残された者達
「ご苦労であった・・・・・・・・・・あとはもう下がっても良い」
「・・・・・・・・・・」
「エリク・ディアンヌ。聞こえなかったのか?」
下がる態勢すらみせようとしないエリクに国王が、次いで王太子が目を向ける。
「なにか・・・・・・・・・・自分になにかできることはないでしょうか?」
硬く握りしめた拳を悟られないように、努めて。努めて平静で申し出たエリクに二人は揃って目を丸くした。
「現在、私は手が空いております。お望みであれば、魔術師への尋問を私が行えばお二人のお助けにならないかと」
「殊勝なことじゃな・・・・・・・・・・」
しょぼくれた眼孔を形作り、憔悴した国王はまたひどく疲れた表情に戻して小さく笑った。
「そなたに任せられることは、もうない。あとは余と息子でやろう。魔術師への聴取も含めてな」
「しかし――――」
尚も言い募ろうとしたエリクを、国王は手を弱々しく振って制した。ぐっと黙りこむしかなくなったエリクはまっすぐこちらを見つめる国王の瞳と自身のとを交錯させた。
深く、幾重にも刻まれた皺の中に苦悩塗れた残滓を感じとる。あるかなきなの黒目に混じっている絶望と諦観の色。まるで今の自分であると錯覚してしまったエリクはおもわず目を伏せた。
「・・・・・・・・・・余を愚かとおもうか?」
「・・・・・・決してそのようなことは」
「そうですよ父上。なにゆえ父上がそのような」
「いや。すべては余の不徳の致すところからはじまったのじゃ。余が妻を見初め、結ばれたことから端を発しておる。愛を誓ったはずの妻を助けることもできず、今また娘を己の不甲斐なさから失おうとしておる。助けることもできずにな。だというのに、なにも解決策を見いだすことができぬ無力な男よ」
「父上・・・・・・・・・・」
「そのような、ことは・・・・・・・・・・決してっ」
「愛とは・・・・・・・・・・呪いと同じじゃな」
最国王がポツリと漏らした一言に、エリクは身を震わせた。まるでこちらの心境を見透かされたように鋭くエリクの胸に突き刺さった。
「下がって良い」
にこりと弱々しく微笑みかけられ、今度こそ下がるしかなくなった。くるりと翻った背中はひどく小さく、細く見えて仕方がなかった。
「やぁやぁ! ここにいたのかエリクよ!」
国王と王太子と別れてすぐに、人目と場所を憚らない大声に呼びかけられて足を止めた。白を基調とした親衛隊の制服に身を包み、上機嫌なエドモンだった。
「なんだ? どうかしたのか?」
「いや。特に用はないが君を見つけたのでな。うん」
すぐ近くまで来たとおもったら、途端にモジモジとしだした。かとおもえば聞いていないことを明るい調子で話し出す。エリクのおかげで親衛隊に戻ることができたとか、オーランの一団と戦っているとき相手の剣が髪の毛を掠めたとかそういうどうでもいい類いのことをだ。
「おい、エリク。お前いつの間にこいつと仲良くなったんだ?」
後から合流してきたアランが呆れた眼差しでエドモンを見つめている。彼にとってはエドモンはろくでもない奴で関わりたくない男という印象しかもっておらず、修道院で会って彼の屋敷に赴いたことも知らされていない。とりわけ、エドモンがエリクト友達になりたがっているなんていう事情も把握していないのだ。
そんな二人が気安く話している光景が不思議で仕方がないのだ。
「仲良く・・・・・・・・・・はなっていない。別に」
「え、友達になってくれたんじゃないのか!?」
余計にどういうことだ? と聞きたげな気配を濃くしたアランに、そしてショックを受けたエドモンを前に、激しい溜息を零した。
「しかし、お前は誰だ? どうしてエリクを呼び捨てにしている?」
「俺はエリク・ディアンヌの副官で、同期でもある」
「ほぉ? ただの部下でしかないわけか。なら、先に帰っていいぞ。エリクと私はまだ、二人きりで、話さなければいけないことがあるんだ」
ムカッときたのだろう。今にもアランは舌打ちをしそうなほど険悪な色を醸しだす。
「悪いが、長話に付き合うつもりはない」
エリクはそう断ったが、少しでもいいとエドモンに引き止められる。それでも止まらないので、エドモンは慌てて二人の後を追った。
「王女が一体どうなっているか知ってるか?」
息を呑む気配がした。エリクに倣ったように、アランも足を止めた。
「君と陛下、殿下の指示通りに動き事態の解決に奔走したが肝心の王女様がどうなっているかまるでわからん」
「・・・・・・・・・・」
「エドモン、だっけか。それを知ってどうするというんだ?」
「どうということはない。ただ心配になって聞いてみただけだ。なにがあったんだろうとな」
「・・・・・・・・・そうか。なら知らないままにしといたほうがいいぞ」
窺うようにこちらへ視移動させたアランと、ひどく訝しんでいるエドモンの視線を感じた。溜まらなくなり、また歩みを再開させた。そうして取り繕うのが精一杯で、なにかの拍子に体の内側に溜まっている何かが爆発してしまいそうだった。
「エリクの元に使用人として扮していたとき、失礼な態度をとってしまったし。詫びて許されたいとおもってな」
「・・・・・・・・・・」
「おい」
「そうだ。エリク。お前は王女様を助けたのだろう? なにか言っていなかったか?」
「おいいい加減にしろこの馬鹿」
「な!?」
普段のアランには似つかわしくない、硬く底冷えのする厳めしい声音だった。なんだ? とエドモンがたじろいでしまうほどに。
「空気を読め。何様か知らないが、エリクが今どうなっているのかわからないのか?」
「ど、どういう意味だ。ただの部下のくせに。せっかくすべての問題が解決したのだから、その当事者同士でしかわからない話をして打ち解けようとしてなにが悪い?」
「こちとら入団したときからの長い付き合いだからな。口にしなくても考えてることくらいわかるんだよ」
「!?」
「それに、なにが解決だ。本当に無知ってのはおそろしいな。いいか? 王女様はな――――」
「そこまでだ」
余計なことまで口走ろうとしたことに気づいたアランと、ひどく不満じみているエドモン。何故か喧嘩じみてきた二人の間に挟まれていたエリクは、いよいよ耐えられなくなって二人を手で封じた。
エドモンはしかし、止まらなかった。自分を庇ったと誤解したのだろう。ふふん、と鼻を鳴らしながらアランを見下し、魔術師を捕らえたことやジャンヌを捕らえたことを得意げに語りだす。
挙げ句の果てには呪いのことやエリク自身の呪いについて言及しだしたのだ。
「本っっっっっ当、お前空気読めやっっっ!!」
たまらず、アランはとうとう怒髪天をついた。途端に喧嘩じみた様相を呈す二人。それを止める余裕さえなく、エリクまでも爆発しそうになった。
「あのう、エリク隊長様ですか?」
三人の背後で、様子を伺っていた侍女が声をかけた。エリクが返事をして一歩足を踏み出すと小さく短い悲鳴を上げてビクリとおののかれた。
顔を隠していないから化け物の風貌をおそれているのだとだと遅ればせながら気づき、懐かしい反応だとおもった。
そして、つられてこの見た目でも平気だったシャルロットのことを思い出し、胸がズキリと痛んだ。
「なにか、用なのか?」
一定の距離を保ちつつ、代わりにアランが尋ねると打って変わった反応を見せる。
「そのう、殿下が王女様のお部屋まで来るようにと」
「殿下が?」
「エリク・ディアンヌ隊長をか?」
「はい・・・・・・・・・・お一人で参るようにと」
アランとエドモンが揃って顔を見合わせている間、エリクは胸を震わせた。そこで今も昏睡しているであろうシャルロットの痛々しいまでの姿を想起したのだ。
そして、本当ならば万難を排してでもすぐに駆けつけたかった場所へと呼ばれたことに、胸をときめかせた。




