追跡。そして再会。
シャルロットを連れて逃げたオーランとジャンヌは、来た道を引き返しながら後ろの様子を探っていた。協力していた商人との戦闘で大半が裂かれてるが数騎ほど親衛隊が追い縋ってきている。所持している短銃、そしてライフル銃で射撃し牽制する。馬の上での射撃なので命中率は高くないが警戒しスピードを緩めたのを見て取ると道を大きく外れた。
追い詰められた人間は、なにをしでかすかわからない。既に計画が潰えて危機的状況にある二人には、人質であるシャルロットが唯一の命綱だった。道を外れてはいるが、巧みな馬術と読めない逃走経路、そして射撃によって親衛隊は引き離されはじめていても馬が疲れはじめている。
ここまで酷使してきた馬は平坦な街道でなくなったことで疲れが大きく目立ちはじめた。潰れて走れなくなるのもそう遠くないだろう。撒いた後に、どう身を隠せばよいか。そんなことを考える暇もない。
「くそ! くそおおお!」
それでも、草原と丘を越えて親衛隊の姿が小さく見える位置に来たときオーランは悔しさを発露した。彼の計画は初めと比べて大きく変貌したが、ここまで追い詰められることなどなかった。破れかぶれと自覚がある逃走に光明が見出せるはずもない。
「森が、この先に森があります。そこに入れば親衛隊を眩ますこともできるでしょう。川に行き着ければ舟もあるでしょう。あいつらがやったことと同じことを私達もできれば・・・・・・」
オーランに忠実なジャンヌは、馬上で阿りの姿勢を崩さずに献策を続ける。しかし、彼女の表情にも大きな動揺があった。
「もう・・・・・・諦めなされたらいかがですの?」
これまで荷物として扱われ、今も苦しんでいるシャルロットが口を開いたことで二人の視線が集中した。
「諦める? そんなことできるはずがないでしょう! 私達が一体なんのためにここまでしてきたとおもっているんですか!」
「それは・・・・・・・わかりませんわ・・・・・・・・・・わかりませんが・・・・・・・」
ぜぇ、ぜぇという掠れた息遣い、額には浮かび流れ落ちる大粒の汗。唇は紫に変色し顔面も血色を失い蒼白になっている。まるで死にかけている病人めいたシャルロットにとって馬に乗せられているというのも、喋ることさえも辛く苦しいことだ。中々言葉も続けざまに言うことができない。
「わたくしは・・・・・・あなたに命を落としてほしくないのですがジャンヌ」
「っ、」
あるかなきかの身の震え。眉間のあたりが小刻みにピクリと脈動し瞳が揺らいだ。例え自分を利用し、仇なす為に側にいたのだとしてもジャンヌが罪に問われ命を落とすのが忍びなかった。
シャルロットの甘いとさえいえる優しさ、ジャンヌへの友情がまだ僅かな柄に残っていたのだ。
「貴方もです。オーラン団長。事情はわかりませんが、ここで投降すれば命は取られないでしょう」
「ふ、ふっふっふ・・・・・・・・・」
「お母様も、きっと同じことを申すに違いありませんわ。だって・・・・・・お母様とあなたはお友達だったのでしょう?」
「友達・・・・・・? 友達・・・・・・・そうか・・・・・・・そうだな・・・・・・・」
オーランの、気配が変わった。殺気、悪意、害意。それらが一纏めになった意識をシャルロットに注ぐ。
「シャルロット様。甘いですな。お母上そっくりだ」
シャルロットに、オーランは忌々しいといわんばかりの態度を見せる。口の中で篭っているようなくっくっくという不気味な笑いも発しはじめる。
「お、母様?」
「そう! あなたはそっくりだ! 顔も声も性格も! きっとあの御方ならばたしかにあなたと同じことを言ったでしょう!」
笑い声が段々と大きくなっていく。谺となり辺り一面にまで轟き響かせるとおもわせるほどに。そして同時に気狂いじみたおそろしさも垣間見せはじめた。
「だからこそ許せない! あなたにそんなことを言われるのが! 瓜二つのあなたが生き残り、死なせたあなたが! あの人を救えなかったあなた達が!」
「お、オーラン団長・・・・・・・・・」
「オーラン!」
ジャンヌの指し示す方向から、騎馬の一団が駈けてくる。ライフルで牽制するが、親衛隊とは違う動きで避けつつ、近づいてくる。
「ああ、」
舌打ちをしながら再び馬を走らせはじめるオーラン達に、みるみるうちに距離を縮めている。制服の色と、そして先頭を走る異質なシルエットに、シャルロットは感嘆を漏らした。
騎馬達が、密集隊形からバラけていく。四方八方に散りながらオーラン達の行く方向に見当がついているように巧に誘導し、獣を追い立てる狩りと同じような
「あ、あ、ああ・・・・・・・・・・・・!」
「シャルロットオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そして、一人の騎士が叫びながら追いかけてくる。シャルロットにとって誰よりも見覚えがあって、誰よりも願っていた騎士だった。
「エリク様あああああああ!!」
シャルロットの愛しい、エリク・ディアンヌその人だった。
「そこまでですオーラン団長! 馬を止めて投降してください!」
「ぬうう・・・・・・・エリク・ディアンヌ!」
ようやく追いついたエリクに、オーランとジャンヌは銃を向ける。しかし、咄嗟にジャンヌの体にしがみついたことで彼女は銃を落とし、オーランと並走しはじめたエリクが剣で叩き落とした。
「ジャンヌ! お前もだ! 既に逃げ場はないぞ!」
「黙りなさい! 呪われ騎士の分際で! どうしてあなたが引き立てられたかもわからないくせに!」
僅かな隙に、オーランは抜いた剣の先端をエリクの馬に向け突き立てた。馬が嘶き、大きく転がるようにして転倒する。土煙が舞い、シャルロットの悲鳴があがる。
だが、間一髪。エリクは横に身を投げだしながら跳びオーランの馬にしがみついていた。そのままオーランに掴みかかり、縺れ合うようにして地面へと落下した。
「オーラン様!」
ジャンヌが手綱を引き、屈撓の姿勢を取らせたことにより、負担を受けた馬が両足を折った。はからずも、限界を迎えてしまったのだ。オーランと取っ組み合っているエリクは背後からジャンヌに斬撃を浴びせられる。そのままシャルロットを無理やり引き立てながら森へと逃げていく。
「ぐ、シャル! シャルロット! 待て!」
傷が浅かったために態勢を立て直したエリクは二人を追った。鬱蒼とした森に足を取られながら逃走劇がはじまる。
「オーラン様・・・・・・私が囮になります」
森に入って時を置かず、ジャンヌがそう言いだした。
「もうこのまま三人で逃げるのは、無理でしょう。私が少しでも時間を稼ぎます」
「ジャンヌ・・・・・・・・・」
オーランの許しも待たず、ジャンヌは剣を持ち駆け出しはじめる。だが、少し止まってシャルロットのほうを見た。
「・・・・・・・最後だから申し上げましょうシャルロット様。私はずっとあなたが嫌いでした」
「ジャンヌ・・・・・・・・・・」
「目的のために、あなたの我が儘に付き合うのが苦痛でした。あなたのお世話をするのが自分の役目なのだと。オーラン様のためなのだと何度己に言い聞かせたかわからないくらい」
ずきりと胸が痛んだ。遠慮も敬意も無い、ジャンヌの言葉が鋭くシャルロットを抉っていく。
「一度も楽しいと感じたことは、ございませんでしたの?」
「・・・・・・・・・・さようなら」
そして、ジャンヌはそのまま一度も振り返らず駈けていく。
暫くしてから、森中に銃声が何回も響き渡る。
一人になったオーランは、シャルロットの悲しみも無視して肩に担いで道なき道を進む。シャルロットの途切れ途切れの投降への呼びかけも無視して。女性とはいえ、人間を一人抱えて森の中を行くのはキツいのだろう。体力が徐々に失われていくのをシャルロットでもわかる。
何度か足を滑らせ地面に倒れる。土に塗れ、それでも気力を奮いたたせて進むのを辞めない。狂気が滲んでいてシャルロットはゾッとした。
「シャルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
「!」
「シャルロットオオオオオオオオオオオオ!! どこだああああああああああああああああああああああ!!」
エリクの声がした。応えたいとおもいながらも大声を出すために腹に、喉に力を少しでも籠めようものなら途端に咳きこんでしまうし、ピリッとした鋭い痛みが心臓の辺りから全身に走る。
「う、く、うう・・・・・・・・・」
抱えられているが故の、振動さえ耐えがたいほどにシャルロットは弱々しく、憔悴してしまっている。今までにないほどに痛く、辛い苦しみが常に襲い続けている。
「エ・・・・・・・・・・ク、さ・・・・・・・・・・」
「エリク様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それでも、シャルロットは叫んだ。
「な、」
「ここです!! エリク様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! シャルロットはここですわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
あらんかぎりの全力で。残っている命をすべて注がんばかりの渾身を、願いを声に籠めて。
「こ、の、黙れ!!」
「きゃああああ!?」
シャルロットは、オーランに投げ捨てられた。そして剣を手ににじり寄る。
「シャル!」
声を頼りにシャルロットの元へと辿りついたエリクが目にしていたのは、まさに今斬り捨てられようとしている彼女だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
絶叫とともに短剣を投げ放つ。エリクへと意識を向け直したオーランは間一髪短剣を弾く。そしてこちらへと飛びかかりながら剣を振り下ろすエリクを見て取って後ろへと退りつつ鍔迫り合いへ持ち込む。
「オーラン団長! あなたは今・・・・・・・・・・なにを・・・・・・・・・・」
シャルロットの無事をたしかめつつも、静かな檄を溜めるように、エリクはオーランを睨みながら大きく剣を跳ね上げる。まるで食いかからんとする野獣さながらに追撃。二人は激しい剣戟を繰り広げる。
「なにをしようとしていたのですか!! 彼女に!!」




