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バンドの名はない  作者: 安藤ぽてと
初ライブ
6/7

四面楚歌


 中間テストが終わり六月に入ると、いよいよ初ライブに向けて本格的に練習が始まる。

 出番は六月二十五日の午後六時、出演時間は三十分、MCを入れると四曲ほど演奏できる計算だ。

 

 セットリストは『エウレカ』、藤孝が以前作曲したニ曲、そして新たに作曲した新曲で構成される。

 しかし新曲にはまだ歌詞がない。


「一歌、今回はお前が詩書け」

「ええっ詩を!? 無理無理!」

「馬鹿。ボーカルが詩を書かないでどーすんだよ。自分で歌うのに感情移入できないんじゃ元も子もないだろ」

(そういうもの……?)


 つくづく、如月と一歌は音楽へのプロ根性が対照的だ。一歌も最近は如月に感化されつつあるが、それでもまだ足りない。


「難しく考えなくていい。テーマを決めて、自分の思った事を歌詞にしていけばいい」

「う……うん」


 イヤホンを耳につけ、スマホに入った新曲を流す。


(テーマ……テーマかぁ)


 一歌は目を瞑りながら頭を悩ませる。





「一歌、ごはーん」

「今日いらなーい」


 一歌は机の上に突っ伏して、新曲のテーマについて考えていた。


「ちょっと一歌、昨日もそう言ってご飯食べてないじゃない。今日は食べなさい」

「いらないって。お腹空いてないの」


 一歌は昌美の誘いを鬱陶しそうに断る。

 すると、ミシッと床が軋む音が近づいてくる。一歌は条件反射で肩を震わす。


「母親が作ってくれたんだから、食べろ」


 重々しい低い声で、敏之が怒る。

 一歌は目を合わせずに背中を向け、「はい」と返事をした。


 食卓では敏之がテレビでお笑い番組を見ていて、時折り声をあげて笑うが、一歌には何が面白いのか全く分からない。

 昌美は傍に結衣を寝かせながら夕飯を食べている。


「この人最近よくテレビに出るよねー」

「面白いんだよこいつ」


 キャベツの千切りにコロッケ、お笑い番組、別に好きでも嫌いでもないけど、


 美味しくない

 楽しくない


 早く食べ終えて自分の部屋に戻りたい。





 

「なんだこれ」


 一歌が一晩で書き上げた歌詞の曲名は、『四面楚歌』。

 テーマは周りの人間が全員敵というような攻撃的なものだ。


 自信たっぷりの一歌とは裏腹に、部室では如月と藤孝が歌詞カードを見ながら苦い顔をする。

 そこには『殺戮』や『堕天使』といった見るのも恥ずかしい単語が羅列している。


「お前、厨二病だろ」

「はぁ!? 違うよ!」

「暗すぎるだろ! こんなの恥ずかしくてライブでできるか!」

「違うよ! 私はただ……思ったこと書いただけだもん」


 一歌は如月に反抗するも、次第に勢いがなくなる。

 藤孝は何かを察するように一歌を見遣る。


「まぁ、四面楚歌っていうテーマはいいんじゃないか。もう少し聴き手に刺さるような語彙にしぼってみるとか」

「うん……」

「こんなのは、ただのオナニーだ。自己満で気持ち良くなってんじゃねえよ」


 悪態をつく如月に、一歌がムッとする。


「自己満って、それを言うならこのバンドだって自己満じゃん。この学校で立ち止まって耳を傾ける生徒なんて、一人だっていないじゃん」


 今まで溜まっていた不満が爆発すると、一歌は怒りに任せて口走る。

 自分の発した言葉の意味を理解した時に、とんでもない事を言ってしまったと後悔する。


「そうかよ。お前には刺さったと思ったんだけどな」


 如月は凍てつくような冷たい目で一歌を睨むと、部室の引き戸を力強く閉めて出て行った。

 引き戸を閉めた振動で、ドラムのシンバルが小さく揺れる。

 一歌は藤孝と二人、部室に取り残されて、気まずい空気が流れる。

 

「ごめん……」

「いや、今のは如月が悪い……っつうか、お前はよくやってるよ」


 初心者から約二ヶ月で大きく成長した一歌を、藤孝は知っている。

 

「歌詞書くの大変だったら俺がやるから。お前は歌とベースの練習だけしてればいいから」


 藤孝の優しく思えるその言葉に、一歌はなぜか突き放されたような感覚を覚える。


「今日は俺も帰るな」


 楽器を片付け、部室を出て行く。

 一歌は俯いていて、どんな表情をしているのか分からない。


(はぁー自己満かー)


 藤孝は部室を出た後、図星を突かれたかのように、深くため息をついた。


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