第29話 新メンバー
「よろしくお頼み申す」
「よろしくッス!」
夏の熱がアスファルトに陽炎を浮かび上がらせる頃、一週間前に採用した二人がオフィス兼社宅へと引っ越して来た。
「ようこそ、『ピルグリム』へ。歓迎するよ、二人とも」
社長として二人を玄関先で出迎えた俺は、さっそく新入社員をオフィスに案内する。
新入社員であっても新人ではないので、少しばかり緊張もするが。
ジェニファー・ウィルハウスは、アメリカ合衆国テキサス州出身の探索者で若干16歳という若さながら、その経験年数は五年と俺の二倍もある。
日本での準探索者資格試験は成人──18歳以上と決まっているため、まだ年齢的に準資格すら取得できないが……企業採用であれば米国の資格が有効になるので、問題はない。
『サンアントニオ異常重力迷宮』での彼女の活躍は世界中に広く知れ渡っており、魔物の等級に見立てて、〝Aランクダイバー〟等と呼ばれている凄腕である。
……何で日本にいるのかと、どうして『ピルグリム』に入社希望なのかは完全に不明だけど。
「どうされた? ボス。拙者の顔になにぞ在ろうか?」
「いいや。日本語上手だね?」
「日本のヒストリー・ドラマにて覚えたでござる」
納得した。
まぁ、意思疎通に問題がなければいい。
「きれいなオフィスっスねぇ」
「1階は応接フロア、2階はオフィスフロアになっていて、3階には会議室と各種実験室があります。4階から上が住居スペースですね」
「ボクの荷物、全部入るっスかね……?」
「特に連絡を受けていないので、おそらく大丈夫だと思いますよ。入らない場合は三階の倉庫スペースを一時的に利用していただいても大丈夫ですよ」
「あざーっす!」
この元気の塊みたいな女の子は、岸辺 正雀。
千人以上の応募者の中から選ばれた、まさに逸材である。
一見、ただの小柄な少女に見えなくもないが……彼女は、『忍者』だ。
冗談でもなんでもなく、本物の忍者。
内閣情報調査室内所属の忍者集団『鬼蕊』の末娘であるらしい彼女は、内閣総理大臣の推薦状を添えて採用試験に応募してきた。
藤一郎曰く、「総理大臣殿も必死ですな」とのことだったが……なにも、忖度で岸辺さんを採用したわけではない。
彼女は、迷宮の潜行に特化した訓練を施された『鬼蕊』ニューエイジであり、すでに結果を出しているエキスパートなのだ。
斥候ができるメンバーを探していた俺にとって、彼女以上に適任な人材がほかに見当たらなかったのである。
「ヘイ、主君」
斬新な呼びかけに、軽く後ろを振り向くと、ジェニファー・ウィルハウスが俺をじっと見ていた。
その顔は、少し困ったような表情だ。
「どうかしましたか? ウィルハウスさん」
「それでござる。配信の主君は、もっとフランク? だったであります」
「あ、ボクも思った。上役なんスから、敬語いらないッスよ?」
「そー、ケイゴ! いらぬでござる!」
二人に軽く苦笑して、さてどうしたものかと考える。
確かに企業としての俺は二人の上司に当たるわけだが、探索者としては後輩にあたる。
気が付けば、『ピルグリム』の社長なんてやっているが、俺はまだ探索者三年目の若輩なのだ。
「指揮系統をはっきりさせておくのは、基本ッスよ。ボクのことは、気軽に正雀と呼んでくださいっス」
「拙者もジェニファーでいい、ござる」
「……わかった。じゃあ、気兼ねなくいかせてもらうよ」
俺の返答ににこりと笑う二人。
亜希に軽く釘を刺されたが、確かにこれは『華やか』であるかもしれない。
金髪に青い瞳のジェニファーは、特に目立つ。
海外交流をしたこともあるにはあるが、彼女は頭一つ抜けて可愛らしい。
なるほど、海外の配信で人気が出るわけだ。納得しかない。
かと言って、岸辺さんがそれに見劣りするという訳でもなく。
黒く太いフレームの眼鏡をちょこんと乗せた姿にどこか安心するチャーミングさがあるし、こんがり日焼けした肌は活発な印象がある。
なんだか、インドアとアウトドア両方のアンバランスな魅力をミックスしたみたいだ。
ま、動画の映え的にはきっといい方向に作用するだろう。
「それじゃあ、二人の部屋は四階に準備してあるから。荷物を置いたら、三階のミーティングルームへ降りてきてもらえるかな」
「了解ッス!」
「承知!」
元気よく返事する二人をエレベーターに促して、俺は太刀守姉妹を呼び出すべくスマートフォンを取り出した。
◆
「あたし、亜希! よろしくね!」
「十撫、です。よろしく」
「我が名は、ジェニファー・ウィルハウス! 悪を断つ──」
「おっとジェニファー、そこまでだ」
どうやら彼女が日本語を勉強した教材は時代劇だけではないらしい。
まったく、油断も隙も無い。
「ボクは岸辺 正雀。よろしくっス!」
「正雀って珍しい名前ね?」
「うちの一族は、男でも女でもない名前を好むんスよ。子供の頃はちょっと気になってたッスけど、いまはあんまり気にならないっスね」
「しょうじゃくだからー……じゃくちゃん? しょうちゃん?」
首を左右にふらふらと傾げながら、亜希が小さく唸る。
「決めた、しょうちゃんね!」
「ボクっスか?」
「うん! そっちのが可愛いじゃない?」
あっけらかんとした亜希の様子に、正雀が小さく噴き出す。
ずいぶん厳しい家で育ったと聞いたから、面食らったのかもしれない。
「ずるい、拙者も!」
「ジェニファーだから、そこはジェニーでいいんじゃないか?」
俺の提案に、ジェニファーがにこりと笑う。
なかなかの破壊力の高さ。直視すれば鼻の下が伸びそうなので、そっと目を逸らす。
「さて、次からはこの五人で迷宮探索に挑戦するわけだが……連携の確認やギアの決定も兼ねて、軽めの所に行こうと思う」
「配信は、どう、する?」
「一応、撮影自体はしておこう。あとで見直してギアやツールの選択に役立つかもしれないし、編集すれば新メンバーのお披露目動画として軽く宣伝はできるかもしれない」
「ん。わかった」
うなずく十撫に俺もうなずきを返して、テーブルに視線を戻す。
いくつかの迷宮の資料を並べてあるが、なかなか選ぶのは難しい。
特に、今回は初の五人体制だ。
……ここは、新人の意見も聞いてみるか。
「正雀、何か提案があれば」
「そうっスねぇ。じゃあ、ちょっとだけ」
そう言って、彼女がつまみ上げたのは意外な迷宮の資料だった。
「軽め、とはちょっと離れるかもっスけど……ここに挑むのは、どうっスかね?」
「その心は?」
「ボクと、ジェニーのデビュー戦を華々しく見せる高難易度潜行。目標はフロア8深部──『アウターグリッチ』っス」
眼鏡の奥で、正雀の目が挑戦的に輝いた。
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