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バンドの名はない  作者: 安藤ぽてと
バンドの名はない
4/7

潰れて弾けて


「じゃーん!」

「なんだそれ、かっけえじゃん」

「ふっふっふ。イカベースって言うんだよ」

「それはダサいな」


 翌日の朝、初めて手にした楽器を自慢気に掲げる一歌からは、前日の如月への恐怖心などは微塵も感じられない。


「鴻さん、それどうしたの?」


 藤孝は珍しい物を見るような目で話しかける。


「リサイクルショップでね、二万五千円で売ってたの。すごくない?」

 

 一歌は目を輝かせながら説明する。

 藤孝は「それ本当?」と懐疑の目を向け、一歌の肩にかかったベースをアンペグのベースアンプに繋ぐと、何やら調整し始めた。


「ちょっ、宮原くん何をっ」

「これ、ジャンク品だよ」


 どうやらベースのボディについている周波数を調整するつまみのレベルが全て上がりっぱなしで、細かく音作りができないようだ。


「これプレミアついてるから。まさかそんな安く売ってるとは思わないよな」

「何それ! これ壊れてるの?」

「まぁ、音は出るけど。どっかしらのタイミングで修理しないと」


 藤孝が弦を弾くとアンプから軽やかな低音が鳴る。


「すごい! 良い音ー」


 小さな事でいちいち喜ぶ一歌に、藤孝は苦笑いする。


「とりあえず環境は揃ったみたいだな。お前ベース弾けねえんだろ?今日から朝と放課後の部活でみっちり鍛えるからな」


 喜んでいたのも束の間、一歌はこれから藤孝と如月という玄人二人のレベルに合わせて演奏していかなければならない。

 一歌は楽譜の読み方も分からなければ、ベースの弾き方すらも知らない素人だ。


「それなんだけど、最初はこんなのから始めてみたいなーって」


 一歌はショルダーバッグからある物を取り出すと、二人に見せる。

 それは「初心者スコア定番ソング」というそれぞれのパートの楽譜が載ったスコアブックだった。

 その中には大人気バンド、ヨルハゼの曲も含まれている。


「やっぱりいきなり難しい曲は出来ないから、こういう簡単なやつから合わせられたら……」

「却下だ」


 一歌の声を遮るように如月が両断する。


「家で練習する分には構わねえけど、ここではオリジナル以外禁止だ」

「なんで!?」


 如月がスコアブックを拳で小突く。


「お前分かんねえのか?こんなカバー曲だけやって満足してるような奴らはな、自分で曲を書く度胸もない、真剣に音楽をやったことねえ奴らばかりなんだぞ」


 如月の言葉に、一歌は皮膚を軽く弾かれるような痺れを覚える。


「お前、俺達の曲が良いと思ったんだろ? だったら他人の曲なんか弾くな」

「かっ……」

「かっこいいー!」


 如月と藤孝は一歌の呑気さに呆れてひっくり返る。

 一歌は如月の言葉に感動したのか、変なスイッチが入ったようだった。

 まさしく厨二病である。


「分かった! 私猛練習する! すぐに二人に追いつけるように頑張る」

「そう……そいつは良かった」


 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、如月は頬を赤らめ目を伏せる。


(鴻さん、当初のイメージとはかなりかけ離れてるけど、大丈夫なのか?)






 それから一ヶ月間、一歌の練習ペースは凄まじかった。

 授業中は隠れて楽譜の読み方や音楽理論を学び、朝と放課後は部室でバンドの練習、家では定番曲などを片っ端からコピーした。

 授業と寝る以外の時間は、ほぼベースを触っていると言っても過言ではない。

 

 練習のしすぎで指には血豆ができ、潰れては拭き取ってまた弾く。

 その繰り返しだった。







 軽音学部に入部して転校生なこともあり、未だに友達ができない一歌は、昼休みは同じクラスの藤孝と昼食をとっていた。


「俺は友達いるんだけど」


 藤孝はそう言って不服そうにサンドイッチを頬張る。不満を言いながらもなんだかんだ一歌に付き合ってくれる優しい男だ。


「見て。男の勲章」

「ぐろ」


 一歌が指を曲げながら、左手の親指以外に巻かれた絆創膏を勲章のように掲げる。


「一歌、別に辞めたきゃ辞めてもいいんだぞ。そんな必死にならなくても」

「うーん。まぁ最初は如月が怖くて仕方なくだったけど。今はなんか楽しいんだよね」

「……ならいいけど」

「てゆうか、藤孝も別に辞めさせる気なかったじゃん」

「如月は一度決めたら言うこと聞かないから」


 この頃にはメンバーそれぞれが名前で呼び合うようになっていた。


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