喀血
森に散り探索していた隊員達はそれからすぐに集まってきた。その間、エリクはシャルロットに対してギクシャクとした対応をせざるをえなかった。不意打ち気味に抱きしめた手前、恥ずかしくて顔を合せづらかったのだ。
(俺は、なんということを・・・・・・・!)
怪我の有無、応急手当に指示を出す等々、必要なことをしているときもシャルロットと目が合ってしまうと胸が高鳴る。それはシャルロットも同じであるらしい。モジモジと恥じらい、チラチラとこちらの様子を盗み見ている。
「隊長。この者はどういたしましょうか」
そんな中、アラン達に引き立てられてきたのは、憮然とした面持ちのジャンヌだった。彼女がどうしてここにいたのか、把握はしている。だが、ことここに及び言葉で言い表せられない悲哀が圧し包んでくる。
親しかったわけではないが、長い間一緒に暮らしていた間柄だ。シャルロットを守ろうという意志の下、一緒に行動をしていた彼女の裏切りはここに到着する前に予想はできていた。
「残念だ。ジャンヌ」
「ええ。こちらもですよエリク隊長」
エリクの深い哀れみ、遺憾もジャンヌはいつもどおりに飄々と受け流している。
「取り調べですべて洗いざらい話してもらうよ。特に動機がまだ不明瞭だからね」
「ふふ。動機? この後に及んでそんなことが重要なのですか?」
アランに対する態度も、どこ吹く風。質問をすれば、ピリッとした空気が流れているにも関わらずジャンヌはジャンヌは鼻先で笑った。
エリクの後ろにいるシャルロットは、そんな彼女になにかを告げようとしながらもなにを話せば良いか逡巡しだす。口を開けては閉めて、口中を動かして、だがなにも言えずに唇をまごつかせている。
「連れて行け」
これ以上、シャルロットとジャンヌを一緒にさせていてはいけない。連行させるようアランへと命令を出した。
「ジャンヌッ!」
「っ」
しかし、去っていくジャンヌへシャルロットは声をかけた。ジャンヌにつられてアランがピタリと止まり、次いでジャンヌとシャルロット、そして最後に俺を見た。
「わ、わたくしと一緒にいたときのあなたは、偽りの姿だったんですの? 一緒に笑ったことも、嘘だったんですの?」
「それを聞いてどうなるので?」
周囲で見守る者達に悲痛なものを訴えるシャルロットの問いかけを、小馬鹿にしている様子で応える。
「わたくしは、あなたをお友達だとおもっていましたわ」
「ありがたいことです。そのおかげでこれまで疑われずにすんだのですから」
「では、ではどうしてエリク様の元にいるときすぐに殺そうとしなかったんですの?」
「・・・・・・・・・・オーラン様の命令です」
「では、エリク様が倒れられたときも? 収穫祭のときも?」
「王女様」
止めようとしたアランを、エリクは手で制した。シャルロットがなんのためにこうも執拗に尋ねているのか、わかっているからだ。
シャルロットはただ単なる情だけではない。彼女なりに納得し、心の整理をつけるために必要なことなのだろうと。
「私に、こう言ってほしいんですか? 情で殺せなかったと。どこまでいってもお人好しで世間知らずな王女様ですこと。よいですか? そもそも私はですね」
「主家に当たる団長の、いや。オーヴェンヒルム家に仕えていた使用人の娘。そうだろう?」
「っ、」
「・・・・・・・・・そこまでわかっていたのですか」
ここに至る前。王都にて黒幕の正体を掴むため情報収集をしている最中手に入れた情報と、エレオノーラの両親がかつて王女に対面したとき香水を献上したということを繋ぎ合わせて得た答えだった。
「私も、我が主に申しました。ですが、どれも却下されました。自分達が疑われますからね。やろうとおもえば、命じられればいつでもできたのですよ」
聞くに堪えないジャンヌとオーランの計画に、シャルロットはくしゃくしゃに顔を歪めていく。それでも、彼女の中でなんとか消化し折り合いをつけていっているのだろう。徐々にだが、冷静さを取り戻していく。
「そう・・・・・・・そうなのですわね・・・・・・・・・・」
「ええ。そもそも、あなたは最初の襲撃で死んでいたはずだったのですよ。計画を最初から練り直す必要がありました」
そのどれもが悉く失敗しましたが。そう言い終えたジャンヌは、何故だか晴れやかだった。
そして、そこまで聞いてシャルロットもようやく納得したのだろう。こちらを見て小さく頭を振ってみせた。
「よし。連れて行け」
アランにそう命じると、今度こそジャンヌは姿を小さくしていった。終わりを迎えても悲しみに浸っているように見えるシャルロットに対してどう慰めればよいか。言葉も出てこない。
「もう、終わった。終わったんだ」
そう言ってやるだけで精一杯だった。
そして、隊員達に命令を出し直す。撤収の準備とオーラン団長の拘束と連行。忙しなく動きだした事態に、自らも迅速に身を任せようとしたとき、あることを思い出す。
「すまん。お前達は先に行っていてくれ」
指輪を落としてしまったのを忘れていた。オーランと戦っているときに、繋いでいた鎖が断ち斬られてしまったのだ。場所の見当はついていたが、任務とは関係のない個人的なことなので、それとなく誤魔化しながら場所を移動する。
「どうかなさったのですか?」
「いや。シャルロットも先に行っていてくれていいぞ。うん」
まさか預けてくれた本人に事実を告げるわけにもいかずひどく曖昧なままの身ぶり手ぶりで応えた。しかし、すぐに見破られてしまった。隊員達にもそれとなく断り、二人で探索する。
「お怪我は大丈夫ですの?」
「こんなの、なんということはない。だが、シャルロットはどうだ?」
既に危険からはほど遠い。事件も解決に向っている。だが、さっき抱きしめたときの、顔から火が出てしまいそうなほどの羞恥心と激しい鼓動を伴った気まずさがまた蘇ってくる。
「ああ! そうですわエリク様!」
「な、なんだ?」
「どうしてまた元に戻ってしまわれたのですの?」
だが、どうやら気まずさを覚えていたのはエリクだけだったようだ。
「それは・・・・・・・・・話せば長くなるが。それは重要か?」
「だ、だってエリク様はようやく元に戻れていたというのですわよ?」
「問題ない。それも遠からず解決するだろう」
「え? ええ? どういうことですの?」
場違いながらも、エリクはクスリと笑ってしまった。それから魔術師を捕らえたということを説明し、そこからオーランの正体が判明したというところまで説明をすることになった。
オーヴェンヒルムはかつて王国の南西端に位置する領土を持っていた地方貴族、子爵家だった。三十年以上前、飢饉と不作がかの領地を襲い財政は悪化。遂には破綻に追い込まれた。
跡継ぎであった嫡男は伝手を頼り、別の貴族家と養子縁組をした。それがオーランだったのだ。
そしてエレオノーラと修道院の方々から聞いた情報を頼りにオーランこそが黒幕であると、突き止めることができた。そこから連続してジャンヌもオーランと近しい間柄だということも知り得ることができた。
「そうだったの・・・・・・・ですね」
互いに、エリクは恩を感じ、敬意と目標を抱いていた男が。シャルロットは友情を持っていた相手が黒幕だったのだ。自然と、口数は少なくなりなんとも例えられない気まずくなっていく空気を察知した。
「あ、ありましたわ!」
それほど時間をかけず、指輪が見つかった。これで本当にすべて終わったのだと名残を感じられる。
「? どうかされましたの?」
「いや・・・・・・・その指輪を見ていたら、な」
「はい?」
「オーラン団長も同じ指輪を持っていることを思い出した」
いつだったか、エリクが持っている指輪に気づいて、オーラン自身から話し出したことがあった。期せずして、今頃になって動機が気になり始めてしょうがなくなってきた。
わかっているのは書類上にある経歴とそこから推察できた事実だけ。何故犯行に及んだのか、それが未だに不明のまま。それに加えてオーランは亡き王妃と親しい間柄だったのだ。指輪を贈るほどに。
犯行に及ぶ理由は、皆無なのではないだろうか。
「・・・・・・・・・愛していらしたのではないでしょうか?」
「うん?」
「オーラン様は、お母様のことを愛していたのでは。わたくしはそうおもいました」
あの指輪は、オーランが王妃に渡したものだ。
王妃は友情の証として大事に持っていた。しかし、オーランからすればどうだろうか。友情を表すものとして贈るにはひどく不自然。それも男から女にしてはおかしい。
どちらかといえば、愛を証明するものとして渡していたとすれば合点がいく。そして、もしも自分の気持ちが成就しなかったのなら。
「オーラン団長は、叫んでいましたわ。わたくしと瓜二つのあの人が、あの人を救えなかった人達がと」
愛する王妃が死んだことが、国王達にあると思い込んだのなら。シャルロットを産んだことが今回の事件の動機なら。
「愛・・・・・・か」
「お母様、は・・・・・・・・・・あの指輪を糧に耐えられたとおっしゃっておりましたわ」
「・・・・・・・・・・」
「故郷と家族と離れ、親しかった人達とも離れ、一人王都に来たお母様はこの指輪をくれた人との思い出が頼りだったそうです」
二人でよく野を駈けたこと。ピクニックに出掛けたこと。短剣ごっこ、騎士ごっこをしたこと。二人で揃って両親に叱られたこと。そして約束したこと。
「お互いの近況と頑張っていることを知らせるお手紙がなにより嬉しかったと。幸せな時間だったとお母様は教えてくださいました」
「そうか」
応えながらも、胸中ではオーランに対して自分と重ね合わせていた。
もしもシャルロットの言う通り、オーランが王妃を愛していたことが原因だとするなら。その愛が報われずに友情としてしか受け取られていなかったとするなら。
(愛していた、か)
エリクには、皮肉としかおもえなかった。図らずも、さっきシャルロットを抱きしめたときに自覚したある感情を、己とを重ねずにはいられない。
「え、エリク様?」
「ああ。すまん」
ハッと我を取り戻し、指輪を受け取ろうとした間際。シャルロットが大きく咳きこんだ。咄嗟に以前から目立つようになっていた症状を思い出し、気遣おうとしたが様子がおかしい。
「シャル? おいシャル?」
「あ、ぐ、うう」
尋常ではない苦しみをみせだす。いつになく、シャルロットの症状が重く、激しいものになっている。
「おい、シャル。シャル?」
「ぐ、げっほげっほ!」
そして、口を押えていたシャルロットの手からなにかが溢れていくのを見て、血の気が引いていく。
「え?」
なにがおきたのか、すぐにはわからなかった。それはシャルロットも同じだろう。自分の掌に吐きだされた赤黒い塊、をぼ~~~っと眺めている。
見紛うはずもなく、それは血だった。
「シャ、シャル?」
また、咳きこむたびに血がどぼ、どぼっと吐きだされていく。まるでシャルロットを中心に真っ赤な花が咲いていると錯覚するほど、彼女を汚く染めあげる血はとめどない。
(そんな、なんでだ・・・・・・・?)
彼女は傷一つ負っていなかった。病の兆候はあっても命の別状があるものではない。決してなかった。そのはずだ。なのに。
「シャル、シャル!」
体をくの字に曲げ、そのまま意識を失い崩れ倒れるシャルロットを支えるが、それが限界だった。恐怖によって白く染められていく頭では叫ぶことしかできなかった。




