呪いを解く方法
国王と王太子が揃って訪れたとき、魔術師は体の動きを一切封じられながらもブツブツと思案めいていた。
魔術、引いては呪いという得体のしれない術を扱う輩だ。下手をすればどんな奇怪なことをしでかすかわからない。警戒を厳重にしながら、怒りも恐怖も抱えながら、しかし慎重に二人は歩みを進めた。
当の魔術師はこの国の最高権力者の二人が来たことにも、足音が近づいていることにも気づいた素振りはない。ただブツブツと呟き、時折閃き、訝しみ、落ちこむ百面相を形成し続けている。
室内の床一面にはびっしりと爪で削られたであろう奇怪な文字や紋様が描かれているところから、気味の悪さを覚える。しかし二人は臆面さを隠す。
「娘は、死にかけている」
ピクリと、僅かながらの反応を示して二人のほうへ振り向いた。なにかを話そうという気はないらしい。億劫さを多分に含んでいながら、先を促すような不貞不貞しい態度だ。
「脈と心の臓が弱くなっている。汗もあまりかかなくなった」
「・・・・・・・・・・体温は??? 息遣いは?」
敬意などどこにもない魔術師に、国王は歯軋りをする。この短い期間で悟ったとはいえ、魔術師はこちらの思惑なんてどうでもいい。ただ自分が興味を持ったことにしか感心を示さないような無礼者で、この事態を引き起こした一人だというのにそんな認識が欠片ほどもない。
だが、どんなに許せなくとも腹立たしくとも、今はそんな存在が唯一の手がかりなのだから、耐えるしかないのだ。
「騎士団長のほうはどうなっておる?」
「あちらは傷を負ったせいで衰弱しているが、概ね同じ状態だ」
それからいくつか、こちらが手にしている情報を伝えるとなにか思案している表情になって、いくつか質問を返すということを繰り返す。その果てに、魔術師は奇っ怪なことを尋ねてきた。
「痣はどうじゃ」
「うん?」
「痣じゃ。黒い痣。体のどこかにあるとおもうんじゃが」
「それは・・・・・・・・・・聞いてはおらぬが」
「その痣がなんだというんだ」
王太子が責めるように聞くと、魔術師は不気味という形容が似合う、ニタァ・・・・・・・・・・・という具合に笑った。
「ひひ。きひひひひ。そうか。やはりな。失敗しておらなんだか」
不気味な笑い声が、室内で暗く反響する。遂に二人は堪らなくなった。
「やはり、お前がシャルロットに呪いをかけたのか」
「たわけい。このようななりで、道具も材料もなくては呪いどころか魔術一つもまともにできるものではないわ。伝染ったのよ」
「なに?」
魔術師はそれから得意げに語った。シャルロットの呪いは、オーランに依頼されて呪われ騎士に新たに罹けたはずの死の呪いがもたらす現象と同じであると。
本来、死の呪いがかけられた本人から他者に伝染するという仕組みはない。だが、既にエリクが呪いを帯びていたこと、そしてある行為によって偶発的におこってしまったのだと。
「わしの仮説が正しいのであればじゃがな。まぁ本来想定していなかった事故のようなものじゃわい」
そんなことがあり得るのかと王太子と国王は互いに目を見合わせるが、生憎と二人とも魔術の知識など皆無であるためわかるはずもない。
「ひひ。まさかこんなことが起こりうるとはのう。経験とは何物にも代えられぬ宝じゃわ。ひひ」
ただ一つ。たしかなことはこの不快極まりない魔術師のみがシャルロットの命運を握っているということだ。
「そうか。つまりお主にとっても非常に興味深い事態だということか」
「そういうことになるのう。長生きをしてみるもんじゃわ。できればどのような症状を引き起こしているか研究してみたいものじゃ。今後のためにもの」
「それは残念だ」
「ふむ?」
「そなたはそれを見届けることはできぬ。国家転覆、王族暗殺、その他の罪で裁かれるのだからな」
命がないと言外に漏らしながらも、しかし欠片ほども命乞いをする気配も助かりたいという執着は見受けられない。推し量ることができず、困惑と憤怒の狭間に揺れながら、二人は罪と刑罰について魔術師に語り続ける。
「そうか。そうかそうか。それは残念無念じゃ。今回のことを教訓に新しい魔術や呪いもおもいついたというのに。例えば――――」
「呪われ騎士と王女の呪いを解く方法にも思い至ったというのに」
「「!」」
「残念。残念じゃ。まっこと」
「あるのか? その方法が」
「勿論じゃろう。呪いとはかける方法と解く方法を一つにして考えるものじゃ」
光明が垣間見えた。二人は喜色ばみそうになりながらも逸りかける己を抑え再び魔術師に臨もうとした。
「ああ、しかし残念じゃ。真に残念。その方法を教えることもなく、わしは命を落とすのじゃからのう」
馬鹿にするような含み笑いをする魔術師に、神経が苛立つのを感じた。だが、二人はすぐに悟った。どうして魔術師が命乞いをしなかったのか。シャルロットを救う方法を求めている二人の思惑などお見通しだったのだ。
「取引だ」
「うむ?」
「呪いの解き方を教えよ。さすれば命は助けよう」
笑いが、勝利を確信した者特有の驕りと嘲りを含んんだそれへと高く上げられていく。国王と王太子は、為政者だ。国のため、秩序のため、国民のため、ときには厳しい処断を造作もないほど冷淡に命ずることがあるし、無礼でこちらに不利益をもたらす輩には厳しい態度で接するのが常。
「よいのか? 魔術師を謀ればそれ相応の報いを受けようぞ? あのオーヴェンヒルムのようにな」
「なんだったら書面にして証を残してもよい」
「それに、お主が望むことはなんでもくれてやろう」
だが、それはただ一つだけを除いての話だ。
「だからお主も覚悟せよ」
「うむ?」
「もしも嘘偽りを申せば、許さぬ」
「シャルロットを救えなかったならば、お前は死よりも辛く惨たらしい目にあわせてくれる」
たった一人の娘、ないしは妹を助けるためならば、二人はなんでもできるのだ。
「ふむ。よかろう。では取引に応じようかの。お主等の大切な王女を救う方法。それは――――――――」
言葉が、途切れた。焦れったくなりながら、二人は早くと心の中で願いつつ、固唾を飲んで待ちわび、
「接吻じゃ」
「「・・・・・・・・・・・・・・は?」」
そして、拍子抜けをした。
「じゃから、接吻じゃ接吻。口づけ。キス。口と口をくっつける行為」
次いでずっこけそうになった。ポカンと間抜け面を晒すことしかできない。
「・・・・・・・・・・ふざけておるのか?」
「なにをいう。大真面目じゃ」
「何故、そんな方法なのだ?」
一足先に我を取り戻した王太子は、欠陥が浮いているこめかみに手を当てながら、馬鹿にしているのかという内心の怒りを隠しながら問うた。
「面白いじゃろう?」
「・・・・・・・・・・・他に方法はないのか?」
「ないの」
あっけらかんと言い放つ魔術師に対して、二人はそろそろ限界を迎えつつあった。物語やお伽噺になら、よくありがちな方法だ。だが、自分達が生きている現実で、どうしてそんな創作上にある方法をとらせようというのか、理解ができなかった。
「しかし、ただの接吻ではないぞ。愛しあうもの同士の接吻じゃ」
しかも、付け加えられた内容がもっと理解できなかった。いよいよ馬鹿にしているのかとおもった。
「絶対に叶わぬ方法だからじゃ」
「なに?」
「どういうことだ?」
「考えてもみよ。醜い化け物を心より愛する女などこの世にいかほどある? 死を迎えるしかない哀れな弱い女を憐れみこそすれ愛せる男などどこにおる?」
そこで、冷たい水を浴びせられたように頭が急激に平静さを取り戻していく。成程、愛しあうという条件というのはたしかに難しいと。
例え呪いをかけられた者を愛せる者がいたとしても、それは一生の間に巡り会あえるのだろうか。いや、かけられた対象者もその相手を愛していなければいけないのだから。
「おそらくは世に出回っているお伽噺の魔女だの呪いだのの描かれ方は我ら魔術師がまだ当たり前の時代にいた頃の風聞、もしくは口伝による影響じゃ郎。じゃからあながち間違いというわけではない。呪いは必ず意趣返し、皮肉をこめた解き方をするものじゃからな」
「他に方法は?」
「ない、の。もし新しい方法を思いついたとしても、その前に王女は死んでいるであろうよ」
「そうか・・・・・・・・・・・間違いないのだな? その方法で」
「うむ」
「たしか・・・・・・・だな?」
何度も何度も念押しされて、魔術師のほうが今度は辟易してきた。しかし、国王と王太子は念押しをするたびに、笑みを強めていく。
「なんだ、簡単じゃないか」
「うむ?」
「感謝する」
二人は揃って、魔術師を残して足早に去っていく。二人の胸中で考えていることは同じだった。
なんだ簡単じゃん、と。
そのまま二人は護衛、部下を置いてけぼりにしてしまいそうなほどの歩速でシャルロットの元へと赴く。その様相はまるで相手より先んじようとする気配だった。
「息子よ。なにかあってはいけぬから余がやろう」
「いえ、私がやりましょう。父上はもう年齢があれなので」
「まだ若いそなたには荷が重い! 余でなければならぬ! 余はこの国を統べる王としての責務がある!」
「いえ! 是非私に! 父上にはまだやらなければならないことがあるでしょう!」
「いや父である余が!」
「兄である私が!」
「シャルロットに接吻するのは余じゃ!」
「いいえ私です!」
二人は、妙に自信があったのだ。
シャルロットを家族としてだが大切に愛しているのは自分だと。
「シャルロットの唇をもらうのは――――――いえ救うのは私です! 私達はたった二人の兄妹! 愛しあっていないわけがない!」
「いいや! 父の愛に勝るものなどないのだ!」
シャルロットを大切におもっているからこそ、救いたいからこそなのだが激しく諍い、相手より先んじるため押して押されて足を引っかけて、と傍から見れば醜いとしか映らない様相を呈しだした。
「「シャルロットオオオオオオオオオオオ!!」」
やがて二人は、ほぼ同時にシャルロットの私室へと辿りついた。
そんな二人の目に飛びこんだのは、信じられない光景だった。
「今のお言葉は真ですの!?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」」
シャルロットが起き上がっていた。
「ちょ、ちょっとシャル! お、落ち着いてくれどうして急に起き上がったりなんか!? 体は大丈夫なのか!?」
「そ、それはわたくしもわかりませんが、エリク様のお言葉を聞いた瞬間全部の苦しみがどこかへ・・・・・・・・・・ってそのようなことよりも!」
のみならず、元気にエリクに飛びかかり抱きつき、馬乗りになった。
「今! 今おっしゃったのは真ですの!? わ、わたくしのことを、あい、あい・・・・・・・・・・・!」
「そ、それは・・・・・・・・・・」
死にかけていたとは到底信じられないほど血色の良い肌つやで元気に叫び、大いに跳びはね、エリクに迫っている。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「い、いや。それは、そんなことよりもシャルロットに罹っている呪いが」
「そのようなことよりも! わたくしには大切なことなのですわ!」
鳩が豆鉄砲を喰らったのと同じく、驚倒しすぎて声を失っている国王と王太子。そんな二人を置いたままにシャルロットとエリクのやりとりはまだ続いている。
「わ、わたくし、エリク様のことを諦めなければいけないと・・・・・・・心から愛しているエレオノーラ様と、幸せになっていただきたいと・・・・・・・」
「!? あ、諦める!? エレオノーラ!?」
「はい、会われたのでしょう!?」
「ど、どうしてそれを・・・・・・・・・・!」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
「まさか、来たばかりの頃とこの頃の態度が変わったのはそれが原因か!?」
一体なにがあったのか。どうしてエリクの姿も元に戻っているのか。いや、こいつらは自分達が来るまでの間になにをしていたのか。まだ二人には考えることができない。
「え、エレオノーラとはたしかに愛しあっていた。だが、今は違う・・・・・・」
「っ! で、では、やっぱり先程のは・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当だ」
「~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「愛している、シャル・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あ、ああ・・・・・・・・・・・! わたくしもです、エリク様!!」
「「!!!!」」
二人の目の前で、ぶっちゅ~~~~としているシャルロットとエリクを見て、ようやく二人は悟った。
一体なにがあったのか。どうしてエリクは人の姿に戻っているのか。どうしてシャルロットが元気を取り戻し目覚めたのか。
「愛しております、エリク様!!」
このような熱烈なキスを、二人はさっきもしたのだと。
「お、おいシャル! んむ!?」
「エリク様エリク様エリク様エリク様~~~~~!」
人目も憚ろうという気は、絶無なのだろう。ちゅっちゅちゅっちゅとまるで軽い挨拶のようにキスをするエリク達に、二人は我を取り戻す。
頭の中の血管すべてがブチ切れるのではないかというほどの怒りが沸上がるのを感じつつ。
「「処刑」」
と、口を揃えて言ったのだ。




