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救出。作戦。憤怒

隊舎に赴くと、誰もが忙しなく慌ただしい様子を見せていた。


 一連の大事件に数ヶ月もの間捜査・警戒態勢に当たっていたが、折しも今日幕を閉じて平穏な日常を取り戻そうとしていた矢先に王女が誘拐されてしまったのだ。少しの混乱を招いても致し方がない。


 俺が率いる騎士隊も例に漏れず集合し迅速な行動に移れるまで暫しの時間を要したが、今や隊員達は行方不明となった王女の捜索と犯人を逮捕するために躍起になっている。


 そして捜査に赴く直前。隊舎の一隅、普段は取り調べに使われる一室の前でぽつんと座り呆けている修道女、エレオノーラと出くわした。彼女が作成した香水と捜査線上に浮び上がった人物、誘拐犯との関連性を調べる必要があったのだ。


 今、修道院と孤児院でも捜索が行われているだろう。


「すまない。こんなことになってしまって」


 謝らずにはいられなかった。彼女をここに連れてきたのは俺ではないが、事件に係わっていないにも関わらずまるで連行されたかのような扱いは不快でしかないのだから。


「どうして貴方が謝るの?」


 それでもブスッとした不快さと疲労を隠そうともしない。彼女らしい正直さだとおもうが、苦笑を浮かべて愛想を見せることもできない。


「王女様、どこにいかれたのかしらね」


 何気なしに呟いたあと、ハッとなにかに気づいたように俯いてごめんなさい、と謝罪された。気づかないフリをして、彼女が今ここにいる理由、オーヴェンヒルムという男について教えてもらった。


 今も厳しく訊問されている魔術師が語ったオーヴェンヒルム、それはかつて遠方にあった領地の貴族の家名だ。


 未曾有の飢饉から財政難に陥って領地経営が破綻しオーヴェン家は離散。末裔もいるのかわからない。それも三十年前のこと。今現在騎士団が得ている情報のすべてだ。


 魔術師が語るまでは末裔がいたことも知られておらず、顔もわからない人物こそが王女襲撃と反乱を裏で画策していた。そして王女を誘拐した犯人であると断定したが、騎士団の名簿とその親戚、いや王宮で働いている者すべてを調べてもどこにも名はなかった。


 唯一の手がかりが潰えたかにおもえたが、ある話を思い出した。数日前に訪れた修道院で聞いたのだ。亡き王妃様に影響を受け、長い間修道院と孤児院に寄付をしていた人物だと。


 だから、知っているであろう修道女の一人として彼女はここに連れてこられた。


「何度かお見えになったことがあると聞いたことがあるわ。でも、ここ数年は手紙と寄付を人づてにしか渡してきていないって」

「じゃあ君も顔は知らないのか?」

「ええ」


 平穏で敬虔な日々を送り、今日も同じような終わりを迎えようとしていたエレオノーラは、しかし素直にスラスラと述べてくれる。聞き知ったかぎりの体格、年齢、風貌。客観的なものなので精密さに欠くが、それでも大体の人物像を脳内で浮び上がらせることができる。


「・・・・・・エレ。ありがとう」


 本来取り調べに当たってるのは別の騎士隊だが、捜索の実働部隊の隊長として少しでも情報は多いほうがいい。


「エリク」


 立ち去ろうとしたところを呼び止められ、そのまままじまじとしっかりと見つめられる。目の奥、更にその奥の奥まで具に感じとろうとしているかのような真剣さだ。


 かつての愛しあった日々を幻視しそうになった。感じていたに違いない情念すら呼び起こされてきそうだ。若いときにはなかった落ち着いた相貌と見つめ合っているとそのまま吸いこまれそうな心地の翳りさえ覚える。


「貴方、顔を隠さなくっていいの?」

「・・・・・・・・・そんな暇はない」

「そう。そうなのね」


 なんなのだろうか。元来が考えていることがしっかりと出る、感情の裏表がない女性だというのに。とりとめのない話をしたがっているわけでもない。


「ねぇ、エリク。もしも。もしもよ? もしも貴方が素顔のまま私に会いに来てくれていたらどうなっていたかしら」

「・・・・・・・・・」

「もしも・・・・・・・私が貴方に会いに行っていたら。貴方の側にいるだけの強さが、手紙を書くだけでもいい。そんな強さがあったら。今でも私と貴方は・・・・・・・・・」

「それは・・・・・・・・・」


 どうしてそんな他愛のない話をするのか。あったかどうかもわからない、もしもの話を、そして絶対にもうありえないと思うことを。


 その意図すら彼女から汲み取ることは難しい。それはエレオノーラがかつての少女と違う大人っぽさを充分に携えているからか。


 それとも、俺の気持ちの問題なのか。


「私、後悔していたの。貴方と別れてからずっと。修道院に入ってからも」

「・・・・・・・・・今更だ」


 名残を惜しむようなちょっとばかしの残念な心境で断言した。


 俺はあのとき、恐れていた。人々からこの姿を見られ、罵倒されるのが。誹られ、白眼視されるのが。そして彼女に面と向って拒絶されるのが。


 もしも、もしもあのままエレオノーラと交際し続けていたら。そんな幻想したとしてもやはり別れるしかなかったのではないか。そんな考えに行き着く。エレオノーラも一緒にいることで彼女も同じように見られる。それまで一緒に過ごしていた時間は変化せざるをえないのだし、誰からも祝福を受けることはできなかったに違いない。


 そうして、最終的には互いに疲れ果て結局は別れることになったのではないか。


「君はどうしていた? もしも俺と付き合い続けていたとして、それでも俺と同じような生活が、どう見られるかが耐えられていたか?」

「・・・・・・・・・」

「あのときは、ああするしかなかった。俺一人だったから、なんとかこれまでやってこれたのだとおもう。とてもではないが、側にいてくれる君のことまで慮り、優しさを見せることさえできなかったんだとおもう」

「・・・・・・・・・そうね。そうかもしれないわ」


 ごめんなさい。何故だか悲しそうに笑いながらエレオノーラは言った。その謝罪には、今の会話だけではない、別の意味も込められていると感じたのは憶測ではない。


「あ、いた。エリク・・・・・・・・・隊長?」

 

 騒々しい様子でアランが駈けながらやってきた。エレオノーラにも気づくと何故だか少し意味ありげに俺達を見回している。


「あら、アラン。お久しぶりね」

「え、エレオノーラだよな? ああ、どうも」


 いつもは明るい調子で誰にも軽口を叩くアランも、俺達の事情をそれとなく察してくれたのか。かつてそれないに親交を深めていたエレオノーラに静で厳かな、けど懐かしさを多分に含んだ挨拶と他愛ない話をし出した。


「隊長。隊員が揃いました。いつでも出動できます」

「ん、わかった。じゃあ、俺達はいくよ」

「ええ。気を付けてね」


 別れを告げると、未練を断ち切るような力強さでエレオノーラに背を向けた。


「貴方には素顔を見られること以外に必死になれることができたのね」


 彼女が最後になにを言ったのかさえ、聞き取れなかった。少し走りながら、アランは他にも大臣に武器を売り買いしていた商人が数時間前に王都の外を出たことも報告してきた。


 それ以外に王都の外に出た者は今現在確認されていないとも。


「そいつら、だいぶ急いでたらしいぜ」

「俺達はそいつを追う。王都は別の部隊に調べてもらう。主犯のオーヴェンヒルムに指示されて王女を連れているかもしれない」

「ん、わかった。だが行方がわからんぜ」

「なんとかする」

「・・・・・・・・・エリク。いいのか?」


 短いやりとりだが、意識を切り替えるには充分だった。アランの意味ありげな、後方にやった視線も無視することができる。


「まだお前のこと見つめているぜ?」

「・・・・・・・・・いいんだ」

 

 王都から先の路は、暫くしてから複数に別れている。今から追うには追跡して捕らえるには難しいほどに距離があるだろう。それ以降の探索も発見も非常に困難になる。


 いや、こうしている今、もしかしたらシャルロットを殺めているかもしれないのだ。


「せめて行き先がどこかわかれば候補が絞れるんだがなぁ」

「地図を用意してくれ」

「ん? なんだ。なにか作戦でもあるのか?」

「ない」


 だが、だからといってなにもせずにはいられない。闇雲に探していれば時間を消費してシャルロットを発見することができなくなるだろう。


 なによりこのような暴挙に出てすべてを裏から企んだ諜報人に対する、いかんともしがたい憤り。今このときにどんな目に遭い辛い思いをしているかわからないのだ。


 陰謀とは無縁な世間知らずな王女様。天真爛漫でいつもこちらのことなどおかまいなしに、それでも朗らかでい楽しそうだったあの子になにかあったら。


 どうにかなってしまいそうな自分を抑えられない。


 それは呪いを受けたときと同じように苦しくってしょうがないのだ。

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