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消えた王女

ディアンヌ邸に急ぎ帰宅したのは、すぐのことだった。占い師の今後をエドモンと簡単に話しあったあと、シャルロットの側を離れている危険性が急に襲いかかってきたのだ。


 顔を覆い隠す暇すら惜しく、御者にギョッとされるもかまうことなく馬車へと乗り込む。人知れず胸元の指輪を握りしめながらシャルロットのことを想うのをとめられない。時間が惜しく、馬車に乗っている間貧乏揺すりまでしてしまう始末だ。


「なんだ? 少しおかしくないか?」


 同乗していたエドモンが異変を口にして、邸が物々しい雰囲気を放つ武装した騎士隊に囲まれていることに気づいた。馬車を降り進むとどよめきがおこった。呪われ騎士である俺に、誰もが奇異な視線をなげかける。


 彼らの視線を浴びていると、嫌な予感が心臓の鼓動と歩幅を早める。邸を進んで行くと広間にマリーとサム。そして王太子殿下と連れられている護衛がいたのだ。


 

「エリク様」

「お兄ちゃん」


 再び呪われた姿となった俺に驚きながら、二人が俺の元へ歩み寄ろうとしたが、大股で駈けてくる殿下が追いこす。


「エリク・ディアンヌだな?」

「は・・・・・・・・」


 怒色に満ちた殿下は眼前で直立すると、拳を振りかぶり、横面をしこたま殴られる。


「お兄ちゃん! なにをなさるのですかっ!」

「黙れっ」


 睨みつける殿下に対して更に抗議をあげようとするマリーを、手で制する。見下した姿勢のまま、暫し殿下と視線が交錯する。胸ぐらを掴み、噛みつかんばかりの面貌にぐぐぐっと凄まじい膂力で引き寄せられる。


「貴様・・・・・・どこでなにをしていた」

「・・・・・・・・・」

「シャルロットが消えた」

「っ、」

「大臣達が死んだという知らせを受け迎えにきたときには、既にいなかった」

「・・・・・・・・・」

「体調を崩したシャルロットをジャンヌが連れて行った医師の元へ尋ねにいっても、来ていないという」

「は、」

「もう一度問う。貴様、どこでなにをしていたっ! なんのために貴様に守らせていたとおもうのかっ!」

「申し訳ございません」


 怒号が響き続ける。


 解放された途端、殿下は側にいた隊員の剣を強引に抜き放ち、切っ先をこちらにかまえる。張りつめていた空気が、誰も息を呑むことすらできない緊迫したものへと移り変わる。


「お、おそれながら殿下!」


 サムが隊員達に止められるのに抵抗しながら声を上げる。呼吸を合わせたようにマリーが庇うようにして殿下との間に入った。


「お、お怒りはごもっともなれど! 旦那様お一人の責任ではございません! 旦那様は上官の思し召しによりお側を離れてしまったまで! 更に言えば――――」

「ええい、黙れ! そのほう達も首を刎ねられたいか!」


 鋭い眼光と刃を前に、小さい悲鳴があがる。ぶるぶる震えながらも頭を胸にかき抱くようにしてマリーが、きゅっと抱き寄せる力を強める。


「いい、サム。マリー。ありがとう」


 多少強引にマリーを引き離し、前へと進み出る。膝を折り、臣下の礼と、謝罪の意を込めて頭を下げる。


「申し訳ございません・・・・・・・・・」


 ああ、これは罰だ。


(これは、俺への罰に他ならない)


 シャルロットとの生活に、一緒にいられる時間に我を失って浮かれた。呪いが解けたことを喜び、かつての恋人と再会したことにも胸をときめかせた。騎士としてよりも、個人的な感情を優先していたといっても過言ではない。


 騎士としての誓いを、職務をないがしろにしていた俺への罰なのだ。


「申し開きのしようもありません。シャルロット王女が攫われたことについてはすべて自分の不徳の致すところ。お役目を蔑ろにしていたからであります。そのお怒りを鎮められるのであれば、どうかこの首、ひと思いに刎ねていただきたく」


 そして、守ると誓った少女を今、危険にさらしてしまっている。


「・・・・・・攫われた?」

「私の考えですが、大臣の仲間がまだ残っていて、それによって攫われたと考えます。すぐにでも救出隊を」


 だからこそ、一命にも代えて助けなくてはいけない。いや、なんとしても助けたいのだ。罰を受けるのであれば、救ってからにしてほしいというのは、おこがましい願いだろう。


 冷笑に付され、首筋に刃が当てられる。


「では貴様になにができる? 攫われた? 仲間がまだ残っている? それを知ったところで、なにができる。あの子が誰に攫われ、どこに連れて行かれたのかもわからないというのに」

「それは・・・・・・・・・」

「いや。与えられた任務を遂行することができなかった貴様には、最早なんの申し開きすら与えられんと知れ!」

「・・・・・・・・・」

「では、私ならば許されるでしょうか?」

 場を斬り裂くような堂々とした大声が響いた。ここにいる全員が声のしたほうに注目した。


「貴様は?」

「おそれながら失礼いたします! エドモン・シャルロッドであります! 今の今までエリク・ディアンヌを引き止め、邸に留めておりました!」


 魔術師を引っ立てるようにして登場したエドモン。入り口の近くで隊員と押し問答を繰り広げて中々邸に入れなかったのだそうだ。


 そこからエドモンは、連れている魔術師のこと。昨晩死んだという大臣の死体の不審点。そして傷。エドモンの邸で判明した事実の数々を、殿下に話し続けた。騎士に仲間がいる、と話したところで少しのどよめきがおこった。


「こいつが、魔術師・・・・・・・?」

「ふん、なんじゃい。なんぞ文句でもあるのか?」


 ふてぶてしい態度の魔術師を、殿下は複雑そうに見つめる。マリーをチラッと見ると、キッとキツく魔術師のことを睨んでいた。以前遭遇したときの経緯からあまり良い感情が抱けないのだろう。


「それで? エドモン・シャルロッド。何が言いたい?」

「事件があったのは昨夜です。非番であった騎士、隊舎にいなかった騎士を調べれば自ずと犯人は見つかり、王女様を見つけられるものとおもいます」

「・・・・・・・・・」

「まだシャルロット王女様を救う手立ては残っているのです! ならば時間を無駄に浪費すべきではありません! それにエリク・ディアンヌが我が邸に寄らなかったらば、王女様へ繋がる手がかりは掴めなかったでしょう! 騎士に仲間がいたというのは!」

「憶測に過ぎん」

「だとしても、引き止めていたのは私です! 罰を与えるのであればどうか私にいただきたい!」


 食い下がるエドモンに対して、殿下はどこまでも冷徹さを崩そうとはしない。


「仮に、今貴様が申したとおり騎士が手引きし、シャルロットを攫ったとしよう。だが、どれだけの騎士がいるとおもっている? 条件に合致する騎士を調べるのに、どれだけの時間を有する? それにそれまでシャルロットという小娘が無事だという保証はない」


 それでも、殿下自身もわかっているのだろう。他に手段がないというのは。先程よりも怒気が鎮まっているのがその証。


「ほっほっほ・・・・・・・俗物とはまこと愉快じゃのう。こうして議論している合間すら惜しいと気づかぬとは」

「・・・・・・なに?」


 苦虫を噛み潰したような面持ちで、ずっと口をへの字型に引き結んでいた魔術師が口を開いた。


「なに。人を統べし王族のふるまいが面白かっただけじゃわ。激情に任せ、一時の感情に目を曇らせる。臣下達の手前、己の不甲斐なさを誤魔化し責任をなすりつけようとしているその狭量。笑わいでか、これが」

「っ!」


 小さく短い笑いが、谺していく。声量が大きく、邸中に伝播しているのではないかというほど響き渡る。


「お、おい魔術師! 無礼だろう!」

「ふふふ、しかし滑稽であろう? この者は忠義のため、この者の代わりに呪いを受け、死に瀕した。忠勤を称えられこそすれ、責めを負わせようとしているのじゃぞ? 一国を預かる者の振る舞いか」

「そのように大切な者だったのならば、初めからお主自身で守っておればよいものを。滑稽も滑稽」


 


 魔術師に庇うつもりなどないだろう。ただ、人の理から外れている魔術師が正直におもい、見たままを語り、笑っているにすぎない。殿下の事情も目的も、政の大変さも、その他一切のことを知らずにいる。


 だからこそ、理不尽であるように見、笑ったのだろう。魔術師でなければできない無礼で不遜な物言いに、殿下は頭に血を上らせはすれど、一言も口にしない。いや、できないのか。それは、図星を刺されているからか。


「ふざけないでっっっっ!!」


 乾いた音が鳴った。魔術師が頬を張り飛ばされた音だ。


「う、うぬ・・・・・・?」

「ま、マリー!」

「誰のせいで、誰のせいでお兄ちゃんとシャルがこうなったとおもっているの! シャルが危ない目にあってるとおもっているの!」


 後ろから羽交い締めにして止めようとしているサムなどおかまいなしに、マリーは尚も倒れ伏している魔術師にくってかかろうとしている。その様は、普段のマリーからは想像もできない。激しく、猛烈で、感情的な姿だった。


「あなたのせいで、お兄ちゃんは呪われた! それでどれだけ辛い目にあったとおもっているの! シャルだって! 自分一人だけ関係ないというような顔しないで!」

「う、ぬ、ぬ?」


 ただ、叩かれた箇所を押え擦りながら、ぽかんと間抜けな格好で一心に見上げている。振りほどかんばかりに喚いているマリーを。


「貴方だって・・・・・・・・貴方だって人のこと言えないじゃない・・・・・・・それなのに・・・・・・!」


 そして、ついに泣き崩れた。周りを囲んでいた隊員達もおもわず沈痛になるほどの、どこか悲痛な嘆きに包まれる。


「・・・・・・・・・・よい使用人と、友に恵まれたな」

「は?」


 ぽつりとした呟きに誘われ視線を移す。マリーに注いでいた瞳が、こちらに向いていた。先程とは打って変わって感情が落ち着いている王太子殿下と暫し見つめ合った。


「エリク・ディアンヌ。そなたへの罰はシャルロットを救い出すまで保留とする。また、働き如何によっては帳消しにすることも考える」

「は、」

「今すぐ騎士隊隊長として王女の捜索、救出活動に当たれ」

「っ! はい!」

「エドモン・シャルロッド。魔術師を引き立てよ。王宮まで連れてくるのだ」

「はい!」


 剣を隊員に返し、恭しい面持ちで見回しながら次々と命令を出していく。国王の元まで行き、王都と関所を封鎖すること。一連の事件に係わりを調べ直すこと、そして先程エドモンが言った怪しい騎士を調べるということ。詳らかに命令を出し続ける。


「マリー、ありがとう」


 いまだ立てずにいたマリーを諭すように、しかし感謝を込めながら頭を撫でた。そうしていると、泣き顔が少し和らぎ、安心して腰を抜かしているたサムと笑いあった。


「大変なことになったな・・・・・・・」


 周囲を見回しながら一人ごちるエドモン。彼のおかげで窮地を脱し、こうなる流れを作りだすことができたとおもうと、頭が下がる。そして、事態の進行に遅れまいと頬を叩いて気を引き締める。


「おい、魔術師。さっさと歩け」


 エドモンに催促されるが、魔術師は動こうとしない。ただ一心に、マリーを見つめている。先程殴られたのを根に持っている、のとはちょっと違う雰囲気だ。


「な、なんですか。私は謝りませんよ。元はといえば、あなたが――――」

「愛しておるのか?」

「え?」

「そのほう、この者を愛しておるか?」

「な、なにを・・・・・・・・・・!」

「では、接吻をしたことは? この者が倒れ、二つ目の呪いを受けたときにじゃ」

「す、す、す・・・・・・・・・・」


 意図が読めないことを頻りに尋ねられたマリーは、まるで熟れきったた林檎のように真っ赤になり。


「 す る わ け が な い で し ょ う ! ! 」


 そして爆発した。


 何が目的なのか。大きな声で怒鳴り続けるマリーを、しかし興味深そうに見つめている。そしてまたブツブツと独り言めいた呟きをまたはじめる。



「ふむ・・・・・・・では王女のほうが? だとするなら・・・・・・・・・・」

「おい、お前?」

「魔術師! なにをぶつぶつ呟いている! 早く行くんだよ!」

「・・・・・・オーヴェンヒルムじゃ」

「なに?」

「三年前と今回。我に依頼をし、そして我を殺めようとした男の名じゃ」


 それだけ言い捨てると、魔術師はエドモンに引き立てられていく。二人を見送りながら口中でオーヴェンヒルムと呟いた。


「急ぐがよいぞ。我も興味がそそられてきたゆえな」

 

 どこかで聞いたことがあるような名だ、とおもっているとそう最後に言い捨て、エドモンに引き立てられていく。


「一体どういう意味だったんでしょうか」

「さぁな。わからないが、急がなければいけないのは本当だ」


 大臣の仲間、その生き残りが一体なんの目的でどこにいるのか。そしてシャルロットは無事なのか。考えるよりも調べることは山のようにあるのだ。


「これからすぐに隊舎へ行く。お前達も来てくれ。まだ当時の詳しい話を聞いていないからな」

「はい」

「かしこまりました」

「それと、マリー・・・・・・・ありがとう」

「え?」

「魔術師に、言ってくれただろう」

「あ、あれは・・・・・・・・・・その・・・・・・・」


 思い出しているのか、口ごもりながら赤くなっていく。クスリと笑ったサムに撫でられ慰められるのさえも恥じ入っている姿を見ながら、俺のためだけでなくシャルのためにも怒ってくれたのだと、わかった。


(絶対に、助けだす。待っていてくれ、シャル)


 もう一度救い出す決意を胸の中で硬くしながら、慌ただしい喧噪の中へと歩みを進めた。

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