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外に出るとすぐ側を厩舎へと戻す為に馬を引く人が通り過ぎていった。
黒く短い鍔付きヘルメット、白いシャツにグレーのキュロット、そして黒いロングブーツ姿。
「やっぱり大きいですね」
「えぇ。……乗った事は?」
生家も同じような環境だったのに私は一度も乗った事が無かった。
いつも馬車での移動だったし、乗るのは危ないと思っていたからだ。
首を振り、馬が行くのを目で追った。
「なんだか乗ってみたいという目ですよ」
「えっ?」
実際、乗ってみたい気持ちもあった。
それは昔ニコラスが馬上から見える景色を饒舌に話すのを聞いたことがあったから。
「お嬢様、危ないですよ」
メリッサは私のドレスの脇腹を引き、止めるように言ってくる。
「大丈夫ですよ、跨るだけで。あとは私が引きますので。良かったらメリッサさんもどうですか?」
「わ、私も、ですか?」
「……やろう、メリッサ」
「えぇっ!?」
「ちょっとお待ちを」
キサラさんは厩舎の方へ駆けていった。
「お嬢様、本気ですか?」
「少しだけだから」
私は横腹を掴んだメリッサの手を掴み、ゆっくりと離していった。
「どうぞ、これに乗って」
キサラさんは黒鹿毛の馬を引き、右手には馬上に乗る為の木の台座を持ってきた。
その台座に近づき馬の背に両手を伸ばすがそこで声をかけられた。
「あっ。……そのヒールではちょっと」
履く白いヒールは確かにこれでは馬を傷つけてしまう恐れがあるから私は台座の上で脱いだ。
「メリッサ、これお願い」
「……お嬢様」
まだ乗る事に不満気の様だ。
「そんな顔しないで。すぐ終わるから」
「はぁ」
「よっ……と」
不恰好になりながらも馬の背に跨り、立髪部分に両手を置いた。
「わぁぁ、高い」
(こういう景色なんだ)
初めて見る馬上からの眺め。
側にいるメリッサを見下ろすなんて初めてだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、平気平気」
「じゃあ、すこし歩きましょうか」
「えぇ!」
キサラさんに引かれ、馬はゆっくりと前進し、屋敷の白い壁がゆっくりと流れる景色を目にしていく。
「走るともっと怖いですよね?」
「そりゃあ、結構怖いですよ。落ちたらそれこそ一大事ですから」
おもわず後ろで待機しているメリッサへと目を向けた。
「ははっ、もっと心配しますよ」
気付かれたようだ。
「あぁ~。あそこがアドルフの部屋です」
キサラさんは右手を斜め右上方向を差す。
三階の端、私達に用意してくれた部屋からは割りと近い場所だった。
私もついその場所に目を向けた。
(姿がない。……寝てる、とか?)
「あの、キサラさん」
「なんでしょう?」
「アドルフ、もしかして体調悪いですか?」
「なぜです?」
「だって、昨日みたいにメリッサと引き離すような素振り無かったので」
「……いいえ。そんな事は」
「そうですか……」
(じゃあ今日はなんで……??)
「お疲れ様です」
「ありがとうございます。楽しかったです」
少しの散歩を終え、私はメリッサの元へと戻った。
「じゃあ、次は」
「……本当に私も?」
「メリッサ、乗ってごらん。大丈夫だから」
「……えぇっ??」
私はメリッサの背を押し台座へと誘導し、馬に乗せた。
同じ様なコースを歩いている様子を私は少し微笑みながら見ていた。
「……おまえ、馬に乗るんだな」
「えっ」
振り返るとアドルフがおり、何故か足元は黒いロングブーツに変わっていた。