剣戟。応酬、抱擁
エリクとオーランの剣戟は、いつ終えるかもわからない。技量ではオーランのほうが上だ。年齢と体格差があるとはいえ、騎士団団長を長年に渡り務めていた男だ。絶対的な腕は、違いは覆すことはできない。
そんな中、エリクがおこなったのは糾弾だった。
「何故あなたのような人がこんなことをしたのですか!」
その身に傷を増やしながらも、かまうことなく果敢に突貫していく。同時に渾身の刺突を繰りだす。しかし、オーランは見切っていたのか、すれすれで避けながらエリクを斬り裂く。
「黙れ呪われ騎士! 貴様のような者のせいで!」
情け容赦なく、傷を殴られ蹴られる。オーランの攻撃はエリクに着実に届き、斬り刻み、血で染めあげていく。
エリクが膝を折った。傷の数、手応え、深さ。どれをとっても限界を迎えるはずだとオーランは俄に確信する。勝利の余韻に浸っていたのは束の間、不意を不意をつかれる形で逆袈裟の形で振り上げられた。
防御も回避もままならず、左肘に直撃してそのまま腕ごと斬り落とされる。血が吹き出る肘先を苦悶に道ながら押えエリクを睨むオーラン。次の攻撃を繰りだそうとしているエリクに、オーランは突貫した。
走りながら右薙ぎに一閃。手傷を負ったとはいえ剣筋、踏み込みから首と胴体を両断するに足る一撃だと長年の勘が告げている。しかし、叶わなかった。反応し切れていないエリクの首筋に吸いこまれるように勢いづいていた刃は僅かに鈍り、側頭部を掠めるだけに留められた。
喀血したのだ。オーランが。
口から大量の血の塊がドボ、ドボと咳きこむ度に吐きだされている。おもいもかけないことなのでエリクも面喰らい剣を止めている。
「ぬ、ぅぅ、うぐうあああああ・・・・・・・・・!」
剣を杖のようにして体を支えたオーランは逆手に持ち替えて殴りつけるようにしてエリクに浴びせた。腹から右肩にかけて斬られ、大きく後方へと仰け反る。斬られた拍子に提げられていた指輪が繋がれている指輪から外れた。
「っ!」
エリク以上に指輪に吸い寄せられるような反応をオーランがしたのを、エリクは見逃さなかった。あるかなきかの小さな隙ができたのをエリクは見逃さなかった。振った剣が確実にオーランへと到達し、肉が裂け、骨が砕け、神経を絶ったのを感じとる。
「ぐ、う、うううう・・・・・・・・・・」
フラフラとよろめくオーランと、睨みあう。既に立っていることはできない。そんな攻撃を受けたのだ。
遂に体を支えていられなくなって倒れたオーランを見届けて戦いを終えたエリクは、しかし自らも膝をつく。オーランから負わせられたダメージは、着実に彼を蝕んでいる。
倒れたオーランから剣を奪い、拘束することを暫し間を空けて考えた。その足どりは重く、立っていることさえ難しいほど痛ましい傷だらけのまま。
「エリク・・・・・・様・・・・・・・」
だが、シャルロットの呼びかけともいえない弱々しい声が耳朶を震わせた。殺気立った不穏な気配で支配されていたエリクの中で生きた心地が広がっていく。
「シャル・・・・・・・・・」
今に始まったことではない。追跡を開始したときから、ずっと気が気ではなかった。いつも事件に臨むときと同じく努めて闘争のことだけを頭で占めさせようとした。だが、ダメだった。シャルロットの安否と誘拐したオーランへの沸々とした怒りでどうにかなりそうだった。
今もそうだ。ずっと前からシャルロットに対して抱いていた名状しがたいモヤモヤとした感情が、オーランとジャンヌに対する敵意を抜いた感情がエリクを惑わせている。そう自覚していても、消えてくれない。一歩一歩、彼女の元へ歩ませていく。
次第に大きくなっていく感情は、どのような名前で呼ばれているかエリクはとっくに知っていた。気づかないフリをしようとしていた。
「エリク様・・・・・・・・・・」
ようやく木を背にしてなんとか起きた姿勢を保っているシャルロットの元まで辿りついたとき、エリクは無理だとおもった。生きているシャルロットをこの両の眼でしっかりと収めているだけで名状しがたい感情が暴れだす。彼女の声を、体温を、生きていることをたしかめられただけで押さえつけられない。
「え、エリク様・・・・・・・・そのようなお怪我を、ああどうしましょう。ですがどうしてそのお姿に、いえまずは手当を、ゲホゲホ!」
シャルロットは、エリクの様子などおかまいなしに狼狽えだした。わなわな震えて引き攣り、恐怖と悲哀に彩られていく。
「驚くか慌てるか心配するか咳きこむかどれかにしろよ・・・・・・」
そう言いながら、しかしなんとも彼女らしいと呆れ、そしてクスリと小さく微笑んだ。
「ああ、エリク様。ごめんなさい。わたくしのせいで・・・・・・・わたくしが・・・・・・」
「なにを言っているんだ。シャルのせいじゃない」
怪我をしていなければ、血で塗れていなければ彼女を抱きしめてしまっていただろう。それほどにエリクは今騎士としての領分を見失いかけていて、王女として見ることができなくなっている。
「いいえ。いいえ! ケホケホ! わたくしのせいですわ。いつも・・・・・・・いつも・・・・・・・ご迷惑をかけて・・・・・・・」
涙を流し、何故か必死に自分を責めているシャルロットを見て胸がズキリと痛んだ。
(やめてくれ)
堪えがたい衝動が、沸々と己の中で煮立っていくのを感じていた。その衝動が押えられなくなれば、どうなるか予感があった。彼が心がけたことが無に帰してしまい、とんでもないことをしてしまうだろう。そんな予感さえある。
「ひぐ、えぐ・・・・・・・・・えぐ・・・・・・」
「っ、」
(ああ、くそ・・・・・・・・)
ダメだった。
力一杯抱きしめ彼女の温もりを感じたいと願うことを。臣下として振る舞おうとすることも。彼女をただ守り陛下と殿下の元まで連れて戻すという本来の任務を達成することもできず、エリクはシャルロットは抱きしめた。
「え、エリク様?」
(ああ・・・・・・・・・・そうか)
細胞の一つ一つが、この魂さえもシャルロットを感じることに歓喜している。そう錯覚するほどの激しい熱。ぎゅうう、と一つになりたいと乞うほどの抱擁だけでは物足りない。心臓の鼓動が大きく激しく、しかし心地よい。ずっとこのままでいたいとおもってしまう。
「無事でよかった・・・・・・・・・・」
混乱していたシャルロットが、抱擁を返す。小さい体が震え、嗚咽を漏らす。そんなシャルロットを感じながら、自覚する。
シャルロットに対する感情がどういう名前で呼ぶべきものなのか、もう誤魔化すことはしなかった。




