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主なき使用人達

ディアンヌ邸では使用人達が昼食休憩をとっていた。主であるエリクの分は用意してあるが、まだ外出したまま帰って来ない。仕事はもう終わっているのだが、ただ事ならぬ気迫で出掛けていったことは誰の目から見ても明らかであったため。


 シャルとサムは大体の予想がついていたため、不安な気持ちになっていたが、先に手早く食べておこうというマリーの提案を後ろ髪を引かれるおもいで受け入れるしかなかった。


「どうしましたか?」

「え?」

「やはりまだどこか悪いのですか? だったら無理せず」

「い、いえ。そういうわけでは」


 余っていた肉と野菜を甘辛い調味料と胡椒で炒め、パンに載せたの物。じゃがいもを細く切って揚げた物が今日のメニューだ。使用人にとっては珍しくもないメニューだが、やんごとなき立場にいたシャルにとっては新鮮な料理でも、いつもなら美味しく召し上がれる。


 しかし、今は中々食指が進まない。自分に関することで、なにかあったのではないかと気が気ではないのだ。マリーはといえば、以前と同じように接してほしいと言われたので問題ないが、まさか兄が作った料理が気に召さないのか、体調はどうなのかと不安になってしまう。


 今日の料理を担当した兄を恨んだほどだ。


「エリク様が心配なんでしょ、きっと。大丈夫だって」


 サムはというと、シャルに対して優しくなったと考えながら、慰めるように明るい調子を作る。


「い、いえ。勿論それは存じているのですが」

「ジャンヌちゃんと二人きりだからって、心配しなくても」

「兄さん・・・・・・・・・・!」

「いえ、そちらでもなく・・・・・・・・・・」


 そこからサムが窘められ、マリーに促されるということを挟みながら、食事は進む。二人からすれば、シャルロットがエリクに対して恋愛感情を抱いているのはやはりな、と納得できていた。しかし、相手は王女だ。


 どうしようもない身分差はあるから報われないのではないか? という共通の認識がある。ありながら、いつもの調子で言ってしまったものだから微妙に気まずい空気となってしまった。このときばかりは、サムも猛省した。


 しかし、シャル本人は辛くもあったが嬉しくもあった。王女であるということ含めても変わらず接してくれるようになり、気遣ってくれる二人の優しさが感じられ、若干気分が和らいだ。


「では、なにが気掛かりなのですか?」

「また危ないことになっているんじゃないか・・・・・・・と」


 少し薄らいだ暗い面持ちで、二人は悟る。


「大丈夫だって。あの人強いし」

「そうですね」

 

 王都で、この邸でまた一緒に暮らすようになってからエリクは血塗れで帰ってきたが全部返り血であったこと。包帯をいくつも巻いて帰ってきてが、翌日普通に出勤したこと。後で聞いた話でどれだけの危険な事件や捜査、戦いを繰り広げたのかを、シャルに語る。


 語っていると、シャルには心配だとかの気配ではなく驚いたりこわがったりと別の感情が滲み出している。しかし、次第にもっとエリクのことを聞きたいという無言の催促の輝きが瞳に宿った。


 調子に乗って小さい頃に三人で木登りをしてマリーを助けるため怪我をしたことやサムと遊んでいるときについての話にまで及び、口元から笑みが溢れはじめた。途中、サムとマリーの恥ずかしい失敗談も交えてなので喧嘩じみた語らいになったが、大いに盛りあがった。


 シャルは実に楽しそうに相槌を打ち、興味深く聞いている。


(好きなのだな、やっぱり)


 マリーは、感慨深げにおもった。サムも同じなのだろう。幼子を見守る大人に似た、慈みと仁愛に満ちた眼差しをシャルに向けている。


 当初から、シャルのエリクへの気持ちには薄々と気づいていた。物好きなとも考えていたし、何故だと不思議にもおもった。そして、腹立たしくもあった。仕事をキチンとできないのになにを恋愛に浮かれているのかと。


 兄と違ってシビアな考え方で現実的な性格のマリーからすればシャルの姿は恋に恋をしている世間知らずな乙女にしか見えなかったのだ。


 イラつきもした。だから叱りもした。厳しくもした。


「あ、お皿はわたくしが洗ってしまいますわね」

「ちょ、一度にそんなに運んだら」

「ああ!?」

「だから言ったでしょう!」


 うっかりバランスを崩し転びそうになったシャルに、今も怒号を発してしまう。


「わぁ、間一髪だったねぇ」

「まったく、もう少しで大惨事になるところでしたよ!? もっときちんと足元に気を配っていないからそうなるのです!」

「うう、申し訳ございません・・・・・・」

「おいおいマリー。王女様にそんな怒ったら国王陛下に後で罰せられるかもしれんぞ~?」

「兄さんっ。茶々を入れないでくださいっ」

「あ、あのお父様とお兄様には何卒穏便に済ませるようにとお願いをして」

「いや冗談だよ!」

「もう! 罰でも何でも受けますから片づけてからにしてください! このあともお菓子を作るのですから!」

「は、はいっ」

「まったく・・・・・・・・・・」


 それでも、マリーはシャルに対して悪感情は抱いていない。


 困ることは相変わらずあるし、正体を知ってもつい怒号を落としてしまう。しかし、エリクを好きになってくれてありがとうという感謝の念を。そしてもしも二人が結ばれたら、そうなってほしいと願ってしまうくらい。


 ただ、自分の考えを一切合切口に出せるほどマリーは素直ではないのだ。


「うん。悪くはありませんね。これならエリク様も美味しいと言ってくれるでしょう」

「え、本当ですの!?」

「あ、美味しい。うんばっちりだよこれ」

「あ、ありがとうございますお二人とも!」

「私はただ指示を出しただけです。大袈裟ですよ」

「俺は味見をしただけだしね。でも、シャルちゃんが頑張ったからだよ。次は他のお菓子を練習してみてもいいかもしれませんね」

「いえ、これで大丈夫ですわ」

「え?」

「でも」


 少しだけ、寂しそうに笑ったシャルで、二人は察してしまった。色々な種類のお菓子を練習する時間が残っていないと。


「なら、型を使うのはどうかな」

「型、ですの?」

「そ。型でクッキーの形を少しアレンジするんだ。動物とかお花とか星形とか」

「それなら、見栄えもいいですし簡単にできますね」

「そんなことができますの?」


 そういえば、と小さいときディアンヌ家の領地のことを思い出す。子供のときに通っていた学校で流行ったのだ。女性が行為を抱いている男性にハートを象ったクッキーやお菓子を渡して告白するというのを。


 兄がよくそうしてプレゼントされていたことも合わせて話すと、珍しくサムが狼狽した。そして、型の作り方を早速教えてほしいというシャルに、二人は頷いた。


 エリクの性格とシャルの恋心。二人を取り巻くあらゆる事情を知り尽くしている二人には、それが精一杯の応援で願いだった。


 不器用で真面目すぎる兄のような主と世話がかかるが放っておけない王女が、どうか幸せになるようにと。


 

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