第8話 出番なしは安全ということ。
「う、ヘンなの。気持ち悪い」
十撫が素直な感想を漏らしたので、思わず俺は苦笑してしまう。
俺が初めてこいつを見た時も、同じ感想だったから。
「なによ! 怖くなんてないんだからね!」
黒鉄鋼製のハンドアクスを構えて、亜希が鱗頭犬を睨みつける。
初めて魔物と遭遇したというのに、なかなかどうして豪胆だ。
そんなことを考えつつ、俺は背中に背負っていた大型の弩弓を構えて……即発射する。
鱗頭犬はあの通り、目と鼻が無い。
音と振動、それに熱を感知して生物を襲う魔物だ。
接近戦よりも、消音矢で先制した方が安全に処理できる。
「キャンッ!?」
眉間、かどうかはわからないが、頭部の中央に太矢を受けた鱗頭犬が悲鳴を上げる。
このくらいで死なないのが魔物の恐ろしいところだが……どうやらこの個体は人慣れしていないらしい。
逃げることも体勢を立て直すこともしない。
「……ふんッ」
全体重をかけて弩弓の弦を張った俺は、再度太矢を発射する。
二度目の射撃を貫通気味に受けた鱗頭犬は、そのまま動かなくなった。
「おわり、かな?」
ひょこっと顔をのぞかせる十撫に、俺は頷く。
「鱗頭犬はいろんな迷宮で見かける、比較的弱い魔物だ。弱点は頭部との境目にある頸部と、前足の間にある心臓。目が悪いけど音と振動には敏感なので、遠距離戦で仕留めるのがベターだ」
「ふん、ふん。さすが、裕太、だね?」
大した知識でもないが、迷宮というものを初めて映像で見る視聴者にとってはうってつけの相手だったようにも思う。
迷宮に潜む魔物は、化物だ。
一般に目にする動植物とはまるで違う姿をしている。
「あたしの出番、なかったんですけど?」
「初挑戦の準探索者が張り切りすぎるんじゃないよ」
そう苦笑して、俺は【ゴプロ君】に視線を向ける。
「この二人は、研修中の準探索者です。実は、迷宮に訪れるのは今回が初めてなので、応援してあげてください」
軽口を叩きながら、軽く【ゴプロ君】に向かって笑う。
一応、海外の迷宮配信にも目を通しているので、どんなものかはわかっているが……なかなか慣れない。
配信である以上、ある程度のエンタメも交えていくものだとは、わかっているのだが。
「いきなり第二種禁止区域に突入とは思わなかったけどね!」
「悪かったよ」
そんなやりとりをしつつ、鱗頭犬の心臓部にナイフを刺し入れる。
さすがにちょっとグロいので、撮影もしないし姉妹にもやらせはしないが……探索者にとっては、これが主な仕事と言っても過言ではない。
そう、魔石の回収だ。
「これが、魔石です。きっと、研磨されたモノを見かけたという人もいるでしょう」
取り出した小指の先ほどの魔石をレンズに向けてみせる。
いびつな形をした赤い真珠とでも言うべきだろうか。
ほのかな光沢を放つこの結晶体が、魔石だ。
「それでは、進行再開。奥に進んでいきます。行こうか、二人とも」
「おっけー!」
「ん。りょ」
◆
「これが、迷宮の、入り口……!」
「なんだか、気味悪いわね」
崩れ落ちた工場のがれきにぽっかりと空いた空間を見て、十撫と亜希が緊張した様子を見せる。
これくらいでちょうどいい。
甘く見たり、調子にのったりすれば命にかかわることがあるから。
「中に入ろう。昼間なら灯りはいらないしね」
「こんなに暗いのに!?」
驚く亜希に、俺は軽く笑って返す。
「入ってみればわかるよ。ここからは魔物との遭遇もあるし、できれば積極的に狩っていきたい。二人にも手伝ってもらうぞ?」
「今度こそ、あたしの出番ね!」
「がんばり、ます……!」
もう少し怯むかと思ったが、二人とも気合十分なようだ。
俺達のような探索者が迷宮に入る理由はいくつかあるが、その中で最もポピュラーなものが、魔物討伐だ。
迷宮に魔物が増えすぎれば、溢れ出しや大規模な災害である大暴走に繋がりかねない。
それ故に、迷宮の魔物は定期的に間引いておく必要がある。
それに、魔物から採取される魔石はもとより、一部の素材は政府が適正価格で買い取りを行っており、俺達のメイン収入源と言っても過言ではない。
場合によっては、若いうちから多くの報酬を得ることだってできるこの職業は、ヒロイズムと一攫千金の夢を孕んだ、若者に人気の就職先でもあるのだ。
……資格の取得条件は、少し厳しいけど。
「右手沿いに進んでいって、通称『第三倉庫』と呼ばれている場所を目指す。行こう」
「了解!」
「了解、です」
新人二人を背後に庇いながら、俺は『放出工場跡迷宮』の中に足を踏み入れる。
「わ、なに、これ……!」
「どうなってんの!?」
驚くのも無理はない。
俺だって、初めて入ったときは驚いたものだ。
「工場の、中……みたい」
「正解だ、十撫。この迷宮はもとから廃墟化していた場所が迷宮化した影響で、内部が工場みたいになってるのさ」
切れたワイヤーがぶら下がる滑車、フックがついたクレーン、車輪が外れた台車。
どれもこれも錆びて朽ちてはいるが、内部の様相はまさに廃工場と言った風情だ。
きっと、通路と部屋で構成された迷宮らしい迷宮を想像していただろうから、驚きも大きいに違いない。
「でも、壊れた天井から光がさしてるから明るいわね」
「ああ、日が落ちる前に仕事を終わらせよう」
二人に頷いて、俺は進行方向を指で示した。
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