真犯人。
王都を出て、もう何日を過ぎているだろうか。日にちの認識どころか、時間の経過さえシャルロットには難しい。
乱暴な馬車の運転でガタゴトと揺れる荷台の上で転がされるように扱われ、通り過ぎる景色と暮れる夕日や朝日と宵闇を見た回数を数えるしかできていない。
硬い解いたの上での振動による体への地味な痛みも慣れたとは言い難いが、なによりも辛いのは心の痛みだ。長年の間これまで主従として、親しみがあった姿は嘘でしたといわんばかりに敬意も親愛もないシャルロットへの雑な態度を接し方をする。
自らが置かれている境遇と相まって、本当に裏切られたのだと時が経過するごとにひしひしと実感させられて、なににも増してシャルロットには堪えた。
打ちひしがれ、自分がこれからどうなるのかも定かではない。復讐と告げられて以降、シャルロットは質疑すらする意欲が失せてしまった。元来が明るくお喋り好きなシャルロットでも、憔悴して黙りこみ流れに身を任せるしかなかった。
「お、来たぜ」
なにやら男達の気配、挙動が変わった。トイレと仮眠の交代以外は昼夜兼行で走り続けていた馬車も止まった。場違いにも疲労からうたた寝をしそうになっていたシャルロットでも事態が移り変わったのがわかった。
「・・・・・・予定通り進んでいるな?」
「はい。このまま進めば追手が来ても。ですが王女の様子が」
「見つかってはいないのだろう?」
「俺達がいつ王都を出たと? 関所もまだ情報は届いていないですぜ」
物々しい雰囲気がシャルロットの元にまで流れてきている。外で誰かと話している男達は物怖じしている様子はない。シャルロットの側にいる、荷台で座りこんでいる者にまで恭しい態度を放っている。
すぐそこにいる誰かこそ、この一連の事件の首謀者なのだとシャルロットにも自ずと理解できた。
一体誰なのだろう。自分を攫い、一連の事件を巻き起こしたであろう、荷台に乗り込んでくる誰かがシャルロットは気になった。
「!?」
まず、声を失った。フードを外して顕わとなった誰かの面貌を前に、次いで驚愕した。見紛うはずもないのに、間違いであってほしいと願わずにはいられない。
「あ、ああ・・・・・・貴方は・・・・・・」
こちらをなんの感情もなく冷たい眼光で見下ろしている誰か。それはエリク・ディアンヌの上官にして、シャルロットはおろか父も兄も皆に信用されている人物だったのだ。
オーラン・ヴィクトリム。騎士団の団長その人だった。
まさかの大人物の登場に、シャルロットは現実のこととして受け入れることができない。ただ愕然としたまま見つめ返し、衝撃に打ちひしがれることしかできない。
居ずまいを直し、視線だけでなく体勢もこちらに向け直したのでおもわず反射的にビクッと怯えてしまった。騎士を統べ、凜々しくも気品と威厳が、今の彼にはない。瞳の奥に、シャルロットに対してであろう暗い憎悪の念が滾っているのを感じとった。
「団長、全部あなたが仕組んでいましたの?」
「いかにも」
悪びれることなく、むしろ堂々としながらオーウェンは答えた。それが、シャルロットの心の琴線に触れ荒ぶらせていく。
「今少し、大人しくしていていただきたい。貴方にはまだ生きていてもらわねば困る」
「どうして・・・・・・どうしてこのようなことをなさったの?」
復讐と、ジャンヌは言った。ならば首謀者であるオーランも同じ目的のはず。しかしシャルロットにはジャンヌからもオーランからも恨みを買ったような記憶は一度も無い。
「ジャンヌまで使い、わたくし達を、エリク様まで騙し続けた理由はなんだったんですの?」
上官であるオーランを、エリクは敬愛していた。目指すべき騎士の姿として、憧れていたのは傍から見ていたシャルロットでもわかる。そんな彼がこのことを知ったら、どんな反応をするだろう。きっと自分以上に傷つくに違いない。
「使っていた、という言い方は誤りです。彼女、ジャンヌは自らの意志で私に協力をしてくれていたのですよ。何故なら貴方に仕える前に、私に仕えていたのだから」
「そのとおりです。私の主は貴方ではなく、最初からオーラン様です」
「そ、そんな・・・・・・・・・!」
「貴方もお父上も兄上も、私の目的を察知できずとも当然。ご存じなくて当然。私の復讐はごく私的なもの。お母上様から端を発しているのだから」
「お、お母様?」
何故、ここで亡くなった母が出てくるのだろう。一体なんの関係があるというのか、しかし答える気はオーランにはないようだ。
「オーヴェンヒルムの旦那」
話の腰を折るように、間に入られた。オーランも男も今後の予定について話しあっているがシャルロットの頭の中には聞き慣れない家名が残り続けている。
オーランの家名ではないが、どこか引っかかる。
(オーヴェンヒルム・・・・・・オーラン、オーヴェンヒルム)
何かが出かかっている。記憶の片隅に引っかかっているものが。
「では、舟には五日後に?」
「ああ。私の領地に呼び出しがかかるまで間があるだろう。それまでに」
また動きだした馬車の揺れに釣られて、キラリとオーランの胸元で何かが煌めいた。小さい鎖に通され下げられているなにか見覚えのあるものが太陽の光に反射している。
それは、指輪だった。
シャルロットが受け継ぎ、生きていた母が身につけていたのと同じ指輪。
「あああああ!?」
「ええい、やかましいですね!」
舌打ちをするほど苛立ったジャンヌが布を取りだし猿轡をしようと覆い被さってくる。しかしそんなことより今のシャルロットには大切なことではなかった。
オーラン・オーヴェンヒルム。母の形見に刻まれている指輪に刻印されているイニシャルと同じO・Oなのだ。そして彼もまた母のと同じ指輪を持っている。
これは、決して偶然ではない。彼こそが指輪の送り主に違いないのだとおもいはじめている。シャルロットの中で関係があることとして確立されつつある。
「気になりましたか? これが」
シャルロットの視線、いや考えに気づいたのか。掌に載せ大事そうに転がす指輪を見せつけ、自身も見つめているオーランの瞳には物憂げでありながら深く懐かしみ、悲しんでいる色が濃く映っている。
「あなたも、エリク隊長もこの指輪が女性から贈られたものだと誤解していたでしょう。だからこそ私も今まで疑われることはなかった」
そうだ。親友という言葉に囚われて母と同じ性別であると思い込んでいた。
通常、指輪は男性から女性への結婚の申し込む際や恋人関係、ないしは妻へのプレゼントとして使われるのが一般的だ。同性から、引いては男女間の友情を込めた物としては不適切でしかない。
「おわかりにならないでしょう。あの指輪を別の誰かに渡してしまえるあなたには。例え私がどのような想いをこの指輪に込めているのか知っていたとしても、どうしてこのような事件を巻き起こしたのか・・・・・・話したところで理解できるはずがない!」
瞳に、激情が揺らめいている。そう錯覚してしまうほどオーランの感情は熱く恐ろしく燃えあがっている。
「それに、エリク隊長のことを騙していたというのも間違っている! 見当違いも甚だしい! 私が彼を見いださなければ騎士としての本分を全うできなかった。もし仮にどこかで命を落としていたとしても、彼には本望でしょう。誰からも利用される価値のない只の呪われた者として生きるしかなかったのだから!」
「っ! ~~~~~っ! ~~~~っ! エリク様をよくもそのように!」
「私はあなたよりも彼のことをよく知っている! だからこそ言えるのですよ! だからこそ使わせてもらったまで!」
これが、騎士団団長としてのオーランの本性なのか。自分を信じて尊敬していた男を騙しておきながらこの偉そうな物言いが、本当の彼を表しているのか。
悲しかった。腹立たしかった。その分だけオーランとジャンヌが憎くなった。
「一体・・・・・・復讐とはなんなのですの!? 国を騒がして大臣を殺めて大勢を騙して! 一体なんのための復讐なのですか!」
いよいよたまらなくなり、声を張り上げた。尚も詰問せんばかりに感情の赴くままぶつけていたが、オーランの合図で遂に封じられてしまった。
「お喋りはいい加減、この辺にしておきましょう。まだ道のりは長い。ここで時間を浪費するわけにはいきません。そうでしょう? オーラン様」
「そのとおりだ。こんなところでとうとうご破算などとごめんだ。これ以上計画を変更するにも限度がある」
猿轡を巻かれて強制的に喋れなくされながらも「ん――! ん――ん――――んんんんん――――――!!」と呻いていたがジャンヌにナイフを突きつけられて黙りこむしかなくなった。
そして、また馬車が走りだす。どこへ行くのかもわからぬまま。それでもシャルロットは、我慢できなかった。
母が話していた親友がこのような男だったことが許せなかった。愛しいエリクさえも利用しどういう風に彼をおもい見ていたのかも、断じて許せない。
だから、なにもできなくなったシャルロットはオーランとジャンヌを睨み続けた。ありったけの気持ちをこめて。
今のシャルロットにできることは、それしかなかった。本来怒るとか憎むという行為には無縁で、子猫が威嚇しているのと同じく可愛らしいなりにしか映らないが、それでも睨み続けた。




