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バンドの名はない  作者: 安藤ぽてと
バンドの名はない
3/7

イカベース


 部室で三人円になって座り、軽く自己紹介を交わした。


 ギターの宮原藤孝(ふじたか)は、制服をきっちりと着た成績学年一位の真面目な優等生で、見た目は中肉中背の至って普通の青年だ。このバンドでは作曲も担当しているらしい。

 

 ドラムの神保如月(きさらぎ)はプロドラマーの親を持ち、自身も将来はプロのドラマーを目指しているという。制服はスラックスの裾を脛までロールアップしていて、ワイシャツの裾は出しっぱなしと、決して優等生とは言えない風貌である。


 まぁそもそも、校舎内で煙草を吸っている時点で高校生以前の話だが。


「一歌ねぇ。名前に歌って入ってんじゃん。歌上手いの?」


 これは一歌が腐るほど人から言われてきたセリフだ。期待に反して歌はカラオケの精密採点で八五点と言ったところだろうか。名前負けと言うには実に中途半端だ。


「ベース弾ける?どんな音楽聴くの?」


 如月が次から次へと尋問してくる一方で、一歌は今後の学校生活について考えていた。


(私がこいつらの一員って事は、明日から村八分に会うって事と同義じゃない?)


 学校の生徒や教師達は軽音学部を敬遠している。それは転校初日で一歌が感じ取るには十分な仕打ちだった。


「おい」

「いてっ」


 得意の上の空をかますと、如月が一歌の額を指で弾いた。


「お前、明日ベース持ってこいよ」

「え!? なんで? 嫌だよ持ってないし」


 咄嗟に出た本音に一歌は慌てて口を紡ぐ。如月は顔を(しか)めると、一歌の頬をつねった。


「お前はこのバンドの一員だろうが。いいから言うこと聞け」


 あまりの勝手な物言いに、いっそ煙草の事を教師に告げ口してやろうかと一歌は考えていた。

 しかし小心者の一歌はそんな気概は持ち合わせていない。


「鴻さん、ベース持ってないんだろ。楽器屋とかに初心者用の安いやつ売ってるから、買うといいよ」


 そんな豆腐でも買うようなノリで、と一歌は思う。

 藤孝は一見助け舟を出しているように見えるが、それはあくまで如月の決定事項を尊重するための妥協案に過ぎない。


「明日の朝七時、ここで練習な。あ、入部届は出しといてやるから」


 如月は入部届けの用紙をヒラヒラとなびかせ、狡猾な笑みを浮かべると、さっさとベース買ってこいとでもいうように一歌の背中を押して部室から追い出した。


(もうなるようになれ……)


 一歌はげっそりとした表情を浮かべ、半ば自暴自棄になりながら部室を後にした。





 一歌は如月につねられた頬を撫でながら、スマホで近くの楽器屋を検索する。

 如月の自己中さには呆れつつも、なぜか従ってしまう、そんなカリスマ性のようなものを悔しくも感じていた。


 検索結果に表示された楽器屋に行ってみるも、売っている楽器はどれも高額で、今の一歌には買えそうもない。


(あの宮原って奴、安いって嘘つきじゃん。坊ちゃんか?)


 再び検索すると、徒歩二十分の場所にリサイクルショップが候補に上がったので、そちらも行ってみることにした。


 閑散とした住宅街に佇むその店は、外観は古く、昭和感あふれるヴィンテージ物の家具が入り口にごった返していて、看板には「りさいくるしょっぷ」と所々雨でかすれた文字が並ぶ。

 楽器屋よりも入るのにハードルが高いと感じたが、ここまで来たら後には引けない。

 

 唾を飲み、恐る恐る店に入ると、店内は洋服ダンスのような香りが充満していて、今すぐ窓を全開にしたい気持ちに駆られる。

 五十年前の炊飯ジャーやキャラクターのぬいぐるみ、使い古した一眼レフなど様々なジャンルの商品が売られている。


 それらをかき分けて奥に進むと、ギターとベースが壁に沿って縦横無尽に並べられていた。

 見るからに高そうなヴィンテージ物から、趣味の悪いカラフルなもの、明らかに使えなさそうなジャンク品など、店主の趣味全開だった。


(貯金あんまないんだよなぁ。お年玉は全部使っちゃったし)


 貯金をおろして財布に入っていたのはたった四万円ぽっち。

 こうなるともはや消去法になってしまうが、楽器の価値を理解できない一歌には分かりやすくてちょうど良かった。


 こうなったら楽器ではなく、ひたすら値札を目で追う。

 すると、二万五千円と書かれた文字が目に入り、ピンと来た一歌は値札の上を見上げる。

 そこにはまるでイカのような、奇妙な形をした漆黒のベースが、一歌を待っていた。


(なんか分かんないけど、かっこいい!)


 運命だと思った。

 値段で決めたとはいえ、そのベースは若干厨二病気味の一歌の心に刺さる。

 リバーヘッドRUB1100、ボディがイカの形をしているので、通称イカベースと呼ばれている。

 しかしそのベースは所謂イカの頭がない状態で、他のベースと見比べ不良品かと一歌は疑う。


「それはヘッドレスベースと言ってね。弦の調整も簡単だし、軽くて持ち運びにも優れているんだよ」


 年齢は五十代前半だろうか、中年の恐らく店員と思わしき男に声をかけられる。


「気になるならプラス五千円でケースとシールドもつけてあげよう。どうする?」


 店員の思いがけない言葉に一歌の目は光る。


「買います」


 即答だった。





 買い物を終え、ベースの入ったショルダーバッグを背負い帰路につく。

 初めてベースを背負えばかなり重く感じるはずだが、運命的な出会いを果たしたアドレナリン大放出中の一歌にはそんなことは関係なかった。


(今の私、めちゃくちゃ青春っぽくない?)


 まるで映画の主人公にでもなったかのように錯覚し、弾むようにぴょんぴょんと歩く。

 母の再婚で東京に引っ越し、妹が産まれ、自分だけが蚊帳の外。

 そんな鬱屈とした思いの中、一歌を待っていた奇妙なベース。

 

 高額なベースが並ぶ中、二万五千円という破格のベースが何故か宝物のように愛おしくて、どう見ても不細工なのに、自分の子が一番可愛いと思ってしまう世の母親の気持ちが、一歌は少しだけ理解できる気がした。


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