ジャンヌとエリク。昼下がりの二人
オーラン団長と別れ、ジャンヌと共に帰宅の途についたのはすぐだった。顔を隠さないまま昼間出歩くのは久方ぶりだったので怯えながらも新鮮な気持ちという複雑な帰路で、一日で最高の賑わいを出している人通りにも溶けこむことができない。
「どうされたのですか? エリク様。せっかく天気が良いというのに面白くなさそうな顔をされて」
「お前は本当に自由だな・・・・・・・」
ジャンヌは途中、露店で買った飲み物や焼き菓子店で持ち帰り販売の品を購入し、歩きながら飲み食いしている。行儀もさることながら、こちらの気も知らずに、という恨めしい態度をどこ吹く風と受け流している。
「事件は解決。エリク様も無事に護衛任務を全うして解放される。良いこと尽くめではありませんか」
非常にモヤモヤした葛藤が更に強くなりはじめたところで、噴水に面した広場に差し掛かった。憩いや待ち合わせの場としても機能しているここは人の数も多い。ジャンヌはスタスタと一直線に噴水の縁に行き、そのまま座りこんだ。
「おい」
「少しくらい休んでも罰は当たらないでしょう。私とて今日という日を迎えるまで働き詰めだったのですよ」
こちらの思惑、目的などおかまいなしという態度に辟易とするが懐中時計をたしかめるとまだ昼前だ。それに、彼女の言葉に共感と同情を覚えたのもある。モヤモヤしたのも払拭したくもあった。
「・・・・・・食べ終わるまでだぞ」
そう断って、隣に腰を下ろす。非常にふてぶていい態度だが、
「平和ですね」
「そうだな」
ジャンヌが何気なしに言ったことは、風景だけではない。人々の賑わいのことを言っているのだろう。王女暗殺、反乱については新聞で発表されているがそんなこと露知らずとばかりの穏やかでいつもの王都の姿しかない。
「明日か明後日には大臣のことも発表されるのでしょう?」
「ああ。そうだろう」
「それでも、きっと皆変わらないのでしょう。何日かは噂されるでしょうけど、それでおしまい。きっとすぐに別の話題に移り変わって不平不満を言って誰かの悪評を垂れ流すのでしょうね」
「民衆っていうのはそういうもんだ。というよりも王宮や貴族社会でも同じだろう?」
「もっっっっっっっっとえげつないですよ。聞きます?」
「・・・・・・・遠慮しておく」
「そのほうが良いでしょう。いっそのことエリク様のことも新聞に書いていただいたらどうです? 呪われ騎士、呪いが解ける! と一面見出しは確実ですよ」
「もし頼まれても断るわそんなもん」
「ですが、ありえないことではありませんよ。噂はすぐに広がりますから。人の口には戸が立てられませんし」
「・・・・・・・・・・」
「ですが、それでもよいのでは? やっと普通の人としての人生を送れるのですし、肩の荷も下ろせたのですから」
肩の荷というのがなにに対してなのか、すぐに認識できてまたモヤッとしたものが生じた。
「それを言うならお前はどうなんだ?」
「私?」
「シャルと共に王宮に戻るのだろう?」
「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
「おい?」
「戻りたくないです・・・・・・・・・」
そこで急に疲れた、という色を発した。
「シャルロット様は昔から自由奔放で周囲のことなどおかまいなしでしたし。今回のことだって本当に・・・・・・・・・エリク様の元に来てからもフォローに回って・・・・・・」
そこで口をキュッと噤み、盛大に長く大きく重い溜息を。「本当にあの人は・・・・・・・」と妙に恨み節が篭っている。大変だったな、という感想しか出せない。
「大変などと・・・・・・今までとは別の理由で大変になりそうなのですから・・・・・・・・・慰めたりしなければいけないでしょうし」
「うん?」
「・・・・・・・・・・むかつくなぁ。当の本人がわかってなさそうなのが」
「なら、辞めるのもありじゃないか?」
「そんな気軽なものではありませんよ。あ、でも別の良い手がありました」
「?」
「エリク様がシャルロット様を娶ればよいのです」
「はぁ!?」
「それかエリク様が婿入りするか。そうすればシャルロット様のお世話をエリク様が引き受けてくださるので私は用済み。やったーラッキー万々歳エリク様も玉の輿シャルロット様も素敵な殿方と結ばれて皆幸せだーめでたしめでたしですよ」
「めでたいのはお前の頭だけだろ!」
突然なにを宣うのか、それからも別に好きな人がいるのでしたねー、とか陛下達に紹介してもらえますものねー、でも興味ないんですかー? と、馬鹿にされているようなことばかりぶつけられる。
「いい加減にしろ! 誰とも結婚も交際も考えてねぇよ!」
世話を押しつけて楽をしようという魂胆が透けて見えた。
「え、ないのですか? 本当に?」
「ああっ」
「呪いが解けたのに?」
「そうだよ悪いかっ」
「昔の恋人とヨリを戻すおつもりもないので?」
「・・・・・・・・・・ねえよ」
するとジャンヌはまるで信じられない、という顔でポカンとしながらガン見してくるではないか。一体どうしたというのだろうか。
「エリク様は一体なんのために生きているのですか?」
「なんのためにって・・・・・・・・・・」
「失礼を承知で申しますが。貴族の結婚とは大抵、打算と家柄、互いの要求を摺り合わせた結果発生するものです」
「ああ」
「騎士の方々も、当然家庭を持つことは大切という考えはあるのでしょう?」
「そうだな」
「なら、どうしてエリク様はそうなさらないのですか?」
「・・・・・・・・・少なくとも俺は結婚や恋人を作るために騎士になったわけではない」
最初は、夢だった。子供としての憧れを抱き、がむしゃらに鍛錬を積み、なった。実現してからは現実としての厳しさを知った。命を懸けた戦いに身を投じ、恐怖したこともあった。怯え、悩んだこともあった。
辞めることを考えた時期もあった。
だが、性分に合っていたのだ。騎士としての考えを中心とした暮らしと生活、職務にも馴染んでいると自負しているし、やりがいがある。そう在ることが自分の誇りでもある。
だからこそ耐えられた。呪われたことを乗り越え、愛する人との別れも受け入れて没頭することができていたのだ。
「馬鹿馬鹿しくなりませんか? なんのために己を犠牲にしているのかと」
「・・・・・・・・・ならないな。そんな風には。きっと自分自身に納得できているからだろう。結婚や恋愛よりも騎士として生きることに」
そう。例えエレオノーラとの意図せず再会したことにも期待はしていない。事件は解決したのだし、なによりも別の調査を任されたのだから彼女と会う機会もない。
修道女は神にその身と生涯を捧げ純潔を貫く。故に、未婚であり続けなければならない。職務という前提を抜きにしてもかつて付き合っていた男となど、関わる機会はないだろう。
シャルロットに関しても・・・・・・・・・
(いや、なんでそこでシャルロットが出てくるんだ)
「いや~~~~・・・・・・・・・・まさかそこまで底抜けの大真面目でいらしたとは。呆れればいいのか敬意を示せばいいのか」
「ならお前はなんのために生きているんだ」
「え? 私は・・・・・・・・・・・・・」
そこでジャンヌは言い淀んだ。この子にしては珍しく、思い悩んでいるのか翳りに包まれている。
訝しく待っていると、ジ~~~~~~ッという複数の視線を感じた。幾人かの子供がすぐ傍らでガン見をしていたのだ。
「お前達、なんだ?」
「やっぱりおじさんだ」
「ん?」
「収穫祭で買ってくれたでしょ」「そうだそうだ」「これ忘れて行ったでしょ」
一斉に話し始めた子供達の身なりと差し出された覆面に、記憶が結びついた。祭で出店していた孤児院の子達だと。
「あのときどさくさで忘れていってしまってたんですね」
「そうみたいだな。悪い助かった」
「ううん! こっちこそありがとう!」「あれ買ってくれてよかった!」「おかげであの日の夜ご飯、外で食べれたよー!」「でも変な覆面!」
キャッキャと面白がる子供達に、毒気を抜かれる。さっきまで浮かなかったジャンヌも、おもわす笑みを携えてしまうほどに。
「こら、あなた達なにしてるの!」
少し離れたところから大きい怒鳴り声で修道女が駆け寄ってくる。すると子供達は蜘蛛の巣を散らすように逃げだそうとする。その拍子にジャンヌが子供にぶつかり、大きく後方に体を傾けてしまった。
無意識だったのだろう、そのまま俺の服の袖を掴まれる。急なことだったので即座に反応できなかった俺は、上体を引っ張られる形をまともに支えることもできず。
バッシャアアアアン! と盛大に体で水を叩く羽目になったのだ。
「あ、ああ!申し訳ありません! こら、あなた達!」
怒声と謝罪。交互に繰りだす修道女に、くしゃみを返すことしかできなかった。




