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バンドの名はない  作者: 安藤ぽてと
初ライブ
7/7

みんな通る道


『今出て来れる?』


 そうメッセージアプリで送られてきたのは、午後九時。

 送信者が一歌だと分かると、藤孝はベッドから起き上がりジャケットを羽織る。


「あら、こんな夜遅くにどこ行くの?」

「ちょっとコンビニ」


 心配する母をよそに、小走りで家を出る。





 藤孝は一歌の言葉がずっと頭に残っていた。


『このバンドだって自己満じゃん』


 幼い頃から曲を作るのが好きで、中学に入って親にパソコンを買ってもらってからは一人でがむしゃらに曲を作り続けてきた。

 八十年代、九十年代、近年の流行りの曲を片っ端からコピーして、自分なりにオリジナリティを追求してきた。


 如月と出会い、バンドを組んだ。

 如月は音楽へのこだわりが人一倍強い。


 初めは五人のバンドだったが、みんな流行りのバンドのコピーがやりたいと言った。

 藤孝と如月は拒否した。

 徐々にメンバーが抜けていって気づけば二人になっていた。

 高校では誰も自分たちのバンドなど興味がない。

 薄っぺらい恋愛ソングを高尚なものだと思い込む連中しかいない。

 誰も振り向かなくても、誰かには刺さると信じてきた。

 それが一歌だった。

 

 下駄箱ライブで、誰にもウケない奇抜な曲をご丁寧に立ち止まって傾聴する。

 そんな人が他にもいるんじゃないかって信じるのは、自己満なのか?


 藤孝は自問自答する。







「よっ」

「おう」


 藤孝のマンションの入り口で、一歌が手を小さく振り待っていた。

 二人はマンション前のバス停のベンチに腰をかける。

 

「どうしたの。こんな遅くに」

「いや、あのさ……」


 一歌は辿々しく口ごもる。


「ごめん。私あんなことが言いたかったわけじゃないの。バンドが自己満とか」

「あぁ……」


 藤孝は一歌がまさかそこまで気にしていたとは思わなかった。


「如月に馬鹿にされて、ついカッとなっちゃって……売り言葉に買い言葉っていうか。藤孝の曲は好きだよ、すごい好き」


 何の恥じらいもなく自分の音楽を好きだという姿に、口角が上がるのをバレたくない藤孝は手で口元を覆う。


「そりゃどうも……」

「私ね、家でちょっと嫌なことがあって。それであんな詞書いちゃって。本当、如月の言う通り厨二病だよね」

「いや分かるよ。俺もあったよそういう時期」


 藤孝は徐にスマホを操作すると、一歌に画面を見せる。

 そこに映るのは、藤孝が生まれて初めて作った曲の歌詞だった。


「俺の暗黒時代。人に見せたの、一歌が初めて」


 それは『星空の下キミを思う』『君と見たあの日の空を僕は忘れない』といった今の藤孝からは考えられないほど甘ったるい歌詞のラブソングだった。

 一歌はしばらく画面を見ると、口をすぼませ吹き出した。


「いやっ……ごめっ……これはその」


 よほどおかしかったのか、体を震わせ、笑いが止まらない。

 藤孝は膝に頬杖をつき、顔を赤らめる。

 

「笑うなよ……勇気出したんだから」

「だって……藤孝でもこんな詩書くんだなって。あーおっかしい」


 一歌は涙を人差し指で拭い、やっと一息つく。


「やっぱりさ、もう一回書いてもいい?歌詞」

「ちゃんと書き直したい」


 藤孝は何故か一歌の顔を直視できずにいた。

 初めて書いた歌詞を馬鹿にされたからではなく、曇りのない横顔が、いつもとは違う彼女に見えたから。


「うん」





 それから三日間、一歌は学校に来なかった。

 如月と藤孝の二人で部室で練習をしていると、如月がドラムを叩く手を止め、口を開く。


「あいつ、何してんだ」

「さぁ。バンドに愛想つかしたんじゃないか」


 藤孝が楽譜に目をやりながら淡々と答え、部室には沈黙が流れる。


「そんなに気になるなら謝ればいいのに」

「誰が謝るか! 俺は間違ってない」


 バツが悪そうな如月に、藤孝は「はいはい」とあしらうと、再びギターをかき鳴らした。


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