裏切り。
頭を打ち続ける微かな振動を、まず感じた。
暗闇の底から段々と上がっていくように意識が鮮明になっていくにつれて、揺れは激しく痛いほどになっていく。それだけに留まらない。ゴロゴロゴロゴロ、と雷が響いているような音さえすぐ間近で聞こえてくる。堪らないほどに不快なものだった。
「ん、んぅう?」
ガツン! と側頭部に強い衝撃が生じて一気に意識が覚醒した。あまりの痛みに目と頭の中で火花が生じたほどだ。
「お目覚めですか」
「? ジャンヌ・・・・・・・ここは一体」
半ば呆けている視界を回し、見覚えのない場所であると知覚する。無意識に上体を起こそうとしたが叶わない。立つことはおろか身動ぎすらできない。一体どうしたことだろうとおもい自分のことを見下ろし、とんでもない状態になっていることに声を失った。
縛られている。太い縄で手足を。一体これはどうしたことかとおもわずぽかんとなってしまう。
「おい、本当にこの嬢ちゃんなんだろうな」
「ええ。間違いありませんよ」
しかもジャンヌは人夫風の柄の悪い男達としきりに言葉を交している。一体これはなにがどうなっているのか、ただ一つわかっていることはここが幌馬車の荷台らしくてどこかに移動中だろうということだけだ。
座りこんでいる彼ら、ないし彼女の背後のちらりと覗く風景には王都にはない果てしない大空と平原が広がっている。
「ええと、ジャンヌ? わたくしお医者様のところへたしか? このまま赴くのですの?」
まだ寝ぼけ感覚に近いシャルロットは、男達をキョロキョロと見回しながらジャンヌに尋ねるが嘆息を漏らすだけで答えてくれない。がさつな笑い、露骨な舌打ちがそこかしこで巻き起こる。
「おい、王女様。命が惜しかったら大人しく口にチャックしてな」
「え・・・・・・・・・・?」
自分を王女だと知っていることに、シャルロットは疑問を抱いた。王女様、と言った男はどう見ても貴族、騎士ではない。そんな男が自分の隠されている正体をどうして知っているのだろう?
「ち・・・・・・おい」
「やかましいですよ。口にチャックするのは貴方のほうです」
いつもとは違う鋭くおそろしいジャンヌが制すると、男はぐっと黙りこんだ。自分が知っているジャンヌと雰囲気がかけ離れているので、おもわずジャンヌすら戦いてしまったほどだ。
なんとなくではあるが、この場にいる誰よりも偉く、主導権があるのはジャンヌであると理解ができ、再度尋ねた。尋ねずにはいられなかった。
「ジャンヌ? ここはどこですの? どうしてこのような? 一体・・・・・・」
おそるおそる、自然と阿るようになってしまったがそれでも返事はない。
「・・・・・・まだわかりませんか?」
ぐらぐらと揺れる立ちづらいであろう馬車の荷台上を、するすると巧みに移動してシャルロットの眼前へと躍り出てきた。そのまま曲げ下ろした膝に片腕を載せる体勢、女性では絶対にしない無作法な格好でこちらを見下ろしてくる。その瞳からは感情を一切読みとることができない。
「わからないでしょうね。そのようにして長年貴方を信用させるためにお仕えしてきたのですから」
「っ」
このとき、シャルロットは目の前にいるジャンヌが。なんでも打ち明けられていた友とも呼べる侍女が。まるで姉妹と同じく自分の世話をして助けてくれていた女の子が。別の人のように見えて仕方がなかった。
それほどにジャンヌの放っている雰囲気は、普段のとかけ離れている。
「本当はこんな強引なことをしなくともよかったのですが。まさかあの呪われ騎士があそこまでしてしまうとは」
「っ。ジャンヌ・・・・・・あなたは・・・・・・あなたは一体なんなんですの?」
「おい、さっさと教えちまったらどうでい。どうせもう終わりなんだからよぉ」
沈黙を守っていた男の一人が、くっく、と含み笑いを噛み締めている。それがきっかけでそこかしこにまるで馬鹿にしているような下卑た笑いが上がる。
「ずっと王女様を殺すために騙し続けていたんだってよぉ」
「!?」
衝撃だった。
雷が落ちたのと同じほどの驚愕に、シャルロットは声もなく打ち震えることしかできない。
「・・・・・・・・・・・・」
「おいおい。睨むなって。今更だろ? それにさっさと教えてやれば自分の立場を理解できて静かにもなるだろう? どうせ長旅なんだからよ」
ジャンヌは男を不快そうに睨むだけで否定をしない。それが、かえって真実味をシャルロットに与えていく。
「ど、どうして、どうしてなんですの!?」
「疑問におもわなかったのですか?」
諦めたように一つ。溜息を零す。それだけでシャルロットは何故か腹立たしく、悲しくあった。自分を騙していたということを肯定されているようなのだ。
「どうして警戒が厳重な王宮に刺客が入り込めたのか。そしていとも容易く、王女の居場所を探り当てられて狙いをつけることができたのか」
「そ、それは・・・・・・・・・」
「どうしてあなたがいる呪われ騎士の一使用人に、呪いがかけられた道具を渡すことができたのか。どうして偽物だと周知されていない離宮に、一度も襲撃がなかったのか」
「・・・・・・・・・最初から全部知っている者が身近にいないとできないことでしょう」
「う、そ、そんなの」
嘘だと信じたい気持ちが空回りして口からとりとめの無いものとなってこぼれ落ちていく。嘘だと信じたいのに思い切ることができない。
だって、全てが附に落ちてしまう。
初めて襲われたとき、ジャンヌは自分の側にいなかった。エリクが危機に瀕していたときも。
「わからないでしょうね。恋に恋している世間知らずの、箱入り娘の王女様には」
いつもの声音にはない嘲り、敵意。情が一切消え失せている瞳がありありと伝えてくる。受け入れざるをえない。彼女が自分の命を狙っていたのだと。
「まぁ。あなたのおかげで機会が増えたと喜びましたよ。ええ。ぬか喜びでしたけどね。それも束の間ではありましたが。暗殺の機会が増えたと。ええ。実際に。呪われ騎士に罪を被せるか賊の侵入を許したという体にしてあなたを殺めようと」
その後も、ジャンヌの口からはありとあらゆる信じたくないことが次から次へと飛びだしてくる。尚も衝撃を浴び続けるシャルロットには満足に感情を紡ぎきることができない。
「あ、ああああ・・・・・・・・・」と小さくか細い鳥の鳴き声に等しい吐息ともとれない嘆きを漏らし、涙を流すのみだ。
「ですが、いくら呪われていたとしても騎士は騎士。自分達が怪しまれない手段を模索して中々果たせず。強硬手段をとらざるをえませんでした。これで満足ですか?」
「ど・・・・・・・・・して」
「はい?」
「どうしてっっっっ!!」
初めて、シャルロットは絶叫した。信頼を裏切られたことの絶望に突き動かされるまま、声にのせた。
「そんなに・・・・・・そんなに国がほしいんですの!? 権力と富が! 大臣と協力してなんの罪のないエリク様を殺めようとしてまで! マリーさんを巻きこんで悲しませてまで!」
シンと静まり返ってすべての視線が自分に集中しているのを感じたが、かまわなかった。物怖じすらせず、ジャンヌはどこ吹く様子でシャルロットを見つめ返している。それがたまらなく悲しく、腹立たしく、悲しかった。
「そんなことは最初から持っている人間だからこそいえることですよ王女様」
「っ!」
「おお、こわい」
目にもとまらない早さで腰から抜き放った短剣が、ギラリと太陽の光を反射させながら喉元に押し当てられる。重く冷たい刃の感触が肌に食いこんだ。
少しでも動けば斬られてしまうだろう、危ういほどの力加減が恐怖を込みあげさせる。
「大人しくしていてください。あまりにもうるさいと傷つけてしまいたくなる。まだ貴方には利用価値があるのですから」
「う、うう・・・・・・・・・」
「それに、権力、富? そんなものは私達の目的ではありません。大臣を利用するために同調していたと見せかけていただけにすぎません」
「?」
「私達の目的・・・・・・・・・・それは復讐ですよ」
意味が・・・・・・・・・理解できなかった。
ただ、またこみあげてくる苦しさと沸騰しそうになるほどの体温の上昇を自覚し、シャルロットはたまらず咳きこんだ。
復讐。大臣を利用していた。私達。
感情さえ霧散していく纏まりを欠いていく思考の中で、ジャンヌが言っているのはなんであるのか。その疑念だけが最後まで残った。




