戻った肉体
「え? は? な?」
混乱の極みにある。一瞬にして化け物の姿へと逆戻りしてしまって何故だ何故何故・・・・・・と鏡の前で呆然と立ち尽くすしかない。
「エリク・・・・・・あなた」
僅かに我を取り戻し、すぐ側にいるエレオノーラの反応にハッとしてしまう。かつて侮蔑と嫌悪を向けられていた姿になってしまった事で彼女もまた、同じ反応をしているのではないかと。
「貴方、大丈夫?」
意外なことに、エレオノーラは恐怖とも違う気遣わしげな、酷く労わっている気配しかない。無理をして隠そうという素振りは微塵もなく、直接触れて背や肩を摩ってくる始末だを
「呪いは解けたのではなかったの?」
「そうだ、いや。そのはずだったんだが」
予期せぬ反応に少し疑問を持ったが、しかし平静さは取り戻せた(見た目が変貌を遂げただけでそれ以外なにもないことを具にたしかめられるでき、次いで不安が首を擡げてきた。
そもそもが呪いという不可思議な現象だったとはいえ、ここまでくるとお手上げだ。原因を究明しようにも「じゃあどうして元に戻れたの?」「じゃあなにが原因なの?」という所に至る。それさえも不明なのだ。
兎にも角にも、頭を悩ませ答えのない議論をしている時間的余裕は無い。この姿を他の誰かに見られでもしてしまえば大騒ぎになることは必定。そしてこともあろうにジャンヌは先に帰ってしまったというではないか。
「そうだわ。ひとまず服は仕方ないとして、顔を隠せる物を探してーー」
そこで言葉を終わらせ、ある一点へとエレオノーラは目線を留まらせ動揺で身を揺らし始めた。ふと彼女につられて同じ方向、窓を見る。
固まってしまった。そして大きく脱力してしまう。
今一番ここに相応しくない、見られたくない人物が窓に顔をべっとりと貼り付けて中をのぞいていたのだ。
目にも止まらぬ速さで窓を開け、胸倉を掴み強引に中へと引きずり込む。他に誰かいないかと探っている間にも男は低い悲鳴を漏らし続けている。
「ど、ど、ど、どうひてお前が、エリク・ディアンヌがいる?!」
「それはこちらの台詞だ・・・・・!!」
エドモン・シャルロッド。
今一番会いたくなかった人物である彼はこちらの問いに答えず、激しく目をパチつかせている。
「シャルロッド卿、なにをなさっていたのですか?」
「! エレ、こいつを知ってるのか?」
「ええ、最近ボランティアに来てくださってるのだけれど」
「ボランティア、だぁ?」
「そ、そうだ! なにか文句でもあるのか?」
文句はない。だが、この男がどういう人物なのかを知っている身としては、そんな馬鹿なと思わざるをえない。それほどボランティアなどという行為とは無縁な男だ。
こちらの胡乱な考えを嗅ぎ取ったのか、不満げに鼻を鳴らし「好き好んでやっているわけではない」と漏らした。
以前からの放蕩、傍若無人さ、加えて職務怠慢からの謹慎を父親からも咎められ、ここでの奉仕活動を義務付けられたのだと説明をした。
「だが、まさかここでお前に会えるとは思わなかったぞエリク・ディアンヌ」
「あら、もしかしてお知り合い?」
断じてそうだ、とは口が裂けても言いたくはない。しかもエドモンは「ま、まぁな」とモジモジしながらしおらしさを見せている。ついさっきまであった尊大さは陰もなく、少し気持ちが悪い。
「なら、送っていただいたら?」
「は? こいつにか?」
冗談かとおもいきや、エレオノーラは真剣だ。たしかにそうすれば人目を避けて帰ることはできるだろうが、エドモンに借りを作ることになるし、それ以前に関わりを持ちたくないというのに。
それに、エドモン自身も断るに決まっている。呪われ騎士と蔑んでいた相手なのだ。
「ああ、かまわんぞ」
「!?」
耳を疑った。想像とは違い、なんとあっさりと承諾したのだ。
「こちらも積もる話があったことだしな」
あれよあれよという間に、エドモンを迎えに来た馬車に乗るということが決まってしまった。自身が意図せずそのような運びとなったし思惑がわからない。
「エリク? ご厚意に甘えたらいかが?」
しかし、このままここに留まっているわけにもいかない。エレオノーラにも迷惑となるだろう。
不承不承ながら受け入れるしか無かった。
「あら? それはなに?」
服を急いで着替えている時、エレオノーラに指輪のことについて聞かれた。つい答えそうになり、「預かっている物だ」と簡単に言うと、エレオノーラは驚いている。
「そう・・・・・・貴方にはもう・・・・・・」
「どうかしたか?」
「いいえ。ただ・・・・・・私が言えた義理ではないけれど・・・・・・」
「うん?」
「ううん。なんでもないわ。またなにかあったらいつでもいらして」
少し困った顔のエレオノーラに、煮え切らない様子を感じ取った。しかし、エドモンのうるさい催促でその場を離れる。
「会えてよかったわ」
「っ、俺もだ」
手を振り小さくなっていくエレオノーラを、馬車の中からいつまでも眺める。なんとも慌ただしい時間だったが例えようのない感傷は止められない。
「しかし、まさかこんなところで会えるとは思って無かったぞ。生きていたのだな」
そして、どこか声が弾んでいるエドモンと膝を突き合わせての道中を迎えることになったのだ。
エドモンは服を緩めラフな格好になりながら色々と話を振ってきた。俺が死んだという噂が流れたことや奉仕活動、そして父親のことについて話をしだした。
王女のことは、欠片も話題に出してこない。そなえつけてあったのだろうワインを取り出し、ボトルを開け出している。
「エドモン卿、一ついいですか?」
「うん?」
これ幸いにと、手配書のことを聞いてみた。何故、占い師を探していたのか。見つけてどうするつもりだったのか。エドモンにはなんの得にもならない行為だというのに。
得があるとすれば一つだけ。それは彼と彼の父親にかかっている容疑に関連することではないのかとおもったのだ。
「うん? 気になるか?」
「ええ。勿論。大臣が死んだ日とも手配書が出回った時期と重なりますし」
「大臣・・・・・・死ん? 財務大臣が死んだのか!? いつだ?! 何故!?」
予想に反して、大袈裟すぎるほどの狼狽を見せた。ここで少しおかしいとおもったのは狼狽しすぎている。例え芝居とはいえ、逆に怪しまれる可能性を視野に入れればここまで大袈裟にはしないだろうというほどに。
だが、個人的感想からいえばエドモンにはそんな芸当ができるとはおもえない。よくも悪くも隠し事ができない素直な男という認識なのだ。
「そうか・・・・・・父上は喜んでいるだろうな」
「? 何故?」
「政敵だったからだ。それに大臣のせいでいらぬけんぎをかけられたと憤慨していたし」
「いらぬ? では王女襲撃と反乱には一切関与していないと?」
「もちろんだ」
この後に及び、嘘をついている気配は無い。堂々と言ってのける様には、尋問をするときに犯人が見せる動揺も隙も一切ない。
収穫祭の日も、屋敷を騎士達に見張られていて出歩くことさえできなかったのだと。
もしももっと詳しく調査をすれば、アリバイや聞き込みで明らかになるだろう。
「じゃあ、何故俺に近づいたのですか?」
だから、最も不自然なことを尋ねた。あれほど、忌み嫌われ避けられエドモン自身も嫌悪していた呪われ騎士になんの目的があったのかと。
するとエドモンは、漸く動揺を示した。わかりやすいほどに。「そ、それは・・・・・・」と言い淀み、さっきまでとは打って変わって疚しいという色が大いに出ている。
それに、エドモンはシャルロット王女を妻にすると体言を吐いていた。にも関わらず使用人に扮したシャルには気づかなかった。明らかに不自然すぎる。
自分の役目ではないとわかっている。きっと他の隊がエドモンを調べてはっきりわかるだろう。
だが、もしもエドモンが一連の事件に関与しているのだとすれば。放置しておけばシャルの身に危険が迫ることにもなりかねない。
「友達になりたかった」
「は?」
「お前と、ともだちになりたかった。ただ、それだけだ」
似合いもせず頬を赤らめ恥じ入るエドモンに、声を失い。
ポカンと間抜け面を晒さずにはいられない。
一体どういうことかという疑念が、遅ればせながら口をついた。




