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バンドの名はない  作者: 安藤ぽてと
バンドの名はない
2/7

魔境へようこそ


 新学期のホームルームを終えても、一歌は下駄箱ライブでの余韻が抜けず、海でも眺めるかのようにうつつを抜かしていた。


(あの曲、なんだろう、カバー?オリジナル?)

「さん……うのさん……」

(カバーにしては聴いたことないような曲だし……)

「鴻さん!」

「うわぁっ」


 同じクラスの女子に声を掛けられた事に気づくと、一歌は驚嘆の声をあげる。


「もう、鴻さん。声かけても全然気づかないからびっくりしちゃった」

「あはは……えーっと?」


 ホームルームで自己紹介をしたはずだが、ずっと上の空だった為、一歌はクラスメイトの名前を覚えていない。


「私、竹ノ塚美玲(たけのづかみれい)。鴻さん転校生なんだってね。私学級委員だからなんでも聞いてね」


 美玲はややふくよかで、眼鏡をかけた人が良さそうな女子だった。一歌は美玲が学級委員と聞いて、下駄箱ライブの軽音学部のことが頭をよぎった。


「下駄箱ライブ、あれって軽音部だよね?」


 一歌が聞くと、美玲は少し困惑したような表情を浮かべた。


「鴻さん、軽音部が気になるの?」

「あ、いや……今朝の爆音にびっくりしちゃって。あんなの聴いたことなかったから」


 一歌は美玲の表情を見て触れてはいけないことだったと察して、咄嗟に誤魔化す。

 すると美玲はこそっとするように一歌に耳打ちをした。


「軽音はやめといたほうがいいよー。すっごい大きな音でいつも練習してて、先生も生徒もみんな迷惑してる。よく分かんない曲ばっか弾いてるし」


 よく分かんない曲とは、今朝のような曲のことだろう。

 確かに昨今聴く流行りの音楽とは一風違ったテイストだった。


「部員も二人しかいなくてね、あっちのギターの宮原(みやはら)くんは落ち着いてるけど、ドラムの神保(じんぼ)くんは遊び人って噂だよー……しかも」


 美玲が指を指す宮原という人物は、同じクラスの窓際の席で読書をしていた。

 優等生そうな見た目で、特に浮ついている様子はない。

 その後も美玲は何か話していたが、軽音楽部のことが気になって、一歌の耳には届いていなかった。





 放課後、一歌は担任の教師に軽音楽部の部室の場所を聞くと、軽く興奮する気持ちを抑えつつ、足早に向かった。

 軽音楽部の部室は校舎の北側の隅っこに位置していて、職員室の上にあり、教師からのブーイングが絶えないそうだ。

 華々しい野球部やダンス部とは違い、厄介払いされている印象だった。

 

 一歌は部室の前に着くと、軽く深呼吸して引き戸に手をかける。


「失礼しまー……」


 ガラガラっと少し建て付けの悪い引き戸を開けると、そこにはドラムの前で煙草を吸った肩までかかる長髪の男と、先程の宮原という人物がギターを持って立っていた。


 一歌は「ここ学校だよね?」と心の中で呟くと、混乱して固まる。

 宮原は長髪の男の方に視線を見遣り呆れたように煙草を取り上げる。

 一歌は一瞬思考停止した頭を叩き起こすと、何も見なかったかのようにそそくさと立ち去ろうとする。


「ちょい待ち」


 しかし時すでに遅し、長髪の男に肩を掴まれ、背中越しに無言の圧を感じ取る。

 一歌は立ち入ってはいけない場所に潜り込んでしまったと後悔する。


「ちょーっと中で話すか」


 長髪の男が詐欺師のような胡散臭い笑顔で、親指を室内に向けた。





 十畳ほどあるこじんまりとした部室には、中央奥にドラムセット一式、両サイドにベース用とギター用の大きなアンプ、マイクとミキサーは室内脇に置かれていて、どれも一級品だ。

 流石は私立なこともあり、機材は充実しているように見える。


 しかしそんな夢溢れる宝庫で、一歌は一人正座させられていた。

 二人の男子生徒を前にして。


「お前なんなんだよ! 足音一つ聞こえねし、忍者かよ」

「ひいいっごめんなさい」


 長髪の男は、端正な顔立ちには似つかわしくない荒々しい口調で一歌を追い詰める。

 バツが悪そうに再び煙草に火をつけると、ふーっと煙を吐き一歌の前にしゃがみ込む。


「お前、何年」

「二年です」

「二年?お前みたいな糸目のでかいやつ、見たことねえぞ」


 糸目のでかいやつ、確かに一歌は身長一六七センチと女子にしては高い方ではあるが、身体は薄いので、でかいと言われるのは侵害だった。

 長髪の男の高圧的な態度に一歌がおろおろしていると、それまで黙っていた宮原が口を開く。


「鴻さんだよ。今年転校してきたって。俺と同じクラス」

「へー転校生ね」


 長髪の男が興味深そうに目を開く。


「しかも、今朝の下駄箱ライブで立ち止まって、俺たちの演奏聴いてたよね?」

(バレてた!?)

「珍しいな。この学校の奴ら、みーんなヨルハゼだ、キミハゼだ言って俺たちのことなんて無視だぜ」


 夜、君に爆ぜる、通称ヨルハゼは音楽に疎い一歌でも知っている。

 十代から爆発的な人気を誇り、結成僅か一年でメジャーデビューを果たした四人組バンドで、ダンスミュージックとロックを掛け合わせた切ないラブソングなどが特徴だ。


「お前、うちのバンドに興味あんの?」


 長髪の男が煙草の吸い口を噛みながら凄む。


「いや……あの、私はただ今朝の曲が頭から離れなくて……」


 一歌が震えた声で説明すると、長髪の男と宮原は不思議そうに顔を見合わせる。長髪の男が一瞬考えるような顔をした後、一歌の両肩をガッと掴んだ。


「お前、うちのバンド入れ」

「なぜに!?」


 ただあの曲の正体が知りたかっただけなのに、突拍子もない勧誘に、一歌は酷く動揺する。


「お前みたいな奴、今までで初めてだ。うちはベースとボーカルがいないからちょうど困ってたんだよ。これで貸し借りなしな」

(貸しっぱなしなんですけど?)


 先程と打って変わって上機嫌に事を決める長髪の男と、場を収める気のない男、ただ部室に足を踏み入れただけなのにバンドに加入する事になってしまった一歌は、この状況を好奇とするか憂鬱とするかは、まだ判断しきれない。


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