願いが空回り善意が地獄を生んだ話
虐め描写があります気をつけてね。
メルルという少女は小さな村の出身であった。
身分は平民。当然家名もない。
名を名乗る時はレニ村のメルル、と出身を告げる事でどこの誰なのか、というのを相手に伝えていた。
平民とはいえ文字の読み書きくらいは最低限できなければマトモな職にもありつけない。
村の畑を耕すだけでは到底生きてはいけないのだ。
畑で得た収穫物だけで生活は成り立たず、森や山で得た自然の恵みや川などで獲れる魚。
食料に関しては頑張ればそれでどうにかなるかもしれないが、それ以外の物はどうしようもない。
綿花を育てる余裕があるならまだしも、メルルの暮らしていた村は小さく畑では野菜を育てるので精一杯。他に何かを育てる余裕はこれっぽっちもなかった。
何の学もない子供が将来大きくなった時、どこでも働けないような役立たずであれば村はあっという間にごく潰しであふれてしまうだろう。
実際、過去にそういった事があったから村の人間は教育はある程度大事であるとわかっていた。
だからこそ、メルルもまた一つ隣の町の学校まで毎日一時間半ほどの距離を徒歩で通っていたのだ。
近くの町や村から通ってくる生徒の年齢はまちまちである。勿論同年代もいるけれど、同じ学年に年上の生徒がいたり年下の子がいても何もおかしくはない。勉強の進み具合で学年は分けられる。
メルルと同じクラスの生徒にシェリィという少女がいた。
彼女は平民でありながら金色の髪に深い海の青さを閉じ込めたような瞳が特徴的な、誰が見ても美少女と言うだろう見た目をしていた。周囲もそれはもうシェリィをちやほやとしていたくらいだ。シェリィ本人も自らの美貌に自信を持っているのが窺えた。
将来はきっともっと美人になる。
そんな彼女にもしかしたら将来はどこぞの貴族様が見初めてくださるかもしれない。
そんな風にシェリィの周囲の大人は面と向かって言わずとも囁き噂をしていた程だ。直接聞いていなくても、そう言われている事を理解しているシェリィは自分の美しさに絶対の自信を持っていて当然だったのである。
だが、それがきっと悪い方向に傾いた。
シェリィが周囲から――とりわけ男子生徒から――ちやほやされている事で、シェリィはこの学校のこのクラスの絶対的な存在であると思ってしまったのだ。
他のクラスの生徒たちからもあの美人な、と言われる程度には知名度もあったからこそ、どこにいてもシェリィは注目の的であった。
成績もクラスの中では優秀だったし、その上美人である。周囲にはいつも人がいて、誰もが思い描く人気者だと思える要素があったのも、きっと悪かったのだろう。
一方のメルルは美人だとは言われる事のない見た目をしていた。よく見れば愛嬌はあったのかもしれない。
ただ、学校が終わって家に帰ってから家の手伝いを少しだけしてご飯を食べて、そうしてお風呂に入ったりした後は眠って朝起きたらできる範囲で手伝いをして、ご飯を食べて学校へ、という生活をしているとお洒落だとかに時間をかける余裕がなかったのだ。
シェリィと比べると髪や目の色も黒に茶色と地味でその上家もあまり裕福ではないから着ている物もそう上等なものではない。勿論人前に出るのに恥ずかしくない程度のものではあるけれど、シェリィを見た後ではみすぼらしく感じてしまうのは否定できなかった。
お勉強もシェリィと比べるとメルルは要領が悪く、そのせいで余計に目についたのかもしれない。
メルルはシェリィに虐められるようになっていた。
最初は軽いものだった。
精々どんくさいだとか地味だとかのちょっとした陰口――ただし本人にバッチリ聞こえている――程度だったのだ。
けれどもメルルが言い返さなかった事で事態はより悪化した。
目障りだから視界に入らないで、と言って突き飛ばされたり、時として教科書を破られたり。
掃除につかったバケツの中の水をかけられたこともあった。
あからさまな暴力を振るわれたりはしていない。あくまでも事故として言い訳ができる範囲内での嫌がらせであり虐めであった。
一度勇気を振り絞ってメルルはシェリィにやめてほしいと訴えたけれど、シェリィは私何もしてませんけど? としれっと言ってのけたのである。
勝手に視界に入ってきて不愉快な事言うのやめてくんない? こっちが不快な気分にさせられてるんだけど。弁えてよ。
そんな風に言われて、しかもシェリィは同じクラスの皆を味方につけてしまったので。
メルルが何を言っても言いがかりはやめてと、まるでメルルの方こそがシェリィに難癖をつけているのだという印象を植え付けてしまった。
クラスメイトの面々はメルルを虐めている自覚は勿論なかった。
ただ、なんていうか美人なシェリィが困った顔をしてメルルにそういう言いがかりはやめてほしい、と言って、周囲にも困ったものね、みたいな態度で苦笑を浮かべて私困ってます、といった雰囲気を出してしまえば。
地味でパッとしない見た目のメルルの方こそが美人なシェリィに嫉妬で言いがかりをつけているように見えてしまって。
お前こそシェリィに嫌がらせやめろよ、とシェリィに対していい格好をしたい男子生徒が囃し立てて。
悪いのはメルルである、という空気になるのは本当に一瞬だった。
他の生徒たちに虐めをしているという自覚は無かった。
ただ、メルルに対して反省を促すつもりで厳しく接しただけ、そういう認識ですらあった。悪いなんて一切思っていない。いっそ悪意をもって遊び半分で虐めていた方がまだ、メルルももう少し他の対処ができたかもしれなかった。
メルルは自分を悪いとは思っていなかった。
生徒たちも自分が悪いなんて思っていなかった。
シェリィは勿論自分が悪いなんて思っていない。だって自分を不快な気分にさせているのはメルルであって、悪いのはメルルだ。自分ではない。嫌な気分にさせられたからその分お返ししただけ。そういう認識であった。
どうしようもなくなったメルルは先生に相談もしたけれど、それはとっくに手遅れだった。
他の生徒たちが先生にメルルが嫌がらせをするのだという相談をしていたのだ。シェリィが可哀そう。そんな風に言って。
もっと早くに相談していれば、先生もメルルに対してそこまで悪い印象を持たなかったかもしれない。お互いの言い分を聞くにしても、この頃にはすっかりメルルに対しての悪印象がついてしまっていた。
一人二人の生徒の言い分ならそうでもなかったかもしれない。
けれどもシェリィとメルル以外のクラスメイト全員が、シェリィが可哀そうだと言って相談していたのだ。
シェリィが相談しなかった理由を先生が問えば、先生にご迷惑をかけるかもしれないと思って……と殊勝な態度で言うものだから。
美少女がとても申し訳なさそうに眉を下げて、ちょっと潤んだ瞳で先生を見上げてそう言うものだから。
先生もすっかりシェリィが健気にメルルの嫌がらせに耐えているものだと思い込んでしまったのである。
その後にメルルから相談をされても、その頃にはすっかり悪印象ばかりがあったのだ。
クラス全員がメルルに対して困っている、という印象を覆す程の何かをメルルが持っていたわけじゃない。
クラス全員が敵に回った状態のメルルはすっかり精神的に擦り切れて、暗い印象を周囲に抱かせていた。それもあって余計に、キラキラしい美少女のシェリィとは違い陰鬱なメルルという対比が出来上がってしまったのだ。
ぼそぼそと不満を口にするメルルの言い分を、しかし先生はお前にも問題があるんじゃないか? と一蹴してしまった。健気に耐えて今日も周囲を笑顔にしているシェリィと、見ているだけでもなんだか暗くてじめっとしていてあまり視界に入れたくない雰囲気のメルルとでは、当然先生の印象も大きく異なる。
クラスの誰とも仲良くできていないメルルの言い分が正しい、とは思えなかったのだ。
だからこそまずはもっときちんと皆と話し合いをしなさい、と先生は言った。
ある意味虐めの対処法としては最悪である。
結果としてメルルの立場はより悪くなった。
最初の頃は何か言われてもうっかりだとかちょっとした事故、で言い逃れられそうな嫌がらせはエスカレートして、誰が見ても虐めであるという内容へと変化していった。
わざと足をひっかけたり、ごみを投げつけてみたり。
それくらいならまだメルルも我慢できた。
けれど、お昼休憩のランチの時間に、メルルの食事に虫を混入させられてそれを無理矢理口の中に入れられて、やだこの子虫食べてる、とクスクス嘲笑われたのは流石に我慢できなかった。
抵抗して、そうして振り払おうとした手が他の誰かに当たって、暴力を振るわれたと大袈裟に言われ、先に手を出したのはメルルだからな、と虫を無理矢理口に入れさせた事を棚に上げられ、更に攻撃された。生徒たちからすれば反撃のつもりだった。やられたからやり返しただけ。
数の暴力で元から孤立状態のメルルに勝ち目はない。
お勉強も人並み程度で運動が得意というわけでもない。どこにでもいそうな平凡な能力しか持っていなかったメルルが一対多数の状況で勝利を得る事など、できるはずがなかったのだ。
その時は見た目にわかる程ボコボコにされたわけじゃない。
けれども、これ以降より虐めは陰湿なものに変わっていった。
家に帰って親に学校に行きたくない、と言ったとしても、じゃあどうするのと言われてしまえばどうしようもない。うちはごく潰しを飼う余裕はないよと言われてしまえば、どうにもできなかった。
学校で虐められているなんて、言ったとしても向こうにそんな意識はない。他の町の学校に行くにしてもメルルの暮らしている村から他の学校へとなると、片道でそれこそ徒歩で半日かかってしまう距離だ。
移動に乗合馬車を使うにしても、その交通費は学校が出してくれるわけじゃない。
虐められてると訴えるにしたって、あからさまな証拠がなかった。
メルルの怪我は虐めが原因だったけれど、しかしそれらの大半は不注意で自分でやらかしたものだと言われてしまうだろう程度のもので。
明確にメルルを攻撃してついた傷である、という程の酷いものはなかったのだ。
だからこそ逆に人のせいにしないでよ、と言われてしまう可能性もあった。
クラスメイト達は教室の外ではメルルに関わらなかった。あくまでも教室の中だけだ。
外では他のクラスの生徒が見る事もあるかもしれない。そういうところで一致団結するのはどうかと思うが、逆に言えば学校が終わったらさっさと教室を出て他の人目がある場所に行けば安全でもあった。
それが、メルルにとってより悪い結果を招いたのかもしれない。
メルルの教室は学校の三階にあった。
帰りは階段を下りて一階へ行かなければならない。
居心地の悪い教室から逃げるように授業が終われば飛び出していって、逃げるように家に帰っていく。
同じクラスの誰も味方になってくれないし、先生もそうだ。
だからこそ、メルルは授業が終わればそうやってその場から去る事でこれ以上の被害を受けないようにしていたのだ。
その日はたまたま他の生徒も用事があって急いで帰りたい、というのがいた。
それは教室を飛び出していったメルルを追いかけるように見えたかもしれない。
生徒自身メルルに用事なんてこれっぽっちもなかったけれど、とにかく急いでいた。
そしてメルルはそれを自分を追いかけてきた! と思ってしまった。
どうにか距離を開けようとしてメルルは更に速度を上げる。
そうして、階段から足を踏み外しそのまま下へ一気に落下。
落ちた時にはメルルの打ちどころが悪かったのか、首がおかしな方向に曲がっていたのである。
この一件は不幸な事故で片付けられた。
クラスの中でメルルは虐められていたかもしれないが、一歩教室の外に出ればそんな事実はなかったのだ。明らかな証拠があったわけでもない。
シェリィや他のクラスメイトはあの鬱陶しいのがいなくなって清々した、くらいに思っていた程だ。
さて、そんなメルルの事をたまたま目撃して哀れんだ存在がいた。
女神である。
まぁ可哀そう。
こんな早くにその生を終えてしまうなんて。
さめざめと泣く美貌の女神を、死んで魂だけとなったメルルは冷めた気分で眺めていた。
今更、そう、死んでしまった今更そんな風に同情されてもな……というのが本音である。
けれども女神はそんなメルルの心情を気にした様子もなく、可哀そうな貴方にはチャンスを上げましょうと言ってきた。
どうにも見た目が地味だったが故に虐められていたのなら、次の生は周囲の誰からも愛される見た目を与えましょう。そうすれば次はきっと幸せになれます。
そんな風に笑う女神を、メルルはやはり冷めた目で見ていた。
「女神様」
「なぁに?」
「別にそういうのいいです。望んでません」
「えぇっ!? どうして!?」
どうして、と言われても。
確かにこんな簡単に死んでしまうなんてという思いはあった。
けれど、次の人生でやり直せと言われても、次の人生もメルルはメルルとして生まれるわけではないらしいのだ。それなのにやり直す、というのはおかしくはないだろうか。
メルルがメルルとして存在しているならともかく、次の人生でメルルを産むのはメルルの両親ではない他の誰からしいし、そうなればやり直すというよりは新しく始めるというのが正しい。
今こうしてメルルがメルルである、という思いや記憶を持って生まれ変わったとして。
メルルが幸せになれるとは思えなかった。
それならメルル以外の新しい誰かになって生まれ変わって何も知らないまま人生を歩んだ方がきっと上手くいくのではないか。
お勉強はあまり得意ではなかったけれど、メルルはとにかく思った事を女神に伝えた。
「まぁ、本人がそう望むのならばいいのだけれど。他に願いはないの?」
「願い……願い、ですか。無い、といったら嘘になります」
「なぁになぁに? 今ならお願い聞いてあげちゃうわ」
女神はたまたま目についた人間が可哀そうな事になっていた、というだけで別段メルルに対して何か思い入れがあるわけでもない。ただの気まぐれであった。
折角人生をやり直せる機会としての転生を提案したのに断られてしまったし、それなら他の願い事の一つくらいなら叶えてやってもいいとさえ思っていた。だって今暇だったから。
自分を虐めていたあいつらに天罰を、とかそういうのでもまぁ、叶えてあげない事もない。それくらいの気持ちだった。どうせたかだか十数人程度が死んだからって、その程度なら何も問題はないのだ。女神基準で。
だから。
メルルの望みを聞いて女神は「あらまぁ」とどこか気の抜けた声を出すだけだった。
「そんなんでいいの?」
「はい。多くは望みません」
「でもそれ、貴方が知る事はできないのよ?」
「いいんです」
「……変わってるわね。まぁいいわ。私がきちんと見届けてあげる」
「ありがとう、ございます」
どこかぎこちない笑みを浮かべて、そうしてメルルの魂は次の生を迎える事となった。
次の人生ではもうちょっとマシになればいいわね、と割と適当な女神の社交辞令付きで。
メルルは自分が望んだにも関わらずその結末を知る事はできない願いを口にした。
それって、実行したと女神が言って実は何もしなかったとしても知りようがないのだけれどもね……と女神は思ったけれど、まぁ暇だったので矮小な人間の願い一つくらいは叶えてやろうと思ったのだ。
あの子の次の人生は、まぁ多分それなりにマシになるだろう。
大体ブスだのなんだの言われて虐められていたようだけど、別にそこまで酷いブサイクというわけでもなかった。ただあまり裕福な家ではなかったから身だしなみを整えても若干貧相というか、貧乏くささがあったのは否めないし、ましてや教室の中で自分以外が全部敵に回っているような状態で健全な精神など育めるはずもない。あんなことがなければ、メルルはもうちょっと明るくて人に優しいどこにでもいるそれなりに愛嬌のある娘として育っていただろう。
とりあえずメルルが死ぬ原因を作った相手をざっと調べてみれば、女神は「あら、私の嫌いなタイプ」とにこやかに笑った。女神は別の世界を管理している女神の中でとりわけ仲が悪い女神がいたのだが、なんというか似ていた。自分の美貌に絶対的な自信を持って、その上何か嫌がらせをする時は絶対に自分の手を汚さないで人にやらせるタイプ。
おかげで彼女と揉める時は毎回第三者が巻き込まれる状態だし、まぁ拗れる拗れる。
自分に害がなければあの女神の事はイイ性格してるわねあはは、で済ませられるのだが、いかんせんかつて迷惑を被った側なのであの女神に関してはいつか絶対ギャン泣きさせると心に決めている。
とはいえ、泣かせるにしてもなんにしても、自分から喧嘩を吹っ掛けるのも面倒なので関わらなくていいなら自分から関わるつもりはない。どうあってもやりあうしかない、となったら泣かす。
メルルの事は可哀そう、と言ったけれど別に女神は同情なんてこれっぽっちもしていない。だってただ目についてついでに暇だったから、いい遊び道具になると思っただけだ。けれども、シェリィの事はとても気に食わない女神がちらつくので、よしあの女神を相手にする前にちょっとした気晴らしに丁度いいわとなった。知らぬところで女神が敵に回るなどシェリィだって思わないだろう。
因果応報にしても割に合わない。
子供の喧嘩に親が出てくるどころか神様が出てくるとか、どう考えてもおかしいだろうとシェリィが突っ込むべきタイミングは、しかしこの場にいなかった事で逃す事となってしまった。
シェリィはその後、メルルの事などあっさりと忘れて学校を卒業し、低位貴族とは言えどシェリィの美貌を見初めてくれた男爵家に嫁入りし、これといった苦労もしないまま年を取りそのまま寿命を迎えて死んだ。
不幸な人生だ、とは誰も言わなかっただろう。むしろ絵に描いたような幸せな人生。
シェリィは己の美貌を使って周囲を上手く扇動し、気に入らない相手をそれとなく潰していく事もあったけれど、相手は大体自分と同じ身分だったからこそ痛い目を見るでもなく人生を謳歌していたのだが。
邪魔な羽虫くらいに思っていたメルルがまさか女神さまに願った事でとんでもない事になるなんて、勿論思っていなかったのである。
死んだと思っていたシェリィは、新たな生を受けた。
前世の記憶付きで。
そしてある程度成長した自分の顔は、何と前の人生と同じシェリィのものだ。
見慣れた顔に名前。シェリィは今世もシェリィとして生まれた。
だがしかし、それが地獄の始まりだった。
シェリィは自分の美しさの魅せ方を理解していたけれど、しかしそれが通用しなかったのだ。
それどころか、シェリィは周囲から醜い娘だと言われて育った。
シェリィの両親は、シェリィの目から見てとてもブサイクだった。前世の父と母と一切の共通点がない。むしろこのブサイクからよく自分が生まれたものね、と驚いていたくらいなのに。
しかし世間はシェリィの両親を美男美女と賛美して、その子供であるシェリィはしかしとんでもない不細工だと蔑んだのである。
世間で美しいと称される人間は、シェリィの目から見てどれもこれもとんでもない不細工だった。一体何をどうしたらこんな不細工が生まれるのだろうとシェリィは疑問に思い、そういった面々を露骨に嫌った。だってあまりにも醜いのだ。
シェリィは前世同様周囲を味方につけてそういった連中を排除しようと目論んだけれど、しかし上手くいかなかった。何せ周囲はシェリィが嫌う者たちこそが美人であると称されてシェリィの方こそが分を弁えないブスだと罵られたのである。
相手が美人だから嫉妬してるんでしょ。そんなんだからブスなんだよ。
なんて言われたシェリィは当然憤慨した。
そんな不細工に嫉妬とかするわけないじゃない! そう返せばお前目ぇ腐ってんじゃないの? と嘲笑される始末。
しかもそういった言動は親に伝えられて、見た目だけじゃなくて中身も不細工とか勘弁してほしいわ……一体誰に似たのかしら、なんて嘆かれる始末。
シェリィはブスで性格も最悪、という噂が広まって、ご近所の同年代の子たちからは距離を置かれ、学校に行ってもロクな友達なんてできなかった。
世間一般で不細工と罵られている者たちの見た目はシェリィの目から見てむしろ整っていると思えたけれど、しかしそういった不細工側の人間からもシェリィは距離を置かれる事となった。
シェリィは見た目が好みの相手に近づいて仲良くしようと思ったのだけれど、それでなくとも性格も悪いと言われているブスが近づいてくるのだ。面倒事に巻き込まれたくないブサ男と言われていた相手は早々に逃げ回った。
――言うまでもないが、この世界、シェリィが前世で生きていた世界とは異なる。
文明レベルは前世のシェリィが生きていた時代とそこまで変わらないけれど、決定的に異なる部分があった。
それが、美意識である。
美醜の価値観が逆転しているといってもいい。
前世で美人だとちやほやされていたシェリィが、しかしこちらの世界では圧倒的なブスと言われ、前世でシェリィがブスだと罵っていたであろう相手はこちらの世界では美人だと言われるのである。
女神さまは色んな異世界の文明を参考にしたりしているので、異文化のあれこれもそれなりに詳しかった。
美醜逆転した世界にも、いくつかの分類がある。
例えば男性だけが美醜逆転している世界。その逆に女性だけが逆転している世界。男女平等に美醜逆転している世界。
シェリィが新たな生を受けた世界は、男女平等に美醜が逆転している世界だった。
どちらか片方だけが美醜逆転している世界に放り込んでも面白そうだな、と女神は思っていたけれど、しかしその場合うっかりシェリィの事を見初める相手が出てきてしまう可能性が高かったのだ。
特に男性だけが美醜逆転している世界はシェリィが普通に幸せになりそうだったので。
それではメルルの望みが叶わない。
世間一般で不細工と罵られていてもシェリィ目線でイケメンに見える相手と普通にくっついてしまっては、意味がないのだ。
その逆に女性だけが美醜逆転している世界でも、ワンチャン可能性としてブス専の男性に見初められる可能性が出てしまう。
それなら男女平等に美醜逆転している世界に転生させた方がいいだろうと判断したのだ。
シェリィの目から見て見た目が素敵な男性はしかし世間ではとんでもねぇブサイク、ブ男として蔑まれている。
そんな相手とくっついたとして、しかし世間は美男美女の素敵なカップルね、とは絶対言わない。不細工同士あまり物がくっついていると嘲るのである。
前世の価値観が染みついているシェリィにとっては、耐えがたいだろう。
しかも既にその価値観でこちらの世界基準の美人相手に喧嘩を売ってしまっている。
ここからシェリィが巻き返すのは、恐らく無理だろう。
――そう女神が思った通りに、いっそ予定調和と言わんばかりにシェリィは死んだ。
シェリィ目線でブスだった女はそこそこ裕福な家で、ついでに権力もちょっと持っていた相手だったのだ。
前世でいうところのメルルの立場になったシェリィは、しかし前世のシェリィよりも厄介な相手に目をつけられてしまったのである。
美人の頼みを断らない相手によって、シェリィはメルルにしてきたような虐めを体験する羽目となった。
直接的な暴力はなかったけれど、しかし間接的に偶然を装って肩をぶつけられたりだとか、足を引っかけられたりだとか、小突かれたりだとか。
友人同士の戯れの結果近くにいたシェリィにぶつかってしまった、という体を装って何度か膝や肘が入った事もある。
そういった場合でもすぐさま「あ、ごめーん」と謝られている。
わざとでしょうと言ったところで、謝ったじゃん、と言われシェリィが大袈裟に悪く受け取っていると言われる始末。
前世でのメルルと同じ立場に転落したシェリィは、しかしここでは折れなかった。
自分が美人でこいつらの方こそがおかしいのよ。なんでこんな不細工連中が幅を利かせているの。
そんな思いが確かにあった。
だからこそ、前世で虐げたメルルの気持ちを理解するという事もなく。
毎回きっちり抵抗していたシェリィは、じわじわと激化してきた虐めによって命を落とす事となってしまった。こうなってしまっては死人に口なし。シェリィが毎回突っかかってくるから……なんて涙目で語る者たちの証言によって、シェリィは無謀にも喧嘩を売って返り討ちにあって自滅した事にされてしまった。
次の人生もまた同じ世界で、シェリィはシェリィとして生まれた。
また不細工が美人扱いされてる……とうんざりしたシェリィであったが、また前と同じような死に方はごめんだったので今回はもうちょっと上手く立ち回ろうと思っていた。
しかし相変わらず周囲はシェリィをとんでもねぇブス扱いしていたし、せめて自分の基準でカッコイイ相手、美人な相手と仲良くなろうとしても中々上手くいかない。
何故ってシェリィの価値観は相変わらず最初の世界でのものだったからだ。
あんな連中より貴方の方が余程素敵よ、なんて言ってもシェリィの趣味がおかしいのだとしか思われなかった。それに、どうしたってシェリィの自分こそが美人だという考えがにじみ出ていたのだ。
下手にそんな相手とつるんで余計な連中に目をつけられたくはない。ブサイクに生まれてきたのはもう仕方ないにしても、せめて波風立てないようひっそりと暮らしていきたい……そう思っている相手からすれば、シェリィの存在は爆弾みたいな物だったのである。
美人からもブサイクからも等しく距離を取られ、挙句シェリィの両親は世間一般では美人と言われる容姿で生まれてきたシェリィがどうしてこんなに醜いのかと嘆かれる始末。
大丈夫よシェリィ、見た目が悪くても人間外見だけが全てじゃないの。せめて中身まで醜くならないようにね。なんて慰めになっているかもわからない言葉を言われて、シェリィは思わず反論してしまったのだ。
うるさいうるさいうるさいっ!!
ブサイクが知った風な口きかないでよ!
そんな見た目で何言われたって戯言にしか聞こえないのっ!!
実の娘の価値観はおかしいのかもしれない、そう思った両親とシェリィの仲はここで拗れる結果となった。
その後孤立したシェリィはやはり性格の悪い美人に目をつけられて虐められるようになってしまったけれど、しかし誰も手助けなんてしてくれなかった。
あいつ親にも見捨てられてるらしいぞ、なんてコソコソと噂されて馬鹿にされる。
悪意まみれの嘲笑は精神を嫌でも傷つけていった。
そうしてシェリィの精神はちょっとした事でも過敏に感じ取るようになり、自分に向けられたわけでもない悪意にまで反応するようになってしまった。
被害妄想を炸裂させて襲い掛かった相手に返り討ちにあって、今回もシェリィは死んでしまった。
――そうして、何度も何度もシェリィはシェリィとして美醜の価値観が逆転した世界での生を繰り返した。
前の記憶も引き継いでいるので、今回はまだ誰にも言われていない事でもさも言われたように振舞って、そのせいで虚言癖があると言われるようになってしまった。まだ誰からも何もされていないうちから攻撃されると思い込んで周囲にヒステリックに喚きたてる娘を、心の病気だと思った両親が病院に連れていったりもした。
あまりにも何度も周囲がシェリィをおかしな目でみるものだから。
そのうちシェリィの精神は自分の方こそが異常なのではないかと思うようになってしまったのである。
確かにこの世界ではシェリィは異常者なのだろう。
最初の世界では正常であったとしても。
シェリィの中では最初の世界はすっかり遠い幻のようなものになってしまって、かつて自分が見ていた夢なのではないかと思い始めていた。
そうしてそこでようやく、シェリィはかつて自分が何となく気に入らないというだけの理由で排除しようとしたメルルの事を思い出したのである。
あの子もこんな気持ちだったのかしら……人から酷い態度を取られるのって、こんなに辛く苦しいものなのね……あの時はあの子がとても目障りだったけど、あの子から見た私もきっと目障りだったのかもしれない……
思い返せば私、あの子みたいな死に方した事もあったのよね……
だって皆が自分の事を追い詰めてくるようにしか思えなくて……あの時は勝手に誤解して逃げた結果、なんて思ってたけど、あの時のあの子にとっては勘違いでもなんでもなかったのね……
そんな風につらつらと、今まで思い出そうとすることもなかったものが溢れてくる。
まだ、シェリィは虐められていても虫を無理矢理食べさせられた事はなかったけれど。あからさまな暴力を振るわれたり服をひん剥かれて裸にさせられて笑いものにされたりもしていないけれど。
それでもとても辛いのだ。
まるで世界の敵になってしまったような感覚だけれど、殺意や憎悪は向けられていない。
けれども、たとえシェリィに何があっても構わないというような、どうでもいい――無関心さでもってさらりと行われる行為が、ただただとても辛かった。
シェリィの親はシェリィがあまりにも醜い見た目のせいで精神を病んだと思っている。
だからこうして病院に連れてきて、そのまま入院させたのだろう。
今回はもう虐められる事はないのかもしれないけれど、同時に誰かと関わる事もほぼないのだろうな。
お前なんかいらない、と言われているような疎外感。それがシェリィの被害妄想であったとしても、窓に鉄格子のついた自分で自由に外に出られない病院に押し込まれた事実は変わらない。
ごめんなさい……と何に対してかわからない謝罪の言葉が漏れた。
両手で顔を覆って泣いて、ただひたすらに謝罪の言葉を口にする。
誰も聞いていないけれど、それでも。泣いて嗚咽を漏らしているから、言葉もたまにちゃんと聞き取れない状態であったけれどそれでもシェリィの謝罪はひたすらに続いていた。
もうしません。
反省してます。
何に対してなのかはわからないが、まぁ今までの人生に関する事なのだろう。
誰に赦しを乞うているのか。病室にはシェリィ以外誰もいないのだ。
けれどもシェリィはひたすらに後悔し懺悔の言葉を口にしていた。
見た目で虐げるような真似はもうしません。
見た目で蔑まれるのはもうイヤです。
神様、お願いです。
お願いですから。
どうか、どうか来世は絶世の美女とまではいかなくても、せめて人並みの容姿を持って生まれたいです……
自分の見た目を自慢してそれ以外を見下すような真似はもうしません。
もう、人から人扱いされないのは嫌なんです。
お友達が欲しかった。
恋人を作ってドキドキしたかった。
結婚して、子供を産んで育ててそれから……
最初の人生でできていたはずのものが、次の人生から何もかもできなくなってしまっていた。
もう誰かを見下して虐げるような事はしません。
そう何度も呟いて、泣いて泣いて泣いて。
疲れ果ててぐったりとしたまま、シェリィはベッドに倒れ込んだ。
――ぱち、と目を開けると、天井の色が白ではなかった。
病院にいたはずなのに、あの目に痛いくらいの真っ白な部屋ではない。
落ち着いた色合いの壁紙やカーテンといった、白以外の色がそこかしこにある部屋でシェリィは目を覚ました。
ここは、一体……?
わけがわからないまま、それでもシェリィはゆっくりと身を起こす。
身体が縮んでいる、と気づいたのはすぐだった。目線があまりにも低い。
手を見れば小さなふっくらとしたモミジが二つ。ぺたぺたと自分の身体や顔を触って、ほっぺたのふくふく加減にこども? と呟けば聞こえたのは不安そうな子供の声だった。
知らないうちにまた新しい人生が始まったのだろうか。
そう思って、シェリィは困ったように鏡台を見た。
そこに映っているのは、今まで見慣れたシェリィの顔ではない。
地味でどうにもパッとしない顔の子供がそこにいた。
今までさんざん見てきた顔じゃない。髪や目の色も今までと違う。暗い色で、よく言えば落ち着いた色だけど悪く言えばひたすら地味。
けれども、今までブスと罵られてきた外見とはおさらばできたのだ。
絶世の美女というわけではない。けれども、まぁ平凡といってもいいんじゃないだろうか。
神様が願いを聞き届けてくれたんだ!
そう思ったシェリィは嬉しくなって軽やかな足取りで部屋を飛び出した。
ここがどこなのか、とかそんな事はもう気にしてもいなかった。
新しい人生が始まったのだ。
もう前みたいな事にはならないんだ!
誰かを蔑んだりもしないし、蔑まれる事もないはずだ!
今度こそはちゃんとした人生を送るんだ……!
そう希望を胸に抱いて部屋を飛び出せば、廊下の奥に誰かがいるのが見えた。
「お母さん!」
シェリィが誰だろうと思う間もなくその言葉は口から出ていた。
そうか、あの人が今回の私のお母さんなのか、と思いながら駆け寄っていけば。
母は、今までのシェリィのような容姿であった。
今までは美しいと思っていた。けれども、何度繰り返してもその美貌は決して認められなかった姿。
お母さんがとんでもないブスだ……と思ってしまったシェリィは、しかしそんな風に思っちゃダメだと頭を振った。
シェリィに呼ばれ振り返った母は、そんなシェリィを嫌な物を見る目でもって見た。
「ちょっと、どうして勝手に部屋を出たの。お母さんがいいって言うまで出ちゃダメだって言ったでしょう。どうしてそんな事もできないの」
「あ、ごめんなさ……」
明らかに不機嫌そうな声で言われ、シェリィは思わず謝っていた。母はそんなシェリィをまったく、とどうしようもない物でも見るような目を向けたまま、ほら早く戻りなさいと鋭い声で言う。
なんでどうしてと意味がわからないなりに、シェリィはしかしここでいう事をきかないともっと駄目な事になりそうな気がして来た道を引き返していく。
その背に、母の声が吐き捨てられた。
「全く……どうしてこんな不細工が産まれちゃったのかしら……冗談じゃないわ」
え、と思って立ち止まり振り返ろうとしたが、早く戻って! と叫ばれてびくりと震えた身体は足がもつれそうになっていたけれど、それでもどうにか転ぶ事は避けられた。
そうして部屋に戻れば、外から鍵をかけられてしまったのか、ガチャン、という音がして。
閉じ込められた部屋の中、シェリィはただ呆然と「どうして……?」というのが精一杯だった。
そこにはもう先程まで抱いていた希望はない。
だって、もうあんなブサイクな見た目じゃなくなったのに。
でも前の私とそっくりなお母さんは私こそをブサイクだって言う。
なんで? それは、お母さんの方じゃないの……?
もしその疑問を直接母に投げかけていたら、きっと怒られるだけでは済まなかっただろう。平手の一発は飛んできたかもしれない。
それくらい、母のシェリィを見る目は冷たいものだった。
今度こそ、やり直せると思ったのに……
呆然としたまま、ぺたんとその場に座り込む。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう……?
ひんやりとした床を感じながら、シェリィは答えの出ない問答を開始し始めていた。
「――よーし、一仕事終えた感じしますね。良かった改心してくれて。これであの子も満足でしょう」
ふふ、と弾むように笑みを漏らした女神は、いい汗かいたぜ、とばかりに額を拭った。汗なんて一滴も出ていないけど。
メルルが女神に望んだのは、シェリィに虐められる側の立場を体験させて自分がした事を反省させてほしいというものだった。ただそれだけである。
反省してくれれば次はもうやらないだろう。
次の人生にその記憶が活かされるかどうかはさておき、それでメルルはシェリィの事は許すつもりだったのだ。自分以上に虐められろだとか、酷い目に遭って死ねだとかは一切思っていなかった。
けれども一度で反省してくれなかったので、女神はちょっと困ってしまったのだ。
うーん、ホントにこれ反省なんてするかしら……?
そう思ったからこそ、女神はいっそムキになって何度もシェリィの人生をシェリィのままやり直させた。前の記憶を持たせたまま。
だって記憶をまっさらにしたら、反省も何もないでしょう?
きちんと反省するまで、ちゃんと付き合って見守っていてあげますからね。
女神としては親切のつもりである。悪気は一切無い。ただ、早いところ反省してくれればな、とは思っていた。
そうしたら、ちゃんと元の世界の輪廻の輪に戻すつもりだったのだ。
反省するまでに何度もやり直す形になってしまったけれど。
それでもようやく反省してくれたのだ。
だから女神としてはご褒美のつもりだったのだ。
戻すついでに、彼女の願いも叶えてあげようと。
今までずっとシェリィとしての姿であったけれど、見た目を人並みにしてほしい。その願いを叶えてあげようと思ったのだ。
ただ、その人並みの見た目はあの世界基準である。
元の世界に戻ってしまえば、どちらかといえばブサイク寄り。
わざわざ容姿を悪くさせて元の世界に戻るなんて、あの子もちゃんと反省した結果ね、なんて女神は思っているがそんなわけがない。
もしシェリィが反省したら次の人生は元の価値観の世界になると知っていたなら、あの世界基準での人並みの容姿なんて望まなかっただろう。
今まで何度もずっと繰り返してきたあの美醜逆転世界での人生がまだ続くと思っていたからこそ、あの世界基準での人並みの容姿を求めたに過ぎない。
けれども女神にしてみればそんな事は知った事じゃないのだ。
反省したら最初から戻すつもりだったのは決定事項。
それを本人に言っていないのは致命的だけど、そもそもシェリィと女神は直接的な面識はない。ただ、たまたま目を向けたメルルの願いを叶える結果こうなっただけ。
メルル本人がここまでしなくても……と思っていたとしても、メルルだってとっくに新しい人生を生まれ変わって生きているのだ。
見届けていたのは女神だけ。
反省したという事実があるので、その後の事は女神ももう手を出すつもりはない。
たとえその結果、またシェリィが酷い目に遭うような事になったとしても。
もう女神の知った事ではなかったのだ。