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「乗るっていっても跨っていただけ」
「……お前に話がある」
「なに?」
やり取りをしている最中、メリッサ達が戻ってきた。
するとアドルフはメリッサに目をちらりと向けていく。
(メリッサに?もしかして……)
馬から降りてくるとメリッサは私へと駆け寄ってきた。
「お嬢様っ」
すぐに私の側に近寄り身を守るように左側に立ち腕を絡ませてくる。
「キサラ、少し馬貸せ。コイツと出かける」
「……どこに?」
「すぐそこだ。変な疑りはやめろ」
「えぇ、いいわ。私もあなたに少し話したいことがある」
私はメリッサに掴まれつつもアドルフと出かける事を了承した。
「えぇっ!いいのですか、お嬢様」
「うん、大丈夫。話すだけだから」
隣のメリッサを少し強引に引き剥がすとアドルフの事を見上げた。
その光景を見てキサラさんは一つ息を吐くと引いていた馬の手綱をアドルフへと渡していく。
サッと馬に乗ると私へと右手を差し出し乗るように要求してくる。
「……メリッサ、お願いね」
ヒールを渡し、置かれた台座に再び足を乗せ、アドルフの手を掴みグッと引かれ馬の背上に乗った。
「落ちんなよ」
馬のお腹をポコっと踵で蹴るとゆっくりと馬は歩き出し、次第に私達は二人から遠ざかっていった。
馬の蹄の音を鳴らしながら、向かっているのは湖のようだ。
「わわわっ」
引かれている時よりも振動が強く、何度もお尻はバウンドしていく。
「そんな体制だから不安定なんだ。もっと背を伸ばせ」
「伸ばせっていったって」
私は落ちないようにと馬の首筋をガッシリと抱え込む体制しか取れなかった。
「仕方ねぇ」
アドルフは私の背中を引っ張ると強引に自身の胸へと引き入れた。
(近いっ)
私の顔の左側にはアドルフの顔がすぐ近くにあり、長い髪が何度も私の視界に入ってきた。
「……緊張でもしてんのか?」
「別に……」
その状態のまま歩き続け、湖の近くで止まった。
「ほらよ」
先に降りたアドルフは再び私へと右手を差し出す。
「あ、ありがとう」
「裸足でどうするんだ。降りる事考えてなかったのか?」
「……傷つけないためよ」
湖の近くは草も生えていたため、それがクッションになり地面へと降りても痛さは無い。
「それで、ここに来た理由は?」
「邪魔が入ると面倒だろう、それだけだ」
「そう。……それより」
「お前が先か?……まぁいい、話せよ」
「まず……あなたの事、『アドルフ』って呼んでいい?」
「あぁっ?なぜだ?」
「本当は敬意を払って敬称を付けて話すべきだけど、今からの話し合いの時はそうさせて欲しい」
「……あぁ、分かった。いいぜ」
「ありがとう。……じゃあ、アドルフ、あなたメリッサと何か話したでしょ?その内容は私にはわからない。でもここに来る前と来た後で態度が違う。明らかに。それはなんで?」
「何を言うかと思ったら……」
「私の質問に答えてない」
私は首を上げアドルフの事を見上げ始めると、急に馬を連れ、近くの森の方へと向かい出した。
「えっ、なんで?」
「話が長くなるだろう。それに馬がいたら落ち着かん」
「……そっか」
アドルフは森にある木に馬の手綱をくくりつけ、戻ってくると、掛けてあった白いマントを取ると私へと差し出してきた。
「これは?」
「下に敷けよ」
(……やっぱり違う、こんなに優しいなんて)
「メリッサはあなたに何を言ったの?」
「……おまえの事だよ」
「私?」
アドルフは湖を見るように胡座をかき座り出した。
「お前も座れよ。ずっと立っているのは辛いだろ」
「……じゃあ」
私はアドルフに手渡されたマントをそっと地面に置き、その上に膝を抱えるように座った。
二人の間には一人分くらいの距離を保ちつつ…。
「それで、私のなにを?」
「妹に寝取られたんだろ、それで婚約破棄された」
「……ま、まぁ」
「あいつはお前が幸せになって欲しいんだとよ。破棄を言い渡された時、いたから良くわかるって。親にも見捨てられ追い出されたからこそ余計に」
「……メリッサ」
「といっても俺にどうとかは言ってこなかったな。言われても俺にそんな器はない」
無言になると周りの木々の葉に風が当たり、ガサガサと音を鳴らし、耳へと届く。
しばし、お互いに無言のまま時が過ぎていくが、急にぽちゃんと音がし目線を向けると湖の上に丸い波紋が何重にも広がっていた。
アドルフのようだ。
地面に落ちていた小石を投げ込んでいる。
「……本当は優しいんでしょ。アドルフ」
「なにを言ってる。俺の異名くらい知ってるだろ」
「えぇ、知ってる。でも本当はそれは辛いんじゃ?噂が一人歩きして追い込まれ、それを演じている。そんな気がする」
「勝手に俺を《《優しい》》人間に仕立てるな」
「いいえ、もしそうならこんな風にマントなんて貸さない」
私は立ち上がりアドルフを見下ろした。
「もし本当に冷酷な殺人者なら私に手を出して」
「あぁっ??」
「追い込み、そして自殺させたって言うなら私をとこと
ん追い込んでみて」
「……ここにはお前を助けるあいつもいないんだぞ。いいんだな?」
「出来るなら」
「そうか」
アドルフはスッと立ち上がると私へと近づいて来た。




