第20話 ルール無視
ぞわりとする気配が、背中を這い上がってくる。
不安と恐怖が入り混じったそれは、近づく足音と共に強くなり……それが俺達の隠れる社殿の前で止まったときに、最高潮となった。
「……!」
「……ッ」
「……」
緊張で身を固くする姉妹の肩を、軽く抱き寄せる。
俺にしたって、思わず声を出して叫び出したくなるほどの気配。
初心者である二人にとっては、かなり辛いはず。
「──……~…─」
何かをささやく声が聞こえる。
耳にしていい類いのものかどうかはわからないが、今のところ異常はない。
ただ、それが何かを問いかけるようなトーンなのが俺の緊張をひどく強めた。
「──~~……?」
言葉を発する魔物?
そんなの聞いたことが無い。
ただ、これが鳴き声や唸り声の類いでないことも確かだった。
確認するべきかどうか、迷ったが……そうこうする内に、気配と足音が遠ざかっていく。
それに安堵の息を吐きだしながら、両隣の姉妹に声をかけた。
「大丈夫か?」
「あたしは、なんとか」
「わたしも、ぎりぎり、だけど」
青い顔をする二人に小さくうなずいて、俺は社殿の影から参拝路をそっと確認する。
魔物の姿はないが、薄い霧が参拝路に立ち込めていた。
まるで、あの危険な何某の足跡のように。
「クリア。もう出てきていいぞ」
「ん。気配も、感じない」
十撫がそう頷いて、社殿の影から出てくる。
亜希はというと、まだ座り込んだままだ。
「ごめん、ちょっと手……貸してもらっていい? 腰、抜けちゃったみたい」
照れと申し訳なさを半々にしたような顔で、亜希が俺を見上げる。
こう言っては失礼千万だが、彼女がまだ十代の女の子だということを忘れていた。
そりゃ、あんなモノの気配に中てられれば足もすくむ。
「仕方ないさ。俺も、かなりキツかったし」
プロテクターと武装で総重量が大変なことになっている亜希を、抱きかかえるようにして支える。
「わ、ちょっ……」
「目を閉じて。俺に抱きついてていいから深呼吸を」
「う、うん」
しずしずと俺の背に腕を回して、深呼吸を始める亜希。
心因性の腰抜けは、ショックで交感神経が高まりすぎた結果起きる体幹筋群の脱力だ。
立ち上がって血流を促進させ、深呼吸で副交感神経を高めてやれば治ることが多い。
「情けない……ゴメンね、裕太」
「気にしないでいいさ。頼れるところでは頼ってくれ」
苦笑しながら、亜希の背中をぽんぽんと叩く。
やがて、亜希はゆっくりと自分で俺から離れた。
「大丈夫そう。ありがとね、裕太」
「どういたしまして」
「わたしも、腰を、抜かした方が、よかった……!」
勘弁してくれ。
フルでプロテクターをつけている亜希に比べて、十撫はボディスーツ部分がまだ多い。
俺の自制心とかが壊れてしまったらどうする。
ただでさえ、出発前にからかわれたことで少し意識してしまっているというのに。
「それにしても、さっきの何だったんだろ?」
「えっと、鹿? みたいな魔物だった」
「見たのか? 十撫?」
「見たんじゃなくて、見えた。わたしの、迷宮適応、みたい」
姉の亜希に負けず劣らず、十撫の迷宮適応能力もかなり強いらしい。
鋭敏感覚に気配察知、それに周囲視認の複合能力。
十撫が迷宮探索において非常に有用な能力を持った人材であることは間違いない。
まさかと思うが、藤一郎の奴……これを見越していたんじゃないだろうな。
なんて言うか、あいつの『人を見る目』はどこか妖怪じみてるんだよな……。
「あいつ、引き返してこないかな?」
「おそらく大丈夫だ。この参拝路は一方通行だからな」
これも、この『飯森神宮迷宮』の特徴だ。
一度参拝路に入ってしまえば、引き返すことはできない。
逆走することはすなわちルートの変更となるわけで、そうなれば『本殿参拝コース』に入ってしまうことになる。
魔物にしたって同じで、縄張りのコースから出ることはない。
それが、この迷宮のルールである。
「それにしても、鹿か……。奈良の方ではよく見ると聞くけど」
「修学旅行で行ったかも。ね、十撫!」
「ん。可愛かった。でも、さっきのは全然……可愛く、ない」
「どんなのだったんだ?」
俺の質問に、十撫が浮遊する【ゴプロ君】を指さす。
「わたしの、説明より、見たほうが、確実。帰ったら、見よう」
「撮影してたの!? 十撫、あんたって怖いもの知らずねぇ……」
「知らないことの方が、怖い」
十撫の言う事にも一理ある。
この危険が蔓延する迷宮という世界で、情報は重要な武器でもある。
「とりあえず、また特別通報案件だな……」
「そうなの?」
「ああ。ここには俺も何度か潜ってるし、探索者にとっては──」
言葉を切って、振り返る。
そこには、意味の分からないものが静かに立っていた。
音も気配もなく、最初からそこに在ったかのように。
「戦闘準備──!」
俺の声に反応して、亜希が背中のバトルアクスを構える。
十撫は一歩下がって、左手のスリングショットを引き絞り……俺は腰のマチェットを抜き放った。
「十撫、気配は?」
「わかんない、今も……しない。でも──」
十撫が、声を震わせて言葉を続ける。
その声には、恐怖がこもっていた。
「これ、さっきのヤツ、です」
十撫の言葉が理解できたかのように、猿顔をした奇妙な鹿がニヤリと顔を歪めた。
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