呪いをかけた張本人
エドモンの邸宅は我がディアンヌ邸が可愛く見えるほどスケールが大きく贅に尽きていた。
広大な敷地に手入れの行き届いた庭園、業火としかいえない美術品と絵画が邸のあちこちに飾られていて壁紙も派手だ。家具は装飾過多で天井にも晴れやかな青空に天使が舞っている絵が描かれていているほどだ。
とてもではないが、短時間でも滞在して落ち着ける場所ではない。目が眩みそうになりながら、それでもエドモンと執事らしき老人に連れられ、邸宅の奥へと進む。
「本当なのか?」
「ああ。間違いない。目撃証言とも一致するし、なにより提供者が捕まえたとき怪しげな術をかけられたそうだからな」
「術?」
「なんでも目が一時的に見えなくなったとか気持ちが悪くなっただとか。それと触れられただけで雷が全身を駆け巡ったような痛みが走ったとか。そういう類いのものだ」
そんな会話を交しながら進んでいると、時折使用人に遭遇する。礼儀正しいながらも顔を隠している俺を訝しむという、妙に懐かしい対応をされる。
「ここだ」
案内されたのは邸の奥も奥、本来は使う用途のない地下室だ。窓すらなく、嫌にむわっとした湿気と微かに香る異常な匂い、そして日の届かない暗い冷気を肌で感じる。燭台を手に先を行くエドモン達に突いていくと、まるで隊舎の尋問室のような広い部屋に行き着いた。
「この地下室は、元々戦乱の時代にご先祖様が捕らえた奴隷や捕虜を収容する軍事施設としても機能していた名残なんだそうだ」
部屋の前には占い師が所持していたという道具が鎮座していたが、どれも怪しげな物ばかり。曲がりくねった杖に石、骨、宝石で結われた首飾りに植物、なんらかの生物の干物、そして古びた書物だ。
書物の中身を軽く開くと、癖が強く、読みとれない言語で描かれている。図や絵で記されているそれらのページを軽く速読していくと、いつかマリーが持っていた道具も克明に描かれていた。
書物を手にしたままエドモンへと頷くと、そのまま鍵を開け、扉を開け放った。少し進むと、暗闇の一角でもぞりと僅かに動く気配がした。段々目が馴れてくるとフードを被った誰かがいる。
一歩一歩近づいても離れることはせず、あっという間に見下ろせる位置にまでやってくると、こちらを眩しいものであるかのように目を細めて見上げている。
「こいつが?」
「そうだ。手足を拘束してはいるが、怪我もしていたからな。逃げようという素振りもない。その代わり、なにも喋ろうともしない」
そう言いながらも警戒しているのか、あからさまな距離をエドモンは作っていた。腰を屈め、目線を合わせながら燭台を翳すととフードの奥で鬱陶しそうに眉を潜ませている、三十歳前後だろうか。皺が少し目立っている女性なのだとわかる。
「一応お前のことや呪いについて聞きだそうとしたが、なにも喋らん。拷問をしようかともおもったが、やり方がわからないし。エリクできるか?」
「知識はあるが・・・・・・・辞めておこう」
血と薬の臭いが濃いが、異臭もする。食事は与えられているかどうか不明だが疲労が濃く見える。そういった下手人へ下手に拷問をして死んでいったという実例はいくつもある。
それに、そもそも拷問をしても口を割らなければ意味がないし、本当に俺を呪った人物かどうかもわからない。エドモンを疑うわけではないが、俺を呪ったのはお前か? と聞いてそうだと答える正直者などいないだろう。
一番はマリーをここに連れてきてたしかめさせることだが、当の占い師は既に意志の疎通を拒んでいるようだ。フイッとあちらの方に顔を向けてしまっている。言葉が通じないのかもしれない可能性も考え、どうするか思案し。
そして、もっとも効果的な方法を思いつき、顔を覆っている布に手をかけた。
「おい・・・・・・・?」
「――――――ふぅ」
一つ溜息を吐き勢いよく布を取りさった。
占い師は、一際大きい反応を見せた。驚いているが、恐怖してはいない。今まで誰からもされたことのない新鮮な反応だ。お、おおおお・・・・・・・と漏らしている声は震えていて、そのうち歓喜に打ち震えているのだ、とおもった。
「エリク・ディアンヌ。三年前この国の港街で獣に襲われた。それ以来、この姿だ。一月ほど前にも、別の呪いで命を落としかけた」
カッ! と目を見開かせた。う、う、う、う、という短い掠れた唸り声が歯の隙間から連続で吐きだされている。
「そうか、そういうことか・・・・・・・」
初めて言葉らしい言葉を喋った。そして、自分がしたことは正しかったと確信する。この顔を見て知っているような反応を見せるのは知人か、そうなるような呪いをかけた張本人しかいないだろう、と。
「やはり・・・・・・・失敗したのか我は・・・・・・・」
頻りにブツブツと呟いているが、これでこの占い師が呪いをかけた張本人であることは明白になった。エドモンは露骨に嬉しがっている。
「殺せ」
「なに?」
「ことここに及んで、命乞いなどせぬ。魔術師としての矜持もある。殺せ」
魔術師。絵本やお伽噺に登場する不可思議な力を扱う者。今目の前にいる占い師は己をそうだと言ってのけたのだ。本当にいたのか・・・・・・・という感嘆が浮かぶ。
「死んでもらっては困るな。せっかく大金を注ぎ込んででも捕らえたのだ」
「世俗の者はこれだから・・・・・・・」
「・・・・・・・・なんだと? おい、なんだったら生き地獄を味あわせてやってもかまわないんだぞ?」
「いや。それはやめておけ。死んでもらったら困るというのは同意だが。ともかく、俺を二度も呪ったのはお前なんだな?」
かみつく勢いのエドモンを制しながら、尋ねるとギロリとこちらを一睨みされる。そして、再度殺せと呟く。
「お前はそんなに死にたいのか?」
「魔術師にも魔術師の掟、風習がある。魔術がなんたるものかわからぬ俗人に我が秘伝の書を見られ、正体を暴かれたのだ。その時点で秘めごとではなくなってしまう」
「俺はただかけられている呪いを解いてほしいだけなんだがな」
「殺せ」
それっきり、なにを聞いても殺せとしか言わなくなり、キリが無い。全てを諦めて投げやりになっている者の態度で苛立ってしまいそうだ。
「エドモン。こいつに食事は?」
「いや。やってはないな」
「そうか。なら持ってきてくれ」
「?」
そういう奴には、昔から通用する手段がある。
「ふん。我に恩を与え情で訴えるというつもりか? その手にはのらん」
「誰がお前に食べさせるといった?」
「なぬ・・・・・・・?」
「俺とエドモンが食べるんだ。小腹が空いたし、ちょうど夕食時だからな」
「この人でなしめ!!」
こちらの意図を察したのか、人間らしく感情的に叫んだ。
エドモンも「あー。なるほどなこのこのー」という具合に上機嫌に肘で腹を軽く小突きながら退室、こちらを猛獣さながらに睨む占い師、もとい魔術師と二人きりになった。
「くそ、それが騎士のするべきことか恥をしれい! 空腹で苦しむ我に貴様等が食べる様をこれ見よがしに見せようなどと! 呪ってやる! 未来永劫呪ってやるぞ!」
「それが嫌だったら喋ればいいだろ。それにもう呪われている」
「くぅうう! それほどまでに我が憎いか! ええい憎いであろうのう! ならばいっそのこと斬れい! 生き恥をさらすくらいならば死んだほうがましじゃ!」
「別に、憎くはない」
「嘘をつくな! そんなわけがあるか!」
「本当だ」
嘘はない。望まないまま化け物の姿にされ、恋人と別れ人目を避けるように生きることを強いられた。悪い風聞がたち、色眼鏡で見られることになった。理由もなく忌み嫌われ、恐れられた。そのことに嘆き、怒ったこともある。
だが、すべてはこの女のせいなのだと突然連れられて突きつけられても、はいそうですかじゃあ憎みますとはならない。なれないのだ。
元々、呪われ騎士としてこの風貌のまま、変わってしまった生き方を受け入れていたのもあるだろうが、決して憎悪は芽生えない。
「だが、知りたいな。この呪いが解けるのかどうか。そしてお前の目的を」
ただ、その二つに集約される。一体どうして俺は酷い仕打ちを受ける羽目になったのかについて。
「ぬ、ぐううう・・・・・・・」
半信半疑なのか、怒っているような魔術師の隣に座り、目線を合わせた。
「お前は外国に住んでいるのか? 色々調べたが、この国の書物では呪いに関する書物も話もまるでなかった」
心を開かせるというつもりはないが、何気なしにこれまでの三年間であったことや調べたことを訥々と語る。すると、長い息を吐いた後に、当然じゃろう、という消え入りそうな相槌が帰ってきた。
「魔術師とは本来、人の世からは離れて生きる存在じゃ」
魔術師が語ったところによると、かつて魔術師は当たり前のように存在していた。しかし、いつしか人々からおそれられるようになり迫害を受け、狩られる存在へと変化し、半ば人から避けて生きるようになったのだという。
なんとなく、呪われてからの俺に似ていると勝手にシンパシーを抱いた。といっても俺よりも更に住む場所の条件は厳しく、人がまったく入らないような僻地、山や谷に隠れ住み、ひっそりと暮らしているのだそうだ。
「お前以外にもいるのか?」
「知らん。会ったことはないが、いるかもしれんのう。この世界のどこかに」
それから、魔術師は魔術や呪いについても教えてくれた。専門的な箇所が多かったが、魔術師とは魔術と呪いを研究することを生き甲斐としていることも教えてくれた。代々親から子へ、子から孫へと引き継がれいつか完成させる。
それが存在理由であり、矜持なのだと。
「そうか。なら、もっと研究を続けたいとは想わないのか?」
「・・・・・・・もうよい。なんの意味もないことがわかったからの。我と我の一族がこれまで費やしてきた時間など、そなた一人を殺すこともできなかったのじゃとな」
・・・・・・・ここでやはり魔術師は最初から俺を目標にしていたということがはっきりとした。
だが、それでも感情的にはなれず、これまで生きて来た苦労をつらつらと語る魔術師の話に耳を傾け続ける。時折、自嘲じみた笑いがこぼれ、なにかを堪えるように口を噤む。かとおもいきや笑い声へと移り代わり、室内に谺する。
単なる研究に付き合わされただけ、というはた迷惑な理由だとわかっても、怒りはわいてこず呆れた気持ちしか出てこない。
「俺としては、お前がいつ死んでもどうなっても別にかまわないんだがな。だが、できれば解いてほしい」
「・・・・・・・無理じゃ。我にはできぬ。別の誰かならできるかもしれんがの」
「? なら、誰ができるっていうんだ?」
「じゃから、誰かじゃ。そなた以外の。誰か。じゃが、そのままのそなたでは、決して見つけることは難しいであろうのう」
馬鹿にしているのか、それともきちんと意味があることなのか。どちらにしろ、必ず解き方はあるという言い方だ。
「まぁ、いい。どうせ一度は解けているんだからな」
「ぬ?」
「それに、これから長い付き合いになるだろう。今日一日で全部聞き出せるとはおもっていない」
「待て。そのほう今なんと言うた」
「? だから。一度解けたと」
「馬鹿なっっっ! 解けた!? 解けたじゃと!? なら何故その姿をしておる!?」
「それがわからんから聞いているんだ」
「馬鹿な、ありえん! そんなはずは・・・・・・・!」
「不手際があったんじゃないのか? お前の呪いは」
「ぐ、ぬうううう・・・・・・・・! 一度ならず二度も・・・・・・・! ありえん!」
(二度も?)
そのタイミングで、エドモンが戻ってきた。いくつかの果物と切り分け用のナイフを銀の盆に載せて。
そのうちの一つ、南国さんのバナナという果物を手づかみで食し、熟した甘味を堪能する。
「それで、あいつ喋ったか?」
「いや。肝心なことはなにも。だが、機会はこれからもあるだろう」
「それは・・・・・・・つまりこれからも我が家に来てくれるということか?」
ナイフで切り分けて出していたエドモンは、途端に瞳を輝かせはじめた。少しうんざりとしたが、「そういうことになる」と言い含んでおく。
「だが、魔術師をこのままここに置いておいていいのか?」
「僕は別にかまわないさ。どうせなにもできはしないだろう」
「そうか。なんだったら俺の家に移してもいいんだが」
「とんでもない! そうしたらここに来てくれないんだろう!?」
エドモンの高いテンションに辟易としつつも、半ば強引に魔術師は今後もここに置いておくということで片付いた。
「とにかく、魔術師は生かしておけ。食事もきちんと与えて・・・・・・・怪我をしていると言っていたな? 傷の手当ては?」
「いや。していない。それほど深くはない傷だ。ちょうどこれくらいのナイフで斬られたくらいの、ほんの小さい傷さ」
これ見よがしに、果物を切り分けたナイフを見せつける。傷は薬を使ったりきちんと清潔にしておかなければ破傷風になって悪化し、命を落とすことにもなりかねないというのに。
「ともかく、手当もしておけ」
「・・・・・・・わかった。僕としては、気が進まないが。おい。感謝しろよ魔術師風情め」
吐き捨てるようなエドモンを、しかし呆けたように放心している魔術師には届いていない。口を半分開けてどこか遠くを見ているようにぽかんとしている。
「殺せ・・・・・・・・・・」
「うん?」
「なに?」
「殺せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
そしてごろんと仰向けに倒れ、いきなり叫んだ。




