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元恋人

「え?」

「修道院に入った理由だ。俺のせいなのではないか?」


エレオノーラは何も答えない。痛いばかりの沈黙が支配していく。「変わらないのね」と言った途端に、固さが薄らいだ。


「あなたを愛するあまり誰とも結婚しないためにここに来た、そうおもって?」


呆れているようでもあり、どこか棘がある言い草だった。


「あなたって、昔からそうだったわね。なんでもかんでもつまらないことを考えすぎて勝手にウジウジと悩んで。私が家族と喧嘩をして不機嫌だったときも自分がなにかしたせいだっておもいこんでプレゼントしたことだってあったじゃない」

「そんな言い方は、ないだろう。だって君は理由を聞いても教えてくれない。不機嫌のままだ。一緒にいたらそうおもうだろう」

「それに、仕事仕事仕事。私との約束も仕事を優先して突然断られた数は星の数より多いのよ」

「君も納得してくれてたじゃないか。なのに後になってグチグチと文句を言って。終わった後に文句を言われて何度困ったか」

「私の家に招いて両親と会う時だって、急に出動が決まって結局来なかったじゃない。しかも会って文句を言おうとしても貴方は大怪我をしていて・・・・・・文句すら言えずじまいだったのよ」

「それは・・・・・・仕方がないだろう。それに当時は君だって褒めてくれてたじゃないか。そんなところがいいって」

「限度があるでしょうに。真面目さと堅物さが度を超えているのよ。通り越して貴方の性格は石か木でできてるんじゃないかって本当に思ったのよ」

「それを言うなら君もよく見栄をはる所があったじゃないか」

「あら? なんのこと?」

「オペラが好きだからと言ったから誘って二人で言っただろう。なのに寝ていたじゃないか」

「・・・・・・好きになれると思ったのよ」

「その後、歌が好きだとかお菓子が得意だと言ってたのに実際聞いたら目も当てられなかったぞ。お菓子だって本当は使用人に作らせていたんだろう」

「どうして知っているの?!」

「他にも営舎の前で待ち合わせしているとき、他の騎士に声をかけられたとかいうのを、いちいち自慢していただろう。あのとき俺がわざと怒らせようとしていってるんじゃないかって腹立たしかったぞ」

「嫉妬してくれてたんじゃないの?」

「お前なぁ!!」

「お二人とも、どうかそのへんで」


ヒートアップしそうなところで、ジャンヌが間に入った。冷静さを取り戻すことはできたが、さっきまでの気まずさとは違う空気が醸し出されている。


「えっと、お二人は交際をされていたのですよね? その当時もこうだったのですか?」

「まぁ、」

「たまに、ですが」

「ははぁ、それはそれは・・・・・・仲が良いほどなんとやらというやつですね」

「なんだその感想」

「貴方、エリクには苦労するわよ。気をつけなさい」

「え?」

「エリクと今お付き合いされているのでしょう? さっき聞いたわよ」

「「・・・・・・」」

「良かったじゃない。素敵なお嬢様と出会えて。呪いも解けたのだから」

「エレオノーラ」


とてつもない誤解をされている。とかなければ後々大変なことになる。そんな予感があった。


「私には、なにも言う権利もないのよ。だって私はあなたに、酷いことをしてしまったんだもの」


深い後悔と嘆きが、エレオノーラを包んでいる。かけた言葉を押し止めてしまうほどに。


「恨んだでしょう? 私のこと」

「そんなことはない」

「嘘よ。文句の一つも言って欲しいわ」


彼女はそれから、ぽつりぽつりと教えてくれた。呪いにかかり苦しんでいるとき、エレオノーラは気が気ではなかったこと。


会いに行ったが営舎で俺がどうなったか聞いたこと。そして対面したとき、エリクだと信じられなかったこと。両親と周囲の近しい人達から反対を受けたこと。


そして、他者からどのように見られているのか、自分がエリクを支えきれるだろうか、自分もエリクの側にいて耐えられるかと不安に慄いたこと。


そして、俺と別れるしかないということを受け入れるしかなかったというところまで彼女はありのままを語ってくれた。


言い終えてもスッキリとした表情にはならず、暗いままだ。でも震えていて、悲しみを双眸に携えている。


そんな彼女に何を言えばよいのか、わからずじまい。ただ黙って温くなったミルクを飲む。


「エレオノーラ様。失礼を承知で聞きますが。修道院に入ったのはどうしてですか?」

「それは・・・・・・」

「エリク様を差し置いて幸せになることはできない。そう思い悩んだのでは?」

「・・・・・・違うわ」


両親から見合い相手や交際相手を紹介してもらったが、どうにもしっくり来る人がいなかった。だから仕事を手伝っているとき、友人に誘われて修道院へボランティアをすることになった。そのときに感銘を受け、そのままという流れだと教えてくれた。


「両親に辟易していたという、部分もあったのだけどね」


そういうことだったのか、と少しだけ笑みを取り戻したエレオノーラに、肩の力が抜ける。取り越し苦労の要らぬ心配だったのかと。


「恨んではいない」


跳ねるように、エレオノーラがこちらを向いたり


「君と交際していたときは、感謝しかなかった。いまでもそうだ」


そんな風に大変だったなんて露ほども知らず。知ろうともせず。ただ自分のことで精一杯で。


きっと別れていなくても、いつか爆発しただろう。呪いを受けたばかりの俺は。


そして嫌な思い出として彼女との一切を、愛し合った日々を記憶することすら振り返ることすら嫌悪する行動になっていたに違いない。


ただ、必死だった。


「だから、ありがとうしか言えない。恨んでもいない。付き合っていたとき、愛してくれたことに」


自然と出た言葉は感謝だった。偽らざる本心は、胸の内が暖かくなり頬が緩むほどで。しかしエレオノーラは反対に奥歯を噛み締めているように真一文字に口を固く引き締め、唇がワナワナと震えだす。


目尻から涙が滲み、ポロリとこぼれ落ち流れていく。まるで眩しい物に目をくらませたかのように低く呻き、一筋の涙が線となって流れ続ける。


「あなたって、本当に・・・・・・どうしてそう・・・・・・」


困惑しながらこちらとエレオノーラを交互に見るジャンヌに苦笑しながら、改めて実感する。


まさかエレオノーラとこうして会うだけでなく、落ち着いたままに言葉を交わすことができるだなんて。


悪いものではない。感情は飛び出ることもなく、こうしていられるだなんて、当時は思いもしなかった。


三年という月日には、それだけの力があったのだ。

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