人は私と一緒にいてもらいます」
「……爛は珠さんと残れば?」
そう言ったのは錆色のはねっ毛をした少年であった。彼は香木の宿者である稀南香。郁南香の弟である。猫のようなアーモンド型の目を動かしながら爛の方を見て言った。
「自害なんていいものじゃないでしょ」
「ちょっと待って!私やる気だったんだけど!?」
「だとしてもだよ、本当は珠さんにも、そんな様子見せたくない、そうだよね郁南兄?」
「……俺も同意見だ、子供の姿をしたやつに、そんなもの見せたくないだろ、俺たちも珠依も」
「やだ!絶対役に立つから!絶対いく!」
「これは難航しそうだね、珠様、どうするんだい?」
じっ、と五名の視線が珠依に集まる。珠依は頬に手を当てて考え込んでいた。そんな姿を見て、じれったそうに爛は口を開いた。
「ねぇ、たしかに私は子供の姿だげど、別に心まで子供って訳じゃないよ?精霊だったんだからそれくらい平気」
「……でもこの前、怪談本読んで怖いって涙目になってた」
「ちょっと稀南!それは今関係ないでしょ!」
噛みつかんばりにら爛は稀南香に言い放つ。その様子を見ながら珠依は口を開いた。
「うん、今回は爛ちゃんに行ってもらいます」
「やった!」
「珠依、その理由をいえ」
厳しい顔をした郁南香が声を出す。射るように珠依を見つめるその視線は、自分の主にするものでは無い。しかし、そうでもして珠依の意思を、見定めようとしているのだろう。珠依は頷きながら返答した。
「本人のやる気があること、そして爛ちゃんが小柄だから、何かあった際でも薬子の近くに忍びよれる、それに適性があるから」
「任せて!それに監査任務の訓練、私いつも好成績でしょ?」
「僕もいいんじゃないかと思う、本人のやる気を削ぐのは心苦しいしね」
「牡宵までそう言うなら、俺はもう何も言わない、それと、珠依の護衛は俺がやろう」
「いいの?」
珠依がそう聞くと郁南香は目を伏せた。良いということだろう。
「それじゃあ、残りの面子で詞守を組んでもらいます、詞司は牡宵に」
「任せたまえ」
詞守とは基本は五人一組からなる部隊名のことである。そして詞司とはその組の長の名前である。詞守は基本は司書からの指示に従う。しかし、連絡が取れない・緊急時の際にはリーダーである詞司の判断で物事が決定される。そんな役割を珠依は牡宵に任命した。
「それじゃあ次は任務の準備をしよう、薬子の変についても説明するから、みんな聞いててね、資料も渡すから」
珠依がそう言うと、みな姿勢を正す。そうして作戦会議が始まったのだった。
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