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三 帷子(かたびら)

帷子(かたびら)


「……着物?」

「おしい、あってるにはあってるけど、あれは帷子(かたびら)っていうの」

「着物、と言っても種類があってね、あれは夏用に着る帷子と言うものだよ」


のほほん、と説明しているがそれ以外に説明することがあるだろう、と桐忠は思った。そして視線を着物もとい帷子に移す。


その帷子は、まるで降りそそぐ淡雪を一枚の布に写し取ったかのように、透き通るほどに白い布地。光の加減によっては、ほのかに青みを帯びるその色は、夜明け前の雪原を思わせる静けさをたたえている。


そこへ、藤の花が細やかな織りであしらわれていた。花房は風に揺れるような繊細な曲線で描かれ、ひと房ひと房、淡い紫の絹糸が幾重にも重ねられている。


それは単なる衣ではない。身に纏えば心までも引き締まるような、見ただけでその価値と由緒が知れるほどの、高貴な品であった。


しかし、しかしだ。その高貴さをすべて台無しにするかのように、べったりと赤いものが付着している。


「……血か?それも付きたての」

「そうだよ、とりあえず一旦閉めよ……」

「珠様、下がって」


かたん、と部屋から音がする。誰もいない、帷子しかない部屋からだ。風邪も吹くはずがない。しかし、御衣懸(みぞかけ)に掛けられている帷子が、ひとりでにかたん、かたん、と音を立てて揺れている。


途端に血の匂いがぶわり、と強くなり、嫌な感覚に身体中包まれる。桐忠は全身総毛立つ。離れようにも、視線が、帷子に付着した血に縫い止められる。


がたん!がたん!と帷子がゆれ、それに合わせて付着した血がどんどん広がって行く。そしてとうとうその血は、畳にまで滴り落ちる。じわり、じわりと血溜まりがこちらに近ずいてきた。


「珠様!」

「大丈夫、そら、お行き」


主の服の裾からひらひらと黒い蝶が舞出てた。蝶はそのまま帷子に広がる血に向かって飛ぶ。それと帷子がピタリとまるで押さえつけられたかのように動きを止めたのが同時だった。桐忠は震えながら一歩、踏み出そうとしーー。


すぱん、と音を立てて襖がしまった。そこには血の匂いだけが漂っていた。ふと視線を上げると、牡宵が静かに手を下ろしていた。どうやら襖を閉めたようだった。

彼の横顔は何も語らなかったが、そこには迷いも焦りもなかった。


は、と桐忠は息をつく。どうやら呼吸を無意識に止めて居たのだろう。浅く呼吸を繰り返した。足はじんじんとと痺れている。いつの間にそんなに強く踏ん張っていたのか、自分でもわからなかった。背中には汗が張り付き、着ているものが急に重たく感じられる。


その背中に、そっ、と珠依が手を寄せる。もう大丈夫だと言わんばかりに、優しく背中が撫でられた。


「大丈夫?お茶でも入れようか」

「あんなのの近くで茶が飲めるかよ……」

「一度離れた方が良い、上へ戻ろう」


牡宵に促され、隠し部屋を後にする。先程の音が嘘のように、向こうの部屋からは何も聞こえなくなっていた。



執務室に戻り一息つく。牡宵がまた緑茶を入れ直した。遠慮なく桐忠はそれを飲み干す。がぶりがぶりと飲んで、そのままだん、とテーブルに湯呑みを置く。


「おお、いい飲みっぷりだね」

「褒めてる場合じゃねぇだろ!なんだあれ!」


咄嗟に出た自分の声が僅かに震えていることに桐忠は気がついた。それもそうだ、あんな怪奇現象を目の当たりにして、平然としていられる方がおかしい。


向かい側に目をやると、平然とソファーに腰かけている珠依がいる。先程のことは夢だったのかと一瞬思った。それか幻を見ていたのかと思いたい。しかし、それを見通していたのか珠依が口を開いた。


「あれが私が流血を避ける原因だよ」

「くそっ夢とか幻じゃねぇか……!ていうかあれ!どう見ても呪具かなんかじゃねーかよ!なんでずっと乾かない血がついてんだ!?」


今から説明するから、とりあえず落ち着いて、と珠依がまた桐忠の湯のみに緑茶を注いだ。まだ喉が張り付くような気配を感じ、桐忠はまた湯のみに口をつけた。横にいた牡宵も湯のみを手に取り、洗練された仕草で茶を飲む。そして一息ついてこう言った。


「この件は僕が原因だからね、僕から話そう」

「牡宵があれを持ってきたってのか?何やってんだ」

「話せば長くなる、この移動図書館を、珠様と立ち上げて数ヶ月頃の事だったんだが」

「立ち上げて数ヶ月でなんであんなもん拾ってんだよ!」

「桐忠くん、ちゃんと聞いて」


そう言われ桐忠はしょうがなく居住まいを直した。そして牡宵の口から、『玖燈籠』立ち上げ当初の話を聞かされることになったのである。



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