第16話 元バディ
「迷宮適応しないで、これまで戦ってたって事?」
「そんなの、大丈夫、なの?」
「わからない」
迷宮に入れば、多少身体が軽くなる……程度の能力だと思っていたのだ。
それが、俺の迷宮適応とだとばかり、信じていた。
しかし、今回のそれはまったくもって異質だった。
あれが再現可能な能力なのかを確かめるために、また迷宮に行く必要がある。
あの力が本当に俺の迷宮適応なのか確かめなくては、潜行計画に組み込むことはできない。
さらに、配信事業も進めなくてはならない。
二人のおかげで一回目は大成功したが、早いうちに二回目、三回目と公開をして『ピルグリム』が先行者であるというイメージを付けることができれば、収益だって伸びるはずだ。
そのためには、やはり人員がいる。
公認探索者が俺一人というのも、戦力的には少し不安だ。
せめて、あと一人……俺に何かがあったときに姉妹をフォローできる人材が必要となる。
「ちょっと、裕太。裕太ってば!」
「また、考え事に、没頭、し過ぎだよ」
姉妹に揺さぶられて、はっとする。
よくない、よくない。
俺というヤツは昔から、考え事をし始めると周りが見えなくなるきらいがあるのだ。
気を付けなくては。
「おっと、ごめん。やっぱ、社長向いてないのかなぁ、俺。いろいろ、考えることが多すぎるよ」
「もう、その為にあたし達がいるんでしょ」
亜希が、俺の背中をポンと叩いて笑う。
その明るさが、やけに頼もしくて俺は深くうなずいた。
「そうだな。迷宮適応については、次回迷宮に行った時に考えるとするよ」
「あたしも達も一緒ね。あたしの怪力っぽいやつもちゃんと使えるか試さないとだし」
「ん。わたしは、二人みたいな、感覚ないから……ちょっと、不安」
二人に頷いて、俺は次なる話題を切り出す。
「ああ、それと……藤一郎に聞いたかもしれないけど、『ピルグリム』の求人を出した。探索者若干名と、各種事務要員だ」
「事務? あたしの得意分野なんだけど? 書類に不備でもあった?」
「いや、とてもよかったよ。だけど、君達の仕事は探索者……それと、俺の秘書だろ? 負担が大きすぎる」
かく言う俺も御手杵ゼミにいた時は何足もわらじを履いて、色々大変だった。
それも経験だろうと思ってやっていたが、ここは会社だ。
いくら二人が優秀だとしても、仕事の分担は考えていかなくてはならない。
「迷宮に潜るって言うのは、俺達探索者にとっても負担が大きいんだ。身体、怠くなかったか?」
「そういえば、昨日はちょっと、だるかった、かも? どうして?」
十撫が小さく首を傾げる。
かわいい仕草に癒されながらも、俺は説明を続ける。
「特定異常構造体──迷宮って呼ばれてるあの空間はさ、入った瞬間に俺達を迷宮に適応させるけど、逆に現実世界から遠ざかるんだ」
「えっと、どういうこと?」
「これはアメリカのミスカトニック大学にある迷宮研究チームが発表した話なんだけど、俺達は迷宮に入った瞬間……別な存在に置き換わる。一瞬でだ」
俺の言葉に、姉妹がごくりと喉を鳴らす。
まあ、内容的に少しばかりショッキングかもしれないな。
「それで迷宮から出た時に、再び『人間』に戻るわけだが、完全に戻り切るまでに、少し時間がかかるんだ。通称、『帰還酔い』ってやつだな」
「じゃあ、昨日体が怠かったのって……」
「ああ、おそらく『帰還酔い』だろう。んでもって、この症状は深く潜れば深く潜るほど、迷宮に長くいればいるほどに、長期化することもわかっている」
姉妹が苦虫を噛み潰したような顔をする。
気持ちはわからないでもない。
俺だって。『帰還酔い』は好きじゃないしな。
「だから、もっとスタッフが必要なんだ。俺達が万全な体制でいるためにもね」
「確かに、昨日はテンションに任せてばーっとやっちゃったけど……結構しんどかったもんね」
「言われて、みれば。迷宮、侮り、がたし……!」
「今後のことを考えると、やっぱりもう少し人がいる。健全な会社経営のためにも安全確保のためにもね」
『放出工場跡迷宮』のことを思い出したのか、姉妹が真剣な顔で何度もうなずく。
そんな中、俺のスマートフォンが小さく振動した。
「ん? 電話だ……」
「明智のおじさん?」
「いや、大学の友人から。悪い、ちょっと出てくる」
姉妹にそう告げて席を立ち、少し離れた位置で通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『相沢君?』
「ああ。なんだか久しぶりな気持ちだ」
電話の主は、潮音さんだった。
メッセージは何度かやり取りしていたが、こうして声を聞くのは久しぶりかもしれない。
『配信動画、見ました』
「ありがとう。悪いな、守秘義務があって何も言えなかったんだ」
『それはいいんです。それより、相沢君はもう大学に戻るつもりはないんですか?』
潮音さんの直球な物言いに、俺は電話口で少しばかり言葉に詰まる。
考えることを後回しにしていた問題で、自分の中でもまだ決着がついていない。
それに『戻る』と言っても、戻る場所などないのが現状だ。
「まだ、わからないな。だけど、学生課には他学部への転部を促されているし、少なくとも『御手杵ゼミ』に戻ることはないかな」
『冤罪なのでしょう?』
「もちろん。でも、それを証明する手も俺にはないしね」
『そんな……!』
丸樹か、御手杵教授か、あるいは両者ともか。
いずれにせよ、あのゼミには俺を嵌めて追い出したいヤツがいて、大学はそれを信じきってしまっている。
はっきり言って、一学生の俺には手詰まりだし……正直なところ、今はもうどうでもいいとすら思っている。
そんな俺を見透かすかのように、潮音さんが言葉を続けた。
『わたくしは、戻ってきてほしいと思っています』
「俺だって、戻りたいと言えば戻りたいさ。君とバディを組んで潜行するのは、とても楽しかったからね」
まだ十数日ほどしかたっていないというのに、なんだか懐かしい気分ですらある。
そのくらい、環境が変わったという事なんだろうけど。
『……わたくしが、何とかします』
「え?」
『そうしたら、戻ってくれますか?』
「何とか……って、どうするつもりなんだ?」
『犯人を引きずり出して、証拠を見つけます』
どこか決意じみたものを感じる潮音さんの声に、少しばかりたじろぐ。
元バディとして俺のことを評価してくれるのはありがたいが、あんまりこの件に首を突っ込むのは彼女のためにはなるまい。
「潮音さん、俺のことは俺が解決するから、無茶はよしてくれ」
『それではあなたの名誉が積み上げてきたものが、踏みにじられたままじゃないですか! わたくしは、絶対に諦めませんから!』
それだけ告げて、電話は切れてしまった。
俺は目を白黒させながら、スマートフォンをポケットにしまい込む。
それを見るや、亜希が駆け寄ってきた。
「何だったの? 電話」
「いや、元バディの友人がちょっとな。大学のいざこざ関係だよ」
「大学生も大変なのね」
亜希の言葉に苦笑しつつ、俺は十撫の待つテーブルへと亜希と二人で戻るのであった。




