再会。
修道院というところには初めて訪れたが、酷く寂れていた。
濡らしてしまったお詫びとして、服を乾かせて欲しい、そのままだと風邪を引いてしまうという修道女達の押しに負け来てしまったが侘しい気持ちになってしょうがない。
殺風景でもあり、建物自体も経年により所々傷んでいてとてもではないが敬虔な気持ちにはなれなかった。
宗教に関するもの以外はおよそ最低限な生活必需品しかなく、併設されている孤児院も相まって自分の恵まれた立場を自覚せずにはいられない。
入口に面している庭では子供達達が元気に遊んでいて楽しそうな声が響いている。
二重の意味で早く乾かないかという願いは、まだ叶いそうもない。こちらの気を知ってか知らずかジャンヌは呑気に世間話をしている始末だ。
「けれど、どうして男の方の服を?」
「こちらの男性と決して結ばれることのない恋のためです」
「まぁっ」
「勝手なことを。いい加減にしろ」
デタラメを吹聴するジャンヌには罪悪感なんて、かけらほとにもない素知らぬ顔で温められたミルクを啜っている。
これが悪い方向へと働き、修道女は目を輝かせて話を催促してくる。そういうこととは無縁で閉塞的な環境だからこそ、人一倍敏感なのだろう。
貞淑さと祈りを捧げる神に仕える僕としての姿ではなく、恋愛に興味津々のうら若き乙女にしか見えない。
「私も元は旅亭の娘でしかなかったのですが、嫁の貰い手もなく。仕方なく修道院に入ったのです。そういう子は多いのですよ。勿論神に仕えるという目的で入った方もいますが」
経歴は様々ながら、それでも皆楽しく協力して生きているらしい。いつの間にかどのような暮らしをしているのかという話題に移り、盛り上がっている。
修道院に寄付している殿下、そして影響を与えた王妃のことを聞くと、よくご存知でと驚きながらも語ってくれた。
「王妃様には私は会ったことはありませんが、とても立派な方だったと窺っています。それと子供達といつも遊んでくれたと」
王妃様もまるで子供そのもののようだったと聞いて、つい吹き出しそうになった。娘であるシャルと重なって、想像すらできてしまったのだ。
きっと、そっくりな御人だったのだなと笑みすら零れる。
「それと、長年寄付をしている騎士様もいらっしゃるのですよ」
「騎士が?」
「ええ。実はその御方の物でして」
「? これをですか?」
子供用か女物ならともかく、何故男物の服を? と少しおかしくおもった。
「ちょうど収穫祭の夜にいらっしゃっていまして。ええと、オーヴェンヒルムという御方なのですけれど」
「・・・・・・ご存知ですか?」
「いいや。聞いたことがない名前だ」
騎士になって数年経つが、そのような姓の上司も同輩にも心当たりはない。
「だとするなら、親衛隊にいるのかもしれませんね」
「そうなのだろうな」
「あの?」
「いえ。なんでもありません。収穫祭といえばあのとき売っていた香水とお菓子はここで作られているのですよね?」
「まぁ、ご存知なのですか?」
「その日、買いに行って話を聞いて買ったからな」
「あら、本当に。ありがとうございます」
「いや。とてもおいしかったし、香水も香りがよかったです。無くなったらまたほしいですね」
本心か。それともただの愛想だろうか。勧請が読み取れないのでジャンヌに対してちょっとした恐怖心を抱く。
「では、お詫びも兼ねていくつか持って行ってくださいまし。まだ余っているのがいくつかありますので」
「あ、いやしかし」
「少々お待ちください」
パタパタと足早に修道女は、伸ばしたてから逃げていくように部屋から出ていってしまい、ぽつんと残された形だ。
「ジャンヌ、お前どうするんだよ」
「別に良いではありませんか。貰えるというなら貰っておけば。どうせ服が乾くまで帰れるでもなし」
「あのなぁ・・・・・・ん? おい、それはなんだ?」
非難しようとしたが、ある一点に視線が集中してしまい、言葉を切る。ジャンヌが代わりに来ている修道服からチラリと覗いた首筋に黒い痣が見えたのだ。
「それは・・・・・・」
「どこかにぶつけたのか?」
「かもしれません。よく覚えていませんが」
ジャンヌにしては、妙に歯切れが悪いのが不可解だ。
「そんなことよりも。あまりお前は長居をするようなことは避けろ」
「何故です?」
「ここが大臣と関わっているかもしれないからだ」
香水のこと。そしてシャルが嗅いだ覚えがあるということ。大臣の潜伏先の候補としてここが浮かんだこと。その疑いは、まだ拭えていないということ。
語り終えると、「まだそんなことが引っ掛かっていらしたんですか」と呆れられた。
与えられた調査、もとい予定では俺が直接関わることはないだろう。しかし、事前に情報収集しておくことにこしたことはない。
騎士隊の仕事というのは多岐にわたるため連携をとることも重要なのだ。
「それに、俺が来なくてもいずれ別の騎士隊が操作に来るだろう」
「・・・・・・なるほど。お考えはよくわかりました。エリク様が仕事熱心であるということが。しかし、他に考えなくてはいけないことがあるのではありませんか?」
そうだ。ジャンヌの言う通り。望まないまま来てしまったここを立ち去りたい理由はもう一つある。
「失礼いたします」
オーラン団長の前で固めた決意が挫けてしまうような事態が、ここでは起きるだろうと予感があったのだ。
酷く情けなく恥ずかしく、ごく個人的な理由によるものが。
「申し訳ありません。香水を作っている者から直接聞いたほうがよいのではないかと」
戻ってきた修道女の後ろ、もう一人のほうに意識が向いて心臓が凍りつきそうになった。
視線が真正面からぶつかり、交錯し、すぐ隣にいるジャンヌから「あ・・・・・・」という呟きが聞こえる。
「ではシスター・エレオノーラ。後はよろしいかしら? シスター?」
ハッと我を取り戻したかつての恋人は、固い面持ちのままコクン、と小さく頷いた。
望まない二度目の再会を果たしてしまい、痛いほどの沈黙に支配される。おずおずと頭を下げなかまら腰をかけてもチラッともこちらを見ようともしない。
(こうなるから嫌だったんだ)
胸中で独りごちながらジャンヌを睨む。片目だけウインクをしたまま掌を顔の前で合わせ、舌をペロッと飛び出させている。
彼女なりの謝意なのだろうが、殺意に似た憤怒が込み上げる。
「香水のことなのですけれど、貴方がお作りになったということでよろしいのでしょうか?」
「え、ええ・・・・・・」
恐る恐る、という具合に返事をしたエレオノーラはジャンヌのほうに意識を向けながら、しかし時折こちらをチラッと見る度。ぶつかった視線が弾けそわそわと落ち着かなくなる。
服の袖を引っ張ったり髪の毛を弄ったりしてそれらを誤魔化そうとしてしまう。贖罪のつもりなのだろうか、会話はジャンヌが中心になって広がっていく。ありがたいことだが、それでも目と目が合うのも、誤魔化そうとする動きが随所で出てしまう。
「作りはじめたのはつい最近のことなのです。ここでの暮らしに慣れるのに必死で」
「どれくらい前に来られたのですか?」
「三年前です」
三年前という単語に、否がおうでも反応してしまう。俺が呪われ、彼女と別れた時期と同じなのだ。
自ずと当時の苦悩にまで遡る。もしかして、俺と別れたせいなのではないかとおもったとき、胸が痛み。
エレオノーラの瞳にかつての思い出に感情が馳せていく。
「う、ぐが!?」
途端に、尋常ならざる痛みが走った。
「どうかしましたか?!」
「い、いや・・・・・・なんでもない」
突発的な発作めいた痛みが引いていき、椅子に座り直す。その間際、驚いているようで、そして気遣っているような瞳をこちらに向けているエレオノーラに気づいた。
「う、ふ、ぐうう!?」
また同じような痛みが、連続でおこる。椅子から転げ落ちてしまいそうになった。
「申し訳ございません。この人、体調がよろしくないようで」
「呪いのせいなの?」
二人揃って、眼を激しく瞬かせる。想定していなかった、まさかエレオノーラのほうからの俺との関連する言葉に声を失う。
「収穫祭のときにも杖をついていたでしょう?」
終わらなかった。尚も彼女は疑問を投げかけている。ジャンヌにではなく、俺に。
「・・・・・・どうだろうか。あのときとは、少し違う。もう治まっているし」
「そう・・・・・いつ解けたの?」
「ごく最近だ」
互いに遠慮があるのを感じ取っている。どこまで踏み込んでいいのかという線を探っているぎこちのない会話は歯切れが悪く、着地点が見えない。
「失礼、あの・・・・・・そろそろ服の方はどうなのでしょうか?」
「え、ええと、」
「何故、君はここに?」
まさかそんなことを尋ねるとはおもってもいなかったのだろう。四つの目が集中するのを肌で感じながら、尚も続ける。
「君は、どうして修道院に入ったんだ?」




