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第22話 獣の本能

「アッア!?」


 驚きの鳴き声とともに、俺を振り払おうとする猿頭の鹿。

 その勢いを利用してマチェットを引き抜きながら、俺は化物の死角──亜希の側へと着地する。


「ゆ、裕太……?」

「亜希、じっとしてろよ? ()()()だ」


 一声かけて、石畳に転がったままのバトルアクスを拾い上げる。

 デカブツとやり合うなら、こっちの方がいい。


「アッアッアッ!」

「そう言うなよ。悪かったって……」


 バトルアクスを肩に担ぎ上げて、俺は苦笑する。

 そんな風に文句を言ったって、今お前が食おうとしていたのは俺の大切な仲間なんだ。

 勝手に口に入れられては困る。


「代わりに、俺がお前を……喰ってやるからさ」


 小さく溜めを作って、強く跳ぶ。

 そんな俺に、猿頭の鹿は反応できなかった。


「アッアーーー!」


 俺が袈裟懸けに振るったバトルアクスが、猿頭にめり込む。

 手に伝わる感触が小気味よくて……俺は、そのまま力づく、思いっきり引き裂くようにして振り抜いてしまった。


「アアアアアアアアアアアッ!!??」


 悲鳴なのか何なのかわからない叫び声を上げて、血を吹きだしながら猿頭の鹿がゆっくりと後退る。

 少しばかり力が余ってしまって、すっかり頸部までを引き裂いてしまった。


 それにしたって、なんて素晴らしい。

 あんなに圧倒的で、余裕綽々で、俺達をナメきっていたこの化物が、いまや恐怖に後退りながら、血を流している。

 その佇まいはまるで最高のレストランにいるかのような期待を俺にもたらすし、恐怖に濁った眼と滴る血は最高の調味料(スパイス)だ。

 いい。とてもいい。……なんて、なんて美味しそうなんだろう。


「……裕太?」

「裕太、さん?」

「少し待っててくれ。二人とも。俺は、ひどく──腹が減っている」


 担ぎ上げたバトルアクスを、力任せに投擲する。

 風切り音と、着弾を報せる鈍い悲鳴はほぼ同時だった。


「アアアアアッアッ!!」


 やぶれかぶれと言った風情の巨鹿が、俺を押しつぶすべく短く突進してその角を振り下ろす。

 それが、どうにも緩慢で冗長な攻撃に見えてしまった俺は、ほんの半身ほど身体を引いて角を避けた。

 そうするとどうしたって目に入ってしまう。


 まるで斬首を待っているかのような、剥き出しの頸部が。

 そして、頭部に突き刺さったままのバトルアクスも。

 ここまでお膳立てされては、もう耐えられなかった。


「──アッ」


 短い鳴き声と共に、猿顔の頭部がごろりと地面に転がる。

 巨躯は立ったまましばし血を吹きだし続け……やがて静かに倒れた。


「……」


 黙ったまま、俺は食事を楽しむ。

 空腹感が満たされて、飢餓と渇望が薄れていく。

 かわりに、奇妙な満足感が俺の中をじわりと満たしていった。


「おわった、の? 裕太? ねぇ、裕太!? 無事?」


 駆け寄ってきた亜希が、俺の手を取る。

 それにはっとして、俺は小さくうなずいた。


「あ、ああ。問題ない。問題ないけど、どうもよくない」

「どうしたの? どこか痛い?」

「いや、そうじゃないけど。うん、大丈夫だ」


 言葉を濁しつつ、脳を揺さぶる獣じみた欲求に何とか蓋をする。

 何だって、亜希からこんなメスの匂いがするんだ?


 待て待て、何だメスって。

 ちょっとエグめのエロ本以外では聞かない表現だぞ。

 しっかりしろ、俺。


「周辺、クリア、です。ごめん、裕太さん。なんか、すご過ぎて、手出し、できなかった」

「いいんだ。君の判断はきっと正しい」


 迷宮(ダンジョン)適応が発動している時の俺は、少しばかりおかしい。

 今も、その残渣が身体の奥でくすぶっていて、正常と言えるか些か怪しいくらいだ。


「俺のことより、二人とも大丈夫か?」

「わたしは、大丈夫」

「あたしも、だけど……ちょっと、かっこ悪かったね」


 照れたように誤魔化し笑いをする亜希を、軽くハグする。


「まだ二回目の潜行(ダイブ)だろ? 君はまだ、初心者なんだ。失敗したんじゃない、経験したと思ってくれ」

「うん。……うん! あたし、頑張るね。絶対、強くなるから」

「もう十分に強いさ」


 探索者(ダイバー)の仕事は命懸けだ。

 時にこうした理不尽とも言える脅威に、ひざを折ることもある。

 それでも、こうして立ち上がって「頑張る」だなんて言えるなんて。

 亜希は、強い。


 しかし、ハグしたのは失敗だった。

 どうにも俺の迷宮(ダンジョン)適応は獣性と関係があるのか、少しばかり感覚が原始的になりがちだ。

 食欲、睡眠欲──性欲。

 三大欲求に、あからさまに正直になりすぎる。

 魔物(モンスター)から感じるものとは別な〝いい匂い〟が亜紀からして、非常によくない。


「む……? 裕太さん……」

「十撫、そこまで。カンが良すぎるのもよくないな」


 俺の制止に、十撫がにこりと笑う。

 ああ、あまりいい笑顔ではない。これは何か後で要求される系の笑い方だ。


「なんだか今日は裕太に抱きしめられてばっかりね?」

「亜希もそう言うこと言わない。さぁ、魔石を回収したらこいつを【袋】に入れて進もう」


 帰るにしたって進まねばならないのが、この『飯森神宮迷宮(ダンジョン)』のルールだ。

 特別通報(トクツー)事案である以上、ある程度は急ぐ必要もある。


 心の底では名残惜しいと感じつつも亜希から離れた俺は、魔物(モンスター)回収用の魔法道具(アーティファクト)を取り出して、十撫に手渡す。

 高価なツールではあるが、特別通報(トクツー)のためにはこいつを丸ごと持って行く必要があるので仕方あるまい。


「【袋】展開、おけ。回収完了、です」

「ああ、ありがとう。それじゃあ、進行再開」


 少しばかりの疲労を感じつつ、再び俺達は参拝路を進み始めた。


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