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復帰。新たなる決意

的確な指示を出しながら隊員と副団長にも応え檄を飛ばしていた団長だったが、いつしか所々明瞭を欠きだした。呂律もおかしく、喉が詰まったように呻いた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、なんでもない・・・・・・・疲れが溜まっていたんだろう。なにせ昨晩は夜勤で一晩中営舎にいたのでな」


 背もたれに体重をおもいきり任せるように座り直す。それだけでも辛いとばかりに渋面を浮かべる。額に汗の粒が滲んできている。


「もう年ということだな。少し前までなんともなかったのだがな」


 ここの指揮は、副団長と臨時に出動した隊員に任せているから大丈夫だが、なんとも不安だ。手渡された革の水筒を水を一息に煽る。全身の隅々にまで行き渡ったかのような瑞々しさで若干和らいだ。


「一段落ついたら、一度自領に戻って静養しようとおもっている」

「っ。それほどに?」

「いや。前から考えていた。隠居のこともな」


 夜勤明けの疲弊ではない、もっと重いもの。騎士としての年月によるものだろうとおもった。

 

 団長の年齢は、四十代の半ばだ。現役を引退するには早いとおもうかもしれないが、騎士団を統べているということは体力と気力、そして精神力が必要とされる。時と場合によっては夜通し起きていないといけないし、斬り合いの指揮も執らなくてはいけない。


 必要以上に力を消費してしまうのだ。並の人間では務められない。


「だからこそ、尚更君には早く復帰してもらいたい。なにかと物騒な問題がまだまだ山積みでな」

「は。静養しているときはどうか心安らかに。ご家族と一緒に戻られるのですか?」

「いや。私は結婚をしていない。子もいないさ。親も既に両方亡くなっている」

「・・・・・・・そうだったのですか?」

「意外か?」

「エリク様。失礼ですよ。団長がモテないとおもったのでしょう」

「そんなことはおもってないっ」

「はっはっは。いや。別にそういうわけではない。ただ単に仕事に集中していて、こんな年齢になってしまった。いや、今回のことで衰えを自覚した」


 革製の水筒と飲み干してしまったのだろう。別の隊員に声をかけて新しいのを受け取り、また飲み出した。


「ともかく、これからは若い者達の時代だ。しっかり頼むぞ」

「おそれおおいことです。しかし、まだまだ未熟者ですし」

「エリク様。せっかくよいしょしてくれているのですからもっと乗っておかないと。これを機会に一気に出世コースに乗れるかもしれませんよ? ほ~~~んと、真面目なんですから面白みのない」

「お前いい加減にしろ!」


 小うるさいジャンヌを黙らせようと動いた拍子に胸元から指輪がこぼれ落ちそうになり、つい手で受止めてしまった。


「それは・・・・・・なんだ? 指輪・・・・・・」

「あ、いえ団長。これは・・・・・・団長?」


 団長は目を細めながら、視線を指輪に集中させている。その目はなんともいえない不思議な目をしていた。


「どうしてそれを?」

「これは・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・」

「なんでもありません。団長が気にされるようなことでは」

「そ、そうです! ある人からの贈り物・・・・・・・預かっているものです! お守りだと!」

「そうか・・・・・・いや。君がそんなものをしているのが意外だった」


 しかし、すぐに団長は元に戻った。ジャンヌの助力もあったのだろう。まさか王女がくれたものだなんて説明できないし、外聞的にもまずいとおもったのだろう。ジャンヌには珍しい、いかにもという表情をしている。


 追求が止んだのでよしとし、感謝した。


「そうか。なら、結婚相手を探す必要はないな」

「え?」


 独身の貴騎士は、大体結婚相手や見合い相手は上司に紹介をされるのが慣例だ。しかし、わざわざ騎士団を率いている立場のオーラン団長にそのつもりがあるなんて驚き以外の何物でもない。恐縮するに足る事案だ。


「わざわざ指輪をお守りとして預けるほどの仲睦まじい女性がいるのだからななのだから」

「~~~~~~っ!」


 しかし、見透かされているような気恥ずかしさを覚えることになってしまった。


「は、団長。お待ちください。何故、女性であると?」

「うん? あ、あ~~~。同性に指輪などと贈りはしないだろう」

「あ、たしかにそうですね」

「逆もまた然りだ。もしかしたら別の意味に捉えられるだろうし、別の物を贈る」


 成程、と納得する。しかし、だとするなら何故王妃の親友は指輪などというものを渡したのだろうか?


「いえ、団長。エリク様はもっと良い人がいるでしょう」

「うむ?」

「は?」

「国王陛下と王太子殿下に紹介してもらえるでしょうから」

「ほう?」

「お前いい加減にしろ! さっきから余計なことを!」


 急に不機嫌そうな、ブスッとしたジャンヌを睨みつける。


「そんなことあるわけないだろう! こともあろうに国王陛下と殿下がなんて不敬にもほどがある!」


 これ以上つまらないことをほざく前につまみ出そうかと考えた。しかし、ジャンヌにしては珍しく、強い目つきで睨み返された。なんだ? と呑まれかけるほどに。


「いえ、きっとそうなります」


 彼女は、確信に満ちた強い口調ですっぱりと言い切った。


「シャルロット様もそう望まれているのですから」

「っ、」


「仮にもシャルロット王女の護衛を務め立派に守り抜いたのですから褒美は与えられるでしょう。それに、王女様もエリク様には幸せになっていただきたいと願っていますよ。ですから、王族直々に結婚相手をお世話を受けることは、しごく当然のことかと」

「・・・・・・・・・・そうなのか?」


 俺がたしかめたいのは、褒美が与えられるという点ではない。シャルが望んでいるということだ。俺が別の誰かと一緒になることを望んでいるか? と。


「はい」


 ジャンヌにも共通の認識の上で、はっきりと答えたのだろう。必死に打ち消そうとしても、ごまかそうとしてもつい頭を擡げるある疑惑を払拭するために。


「そうか・・・・・・・」


 受け入れた。受け入れて、なお胸が疼いた。


「なら、いいことではないか。君に関わる物騒な問題も、もしかしたら解決してくれるだろう」

「? 物騒な問題?」

「なにかやらかしたんですか?」

「いや。エリク隊長ではない。より厳密にいえば、もしかしたら君に関わりがあるかもしれない、という小さな問題だ」


 オーラン団長が語るところによると、ある人物が私的な用件で騎士隊を利用しようという動きがあったらしい。金を出すから動け、と。


「こんな物を持ってきてな」


 取りだしたのは、いつか見た手配書だ。連絡先、そして探している人物の所在地、名前まではっきりと書かれている。実に見覚えのある手配書と名前に、気が遠くなりそうになった。


「エドモン卿は馬鹿なのでしょうか」


 今回ばかりは、ジャンヌに同意しかできない。オーラン団長も苦笑いを浮かべて困惑している。


 一体どういうつもりなのか、こうなっては身分も位も関係なく、問い詰めたいくらいだ。何故俺を呪ったとおぼしき占い師を探しているのかと。


「これについてエリク隊長はなにか知っているか?」

「いえ。ちっとも」

「彼と仲がよく、依頼を頼んだとか」

「ありえません。絶対に」


 言葉尻に被せる勢いで、全力で否定した。


「そうか。君がそういうならそうなのだろうな」


 オーラン団長が語るところによれば、奴には黒い噂が以前から付きまとっていたらしい。親衛隊の不正や賄賂、父親にも悪い噂がある。加えて父親には大臣と共謀していたという疑いも未だに残っている。

 

 いずれ正式な報告と調査を行うが、とにかく


「彼には関わらないほうがいい。それに、占い師にしても同じだ」

「は、占い師については何故でしょうか?」

「よくわからぬ術を使うのだ。呪いが解けたのだし、命に危険が及ぶかもしれんだろう?」

「は、それはそうですが・・・・・・」

 

 深い労りと、慈愛に満ちた瞳。先程の言葉もあって、尊敬している上官からここまで気にかけられているという事実に言葉が詰まる。


 そして、一瞬訪れた静寂と裏腹に詰所の外のがやがやとした喧噪が満ちてくる。ひどく懐かしい空気だ。殺気だっていながらも、冷静で張りつめた現場の空気。このところ、ついぞ味わっていなかった騎士として当たり前の日常の風景の一部だ。


 いずれ、俺も戻らなくてはいけない。騎士なのだから。


 そう認識すると、シャルが、浮かんだ。彼女の笑顔が、一緒に過ごした時間が、言葉一つ一つが。感じたときとは違い、痛いほどの疼きを生じさせる。


 それに気づかないふりをして、必死で堪えようとした。温もりとは真逆の狂おしいほどのなにかの感情が決壊し、胸の内側から溢れだしてしまいそうで。


「団長。少しよろしいでしょうか」

「ん、エリク隊長。話は以上だ。帰ってもいいが、明日には復帰してもらいたい」

「明日・・・・・・・ですか?」

「ああ」

「かしこまりました」


 急だ、とおもったのは何故だろうか。無意識に固めていた拳が痛いのは。そうしなければ、また余計なことを思い出してしまいそうだからだろうか。シャルを思い出し、彼女との生活を名残惜しいと考えてしまいそうだという予感があったからだろうか。


 堪えきれないほどの葛藤をして、動くことはおろか踏み越えてはいけない一線を越えてしまい。


「エリク隊長。終わったのだよ」

「・・・・・・・はい」


 オーラン団長にはその自覚はなかっただろう。もう一度そう言われ、自分にも言い聞かせる。終わったのだと。


「戻ります」


 そして、かつて己自身が立てた騎士として生きるという決意を、今一度。

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